(NPO)氷河・雪氷圏環境研究舎

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zoom RSS 情報”アイルランドの旅(1)-(6);英ナ・トラスト;ブータン氷河湖;氷河ダム;氷山匂い;氷河診断”

<<   作成日時 : 2008/08/31 10:59   >>

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              (アイルランド西部Burren高原のドラムリンの丘.2008.8.20)


アイルランドの旅(1) 

                    成瀬廉二、2008/08/31(Sun)、No.1700

 アイルランド(Ireland)はイギリス(Great Britain)の西隣り、北海道とほぼ同じ面積の島国である。同島の北5/6(北アイルランド)はイギリス領であり、残りがアイルランド(共和国とも言う)である。

 アイルランドは平坦な島で、最高峰でも海抜1038mしかない。アイルランド国の人口(2007年)は440万人、その内の170万人は東岸の首都ダブリン(写真)およびその周辺に居住している。

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 民族的には、紀元前に中央ヨーロッパから渡来したケルト(Celts)人をベースに、その後ヴァイキング、ノルマン人の支配や影響を受け、イギリスとの幾度かの戦争、紛争を経て、1949年イギリス連邦から独立した。

 大半のアイルランド人は英語を第1の言語としているが、島の西部ではケルト人のゲール語(Gaelic)も使われ、両者ともアイルランドの第1公用語とされている。

 8月下旬、アイルランド西部のリムリック(Limerick)大学にて氷河の国際シンポジウムが開かれ、それへの出席とおまけの観光のため、8月16日から29日までアイルランド-イングランドの旅を行った。


アイルランドの旅(2)  

                     成瀬廉二、2008/09/04(Thu)、No.1701

 そのシンポジウムは、国際氷河(雪氷)学会(International Glaciological Society: IGS)主催で、"氷河のダイナミクス(Dynamics in Glaciology)”を主テーマとして8月17日から22日にかけて開催された。

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 ダイナミクスとは、力学または動力学が第1の意味であるが、ここでは氷河の動的挙動とか動的特性を指している。具体的には、氷河や氷床の流動、それに影響をおよぼす底面の状態、氷河の崩壊、氷河からの出水、氷河変動、氷河地形などを含む。

 私が初めてIGSの国際会議に出席したのは、1978年にカナダ・オタワで開かれた、同様な“氷体のダイナミクス(Dynamics of Large Ice Masses)”のシンポジウムであった。当時は氷河に関するシンポジウムが開かれるのはほぼ年1回だったので、世界的に著名かつ活発な研究者の多くが一堂に会したものである。

 近年は、氷河の研究といっても専門が細分化し、それぞれのシンポジウムやワークショップ(研究会)が個別に開催されている。今年(2008)、IGS主催または共催の国際研究集会をあげると、3月ノルウェー「質量収支」、6月スペイン「電波氷河学」、8月アイルランド「ダイナミクス」、9月中国「氷河分布」がある。

 世界中の氷河研究者の数は着実に増加しつつあるが、各シンポジウム等に分散するので、一集会の出席者はそれ程多くはない。アイルランドのシンポジウムの出席者は、アメリカとヨーロッパ各国が多く、全18カ国から計73名であった。日本からは、北大のR.グレーベ、S.杉山、D.西村、R.成瀬の4名であった。発表された研究成果は、口頭46件、ポスター21件であった。


アイルランドの旅(3) 

                         成瀬廉二、2008/09/08(Mon)、No.1702

 氷河学の研究で顕著な業績をあげた人に与えられるセリグマン (Seligman) 賞が、今年はオハイオ州立大学のロニー・トンプソン(Lonnie Thompson)教授に授与された。シンポジウムの中で、その受賞記念講演が行われた。

 トンプソン氏の功績は、低-中緯度の高山の氷河を数多く掘削し、その氷コアの精密分析により、最終氷期の終り頃(約2万年前)から現代までの地球環境の変遷を詳細に明らかにしたことである。特別講演では、この一連の研究経過と成果を1時間半ほどにわたって話し、その内容の”すごさ”で出席者を魅了した。

 トンプソン氏は、1974年ペルーのケルカヤ(Quelccaya)氷帽の予備掘削から始め、本年までの35年間に計49回の高山氷河の掘削オペレーションを行った。それらの内主なものを拾ってみると、1983年Quelccaya(標高5670m)、1987年中国Dunde(5325m)、1992年中国Guliya(6200m)、1993年ペルーHuascaran(6048m)、1997年ボリビアSajama(6542m)、1997年チベットDasuopu(7200m)、2000年タンザニアKilimanjaro(5893m)、2000年チベットPuruograngri(6072m)、2002年アラスカBona-Churchill(4300m)となる(Vol. 298, www.sciencemag.orgより)。

 高山では空気が薄いためヘリコプターは飛べず、機材はヤク、ラバ、ロバ、馬の背に、人は徒歩で登ることになる。講演後キャンパス内を歩きながら、トンプソン氏にオペレーションに関していくつか尋ねた。

 数多い高山のエクスペディションの内、登山が厳しい等の理由のため、トンプソン隊長は低高度のキャンプ地から指揮をとることもあると思ったのだが、すべて実際に掘削現場まで行って一緒に作業をしたそうである。そして酸素については、
「緊急時以外は、決して酸素を使わない。そのために、オペレーション毎に3週間から1ヶ月以上をかけて高度順化を行うんだ」とのことであった。

 研究の材料(サンプル)の採集のためにこれだけ多くの困難を切り抜け、膨大なエネルギーを注ぐトンプソン氏の研究の進め方は、やはり“すごい”という以外に適当な言葉が見当たらなかった。

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 写真は、記念講演後、キャンパス内のパブ(?)で開かれた夕食会におけるアイルランド音楽のショー。


アイルランドの旅(4) 

                       成瀬廉二、2008/09/12(Fri)、No.1703

 シンポジウム中日の20日は、朝から夜まで日帰りのエクスカーションである。バス2台とワゴン車で、同伴者を含めて総勢80余名、行き先はアイルランド西部のバレン(Burren)高原方面であった。

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 まず最初の見ものは、ドラムリン(drumlin)という地形である。その一つが、写真に見られるなだらかな丘である。こんな丘は日本の平野や山間地のどこにでもありそうなので、「これがドラムリンだ」との専門家の説明がなければ、ぼんやりと田園風景を眺めるだけで、特段の注意を払うことは決してなかっただろう。

 ドラムリンとは、かつて氷河で被われていたとき、氷河によって運ばれてきたティル(微細な岩屑など)が堆積して形成された丘である。形は、過去の氷河の流動方向に細長く、長さは数百mから1km強、高さは数十m程度である。丘の上流側がやや急な傾斜、下流側が緩やかな斜面になることが特徴的である、というような解説が、フォウラー教授(Andrew Fowler、リムリック大学)よりあった。

 最終氷期の2万年前頃は、海面は現在より120m低下しており、アイルランドとブリテンは一つの島だったし、ヨーロッパとは部分的に陸続きだった。その当時、アイルランドのほとんどの地域はスコットランドから南西に伸びる氷床に被われていた。そして1万年前には、アイルランドからすべての氷河が消失した[このパラグラフ、"Ireland in the Ice Age” (http//wesleyjohnston.com/)より]。

 ドラムリンの丘は、地上から見るとポツポツと点在しているようだか、航空写真や人工衛星画像で見ると、数多くの丘が同じ方向に整列していることがよく分かるとのことである。drumlinの語源はアイルランド語であり、この地方はドラムリン研究の発祥の地というか、世界で最も多くドラムリンが残っている宝庫だそうである。


アイルランドの旅(5)   

                     成瀬廉二、2008/09/18(Thu)、No.1706

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 ダブリンやリムリック(写真)の位置は北緯53度付近なので、日本列島近辺では樺太島の北端あるいはカムチャツカ半島の南部に相当する。しかし、イギリスやその周辺地域は、メキシコ湾流のおかげで高緯度の割には温暖であることを、日本でも中学校で学んでいると思う。

 シンポジウムの案内に「(この地域の)8月の平均気温は15-17度C」とあった。札幌よりはだいぶ涼しく、北海道で最も涼しい都市、根室に近い。30度を超える鳥取を発ってから1日後に着いたダブリンでは、その涼しさというより秋深いような肌寒さにびっくりした。町を歩く人は、Tシャツの若者とウールのコートを羽織った老婦人とが混在しており、やや奇妙な光景だった。

 昼間は涼しいので夜は冷え込むだろうと思いきや、それ程寒くならないことに気がついた。そこで、リムリック付近の気象観測所(Shannon)のデータを調べてみたら、私達がここに滞在していた1週間のうち最も高い気温が19度C、低い気温が11度であった。両者の差があまり大きくない。つまり、気温の日較差が非常に小さい。

 年間の気温変化はどうかというと、ダブリンの最暖月7月の平均気温(平年)は15.4度、最寒月1月の平均気温は5.3度で、その差は10度しかない。ダブリンの年平均気温(9.7度)に近い札幌(8.5度)を見てみると、8月の平均気温が22.0度、1月が-4.1度で、その差は26度もある。両者のコントラストは著しい。

 以上の気象データから、アイルランドは典型的な海洋性気候にあるといえる。すなわち、アイルランドは中緯度の強い偏西風帯にあり、大西洋のメキシコ湾流の上を吹く気団の影響下にあるため、夏は涼しく、冬もそれ程寒くはならない。したがって、同島西岸のシャノンでは、雪が降る日は年間10日程度で、ほとんど積もることはない。


アイルランドの旅(6) 

                    成瀬廉二、2008/09/20(Sat)、No.1707

 エクスカーションでは、ドラムリン地形を見学した後、バレン地方にて石灰岩のカルスト(karst)高原を走り抜け、中世・近世の史跡に立ち寄ったり、大西洋海岸の観光名所を見物した。

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 写真は、巨石を積み上げた太古の墓である。このような墓は、新石器時代に西ヨーロッパでは広く作られたが、写真の巨石は紀元前4,000年頃建造で、墓の門と考えられ、最も保存状態の良いものだそうである。

 さて、シンポジウムに戻ろう。研究発表は以下のテーマのセッションにより行われた。
18日:「氷河底の水文(すいもん)学」、「(南極・北極)氷床と気候変動」.
19日:「氷の流動モデリング」、「ポスター発表」.
21日:「氷流(氷床内の流れの速い部分)」.
22日:「氷河サージ」、「ヨコロウプ(Jokulhlaup:氷河からの突発的出水)」、「氷河地形」.

 私は、最終日の「ヨコロウプ」セッションにて、パタゴニアの氷河ダム決壊の発表を行った。現役時代から、国際シンポジウムには1、2年に1回のペースで参加してきたが、口頭で発表するのは5年ぶりであった。今さら”あがる”ということもないのだが、自分としては”上出来"に一歩およばず、まあまあというところであろう。

 午前のセッションの最後に、大村あつむIGS前会長(スイスETH)の締めくくり挨拶でシンポジウムのすべての行事は終了した。同日午後、列車でダブリンへ、23日夕、ロンドンへ向かった。
                    (おわり)


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英のナショナルトラスト  

              成瀬廉二、2008/10/05(Sun) 、No.1709

 ナショナルトラストとは、優れた自然景観や、歴史的建造物を取得し、それらを保存、管理、公開することを目的とした市民ボランティア活動または組織を意味する。

 日本では、北海道の知床で離農した旧開拓農民が土地を開発業者に売却しないよう、100平方メートルを一口として購入する募金活動「知床100平方メートル運動」(1977〜1997年)が、「夢を買う」ということで全国的に広まったナショナルトラストの成功例として挙げられる。

 ナショナルトラストの発祥の地はイギリスである。現会員数340万人で、約300箇所の歴史的施設、家、館、庭、公園等を保有し、一般に公開している。それらの多くは、従来の所有者が、維持管理が困難になったり、税の負担が重荷になったため、英ナショナルトラスト(The National Trust)に寄贈したものである。そして、そのトラストは国からの財政支援はまったく受けず、会費と寄付とボランティアで運営している。

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      (英国西北部湖水地方ウィンダーミアーのナショナルトラスト観光案内所.2008.8.26)

 これらの中には、貴族の宮殿とか、ピーターラビットの作者の家とか、著名なものも数多くあるが、ごく普通の広場(草原)もある。その内の一つが、写真の公園である。これは特別な景勝地と言うものではない。National Trustの看板と、境界のフェンスと、遊歩道があるだけであった。

 ナショナルトラストというと、重要文化財とか、国定公園のようなものと漠然と思っていたが、本場では様々な種類、規模、形態の文化遺産・自然空間があることを知ったのである。

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     (イングランド西北部Lake District, Bownessのナショナルトラストの一つ.2008.8.26)


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 ブータンの氷河,氷河湖(1) 

                    内藤望、2008/05/29(Thu)、No.1678

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少し(大分?)古い話題で恐縮ですが、1998, 1999, 2002年(いずれも秋期)に現地調査に訪れたブータン・ヒマラヤの氷河と氷河湖について、順次紹介していこうと思います。1回で紹介するのは難しいので(&話題提供のネタが少ないので)、今後、不定期かつ回数未定のシリーズ連載にしようと思っていますが、気分次第なのでどうなることやら?

昨年末来、新聞やTV等で、何やらヒマラヤの氷河や氷河湖が注目を浴びているようですが、ここでは気軽に(責任が重くなると辛いので)私の気の向くままの内容にさせて頂きます。

「ヒマラヤ」というとまず思い浮かべられる国はネパールだろうと思いますが、世界地図を見て頂ければ分かるとおり、ブータンはその東に位置しています。バングラデシュのすぐ北という位置でもあり、ベンガル湾からの湿潤気流が流入しやすいために、とても降水量の多い地域です。日本の九州ぐらいの面積しかない小国ですが、南縁の標高数百mの熱帯雨林(ジャングル地帯)からわずか150kmほど北には標高7000m級の山々が連なるという、高度差と気候差の激しい国でもあります。

経済指標のGNP(Gross National Product)で見ると世界的な最貧国の一つになりますが、これは農村を中心に今もかなりの割合で自給自足経済が存在し、貨幣価値に換算されないことも要因になっているようです。また非常に開明的な国王として有名だった前国王(昨年退位)は、「GNPではなくGNH(Gross National Happiness:『国民総幸福度』)の向上を目指そう」と提唱されていたそうです。そのためもあって急激な開発を望まず、今も豊かな自然生態系が残されている稀少な”Green Spot”となっています。

経済発展や都市開発を優先するあまりに自然環境の保全や人間・社会の倫理を犠牲にしてきた『先進国』に対する強烈なアンチテーゼであるとともに、自然環境との共生が全人類的なテーマになりつつある現代においてその重要な可能性を模索している稀少例とも捉えられます。

しかしそうしたブータンにおいて、「氷河湖決壊洪水」(Glacial Lake Outburst Flood、略してGLOF:本HP内「氷河・雪氷圏ミニ辞典」の「氷河湖」の項を参照)という自然災害が心配されています。1994年10月には、ルゲ氷河湖で発生したGLOFによって下流のプナカという街を中心に21名の方が犠牲になりました。それまでにもGLOFの記録はあったようですが、この1994年のGLOF被害はブータンにおいて記録が残っている中で最悪の自然災害被害となりました。(ブータンの人口密度は非常に低いため、一つの災害で約20名もの犠牲が出るというのは前例がなかったのです。)

この災害以降、ブータンでGLOFとその発生源である氷河湖に対する関心が高まりました。ちなみに最近のマスコミ報道には「GLOFは『地球温暖化』の影響」という論調も見られますが、今のところはそう断定するだけの客観的材料は揃っていないと思います。しかし『地球温暖化』の影響か否かはさておき、GLOF対策やそのための氷河,氷河湖の研究・調査が重要であることは当然です。

こうした背景の中で、当時私が所属していた名古屋大学および東京都立大学の研究メンバー5人で、ブータン地質鉱山局と共同で氷河,氷河湖の現地調査を1998年に実施することができました。この1998年の調査では、ブータンでの本格的な氷河,氷河湖調査は初めてということもあり、ブータン北西部〜北部に至る「スノーマン・トレック」という長大なトレッキングルート沿いに、まずはできるだけ多数の氷河,氷河湖を踏査・観察することを通じて、GLOFが発生する危険度を比較評価するということが最大の目的となっていました。

約40日間、4000〜5000m級の峠をいくつも越えるトレッキングだけでも結構な運動量ですが、近傍の合計30個の氷河,氷河湖にもれなくトレッキングルートからはずれて接近したり(可能なところは)氷河上に降り立ったりを繰り返したので、今まで私が経験したフィールド調査の中でも最高の運動量を要した調査でした。

帰国後、人工衛星画像や地形図他の解析も踏まえてまとめられた研究成果では、ブータン北部のルナナ地方東部に隣接している、ルゲ,トルトミ,ラフストレンという3つの氷河,氷河湖が最も警戒を要するという結論になりました。

[Ageta et al., 2000:]; [Iwata et al., 2002]

そこで翌1999年以降は、このルナナ地方に集中して調査を継続実施したのですが、その話はまた次回にしたいと思います。  

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  氷河ダムの崩壊(パタゴニア) 

               成瀬廉二、2008/07/12(Sat)、No.1689

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 テレビと新聞による報道の後追いのようで少し気が引けるが、この氷河は私が1990年以来7回にわたり調査を行ってきた主要な研究フィールドであるので、一言コメントしないわけにはいかない。

 10日夜、テレビ朝日の報道ステーションの終り頃に、パタゴニアのペリートモレノ氷河の氷の壁が崩れる映像とともに、「このような冬期の大崩壊は始めて」という説明があった(私は見ていなかったので、榎本浩之NPO氷河会員<北見工大>からの情報)。

 翌11日の朝日新聞朝刊に「パタゴニア 真冬の氷河崩落」という見出しで、氷河末端の氷壁が崩れる(カービング)写真が掲載された。「(このような大崩壊は)夏には数年おきに見られる現象だが、冬に起きるのは記録になく、地球温暖化の影響が指摘されている」という記事であった。両報道とも、半分程度は正しいが、はっきりとした誤りもある。

 実情は以下の通りである。写真は、ペリートモレノ氷河の末端、氷壁の高さは水面上50〜70 mである。氷河は右奥から手前に1日に1.5 〜2.5 mのスピードで流れている。1年中毎日、流れてきた分の体積にほぼ等しい氷が氷壁からカービングしている。

 この氷河は世界的にも特異な振る舞いを示す氷河であり、数年毎に氷河末端が手前の陸地まで達する。氷と陸とが完全に隙間なく接触すると、氷河がダムとなり、写真左の湖の水をせき止める。そして、左の湖の水位が上昇して氷が耐えられなくなると、氷河ダムが決壊して、右側の湖に多量の水が流出する。

 写真は、氷河ダム内の水路(水管)が拡大し、巨大なトンネルとなった状態を示している。このトンネルは、力学的に不安定なので、数日以内に崩落するだろう。

 氷河末端の氷壁が崩れることは、1年中ほぼ毎日起こっている。しかし、今までは、氷河ダムが形成されるのは冬で、それが崩壊するのは夏であった。したがって、今年は冬(7月)に小規模ながらダムが崩壊しているので、分かっている限りにおいては“初めて”である。

 なお、2004年3月(晩夏)に起こった氷河ダムの大規模崩壊現象について、観測データの解析と考察が進んだので、本年8月アイルランドで開催される国際氷河学会のシンポジウムで発表することにしている。

(写真:ペリートモレノ氷河の末端部。手前のテラスは観光客用の展望台。周囲の林の中に新雪が積もっていることが分かる:アルゼンチンのウェブ・ニュースwww.clarin.com.ar[2008.7.7版]より)

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氷山の氷の匂い 

                  成瀬廉二、2008/07/18(Fri)、No.1690

 世界の氷河関係の研究者等、約1500人が登録しているメーリングリストに流れた話題である。最初の発言は、コペンハーゲン大学のポスドク研究員Suneさん(7/10付)。「グリーンランドへ観光に行ってきた知人から聞いた話だが、イルイサットのフィヨルドで漁師が“氷河がカービング(崩壊)するときや、水に浮いた氷塊が割れるとき、オゾンのような刺激臭がすることがある”と言っていたが、こういうことが本当にありますか?」

 これに応えたのがアルフレッド・ウェゲナー極地・海洋研究所のUrsさん(7/15付)。昔読んだ論文のあやふやな記憶だが、と断った上で次のコメント。「その論文の著者は、スイス・アルプスの氷河の上流部で水平方向のトンネルを岩盤まで掘り、1年後にトンネル奥で異様な匂いを感じ、風船に空気を集めて持ち帰って分析した結果、高濃度のオゾンが検出された。」

 続いて同氏は、別な人から「高い圧力と変形下においてオゾンが生成されることがある」という説を聞いたことがあり、もしそうなら「グリーンランドの氷山の氷は長い年月、氷床下で大きな応力と歪を受けつつ流れてきたので、説明がつく」と述べた。

 さらに、バード極地研究センターのVictorさんの体験談(7/15付)。「以前スバルバール島の氷河の底の洞穴内で何日か滞在したことがあるが、夏には多量の水が洞穴内を流れており、あるとき特有な臭いを感じた。それは、岩の洞窟内とか、ストックホルムの地下鉄の通路内に似たものだった。」

 以上、伝聞とか、昔の記憶が多く、どの程度確かな事実なのか、怪しげな部分もある。そのため、本当に(気のせいではなく)異臭がするのか、その原因はオゾンなのか、オゾンが氷河の底で生成され得るのか、岩盤から出てきたオゾンが氷に取り込まれることがあるのか、等については、今のところ残念ながら疑問のままである。

 なお私は、いろいろな所で、氷山に近づいたり、その氷を触ったり、食べたりしたことがあるが、「おいしい」とか「無味だ」と思ったことはあるものの、臭いを感じたことは一度もない。
 
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         (写真:パタゴニア・ウプサラ氷河の前方の湖。2007.1.20)

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(続)氷山の氷の匂い 

                     成瀬廉二、2008/08/11(Mon)、No.1697
 その後、スイスETHのMartin Luethiが次のように述べた(8/2付)。「先月、グリーンランドのヤコブスハーヴン氷河の末端で2週間観測を行っていたとき、大規模なカービングを何回か目撃したが、オゾンのような匂いを感じたことは1度もなかった」。

 続いて、「私が知る限り、氷河から採取された氷コアの中に高濃度のオゾンが検出されたことは全くない。もし、カービングの際に何かが臭ったとすると、氷山の下面に成長していたバクテリアかアルジー(藻類)が、氷山の崩壊や転倒で表面に露出したからではないだろうか」と付け加えた。

 これに対してカナダ・アイスフィールド社のErik Blakeが「カービング中に氷結晶が破壊するとき、空気中の酸素からオゾンが生成されるのではないか。たぶん、トリボエレクトリックかピエゾエレクトリック(圧電)効果のようなものがあり、その際の高電圧が空気をイオン化するのだろう」との意見を述べた(8/2付)。これは、実験室の装置の中の現象のようで、私はとても信じることができない。

 以上、いろいろなコメントがあったが、「自分が、いつ、どこで、どんな匂いを感じた」という直接的な証言は一つもない。1500人近い読者の内、誰か経験があれば発言するだろう。それがないということは、やはり氷河の氷からはオゾンのような匂いが発することはないのであろう、と私は思う。

 ところで、この話題を閉じるにあたって、もしかしたらこの”現象”に関するレポート、記事、ブログ等があるかもしれないと思い、”ozone glacier smell”で検索してみた。数多くヒットする中で、この3つのキーワードが直接関連する記述が、グリーンランドの紹介・観光案内のサイト(www. greenlandinpictures.com)にあった。

=氷山の氷が割れ、砕けると、氷の中に数百年間閉じ込められ圧縮されていた小さな数多くの気泡が破裂し、その音がフィヨルド内に満ち溢れる。同時に、気泡に含まれていた酸素(O2)とともに放出されるオゾン(O3)の匂いも嗅ぐことができるのだ。=

 たしかに、気泡の中の空気は、雪として降ったときの大気の成分を保存しているので、氷山の氷から出てきた空気には、窒素、酸素以下の微量成分の10番目位にオゾンもある(図参照)。しかし、犬の臭覚ならどうか知らないが、ふつうの人は決してオゾンを感じることはないであろう。

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[不在のお知らせ] 私は、アイルランド(Lymerick)にて開催される氷河の国際シンポジウム(International Symposium on Dynamics in Glaciology)へ出席・他のため、8月15日から29日まで不在にいたします。

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氷河のカテーテル!? 

                内藤望、2008/07/27(Sun)、No.1691

勤務先大学は、あと2日で前期授業が終了です。今週は、雪氷学会の申込〆切に加えて、期末業務に追われ、またしてもレギュラー投稿日に遅れての投稿となりました(言い訳)。さて、今期は大変でした。担当授業や大学業務が年々増大していることがもちろん主因ですが、それに加えて今期の始まる時期に私事での大事が重なってしまったことが大きかったのです。

私事の詳細は述べませんが、今回の本論に関係する一点だけ述べると、幼い私の娘(当時1歳6ヶ月)が脳内の血管造影検査を受ける羽目になりました。足の付け根の動脈から脳にまで「カテーテル」という管を挿入し、脳内の毛細血管に造影剤を注入してレントゲンで撮ることで、毛細血管の形状やどのように張り巡っているかを知るという、素人の私には驚嘆の検査法でした。医学の世界では実績のある検査らしく、心配不要とのことでしたが、現代医術の水準の高さを痛感させられました。

さて担当医師からこの検査の説明を受けた際、ふと氷河内水脈に対してもこのカテーテルのような道具と技術を応用できないだろうか?などと連想してしまいました。要は、氷河内の水路・水脈がどのように走っているのかを知ることができれば、氷河底での水圧やその変化を類推する有効な材料になりそうだし、そうすれば氷河動力学においても画期的な進展が期待できそうに思ったわけです。

もちろんスケールが違いすぎるし、何よりもカテーテルを挿入するだけではなく造影剤やレントゲンに相当するものがなければダメなんですが。。。何年か先、いや何十(百?)年か先に、誰かそういう道具と技術を発明してくれないものですかねぇ。
以上、単なる願望ネタで失礼しました。

PS.
娘の検査前にこんなこと連想してしまうのは父親失格でしょうか?(「時効」が過ぎれば話すかも知れませんが、)妻にはとても打ち明けられず、内緒です。
なお娘は、現在、元気です。

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Re: 氷河のカテーテル

             松岡健一、2008/08/06(Wed)、No.1695

7月頭のレギュラー投稿はお休みしご迷惑をおかけしました。

カテーテルを氷河に入れるのはちょっと難しそうですが、レーダなどを使ってリモートセンシングするというのは現実的な話です。でも、超音波画像診断という医学分野に比べると、氷河のレーダ画像診断は50年とは言いませんが30年は遅れているのかもしれません。これは何も氷河屋が無能というわけではなく、観測が難しいといった事情に加え携わる人の数や使える予算と言った事情も大きいはずです。

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添付の写真は二人目の子供が胎児のときの画像診断。心臓が定期的に鼓動している様子が分かります。技師をせっついて貰って来た画像ファイルは、息子のアルバムではなく、お仕事用に。学生向けの講義で「これは氷河の下の水の様子、なんて言うのは嘘だけど、これぐらいレーダで理解したいと思っている」とジョーク込みで研究の概要を知らせるの使っています。

というわけで、内藤さん安心して下さい。ちなみに知り合いの生物学者は「象さん象さんお鼻が長いのよ、、」と赤ん坊をあやしながら「これを遺伝って言うんだぞ」と講釈を垂れたそうです。奥さんが呆れていました。どっちもどっちですね。




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