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zoom RSS 情報”ハバードglサージ;氷河写真・絵画;北極glサージ;黒点ゼロ;氷期・氷河期;化石;地学会”

<<   作成日時 : 2009/07/26 12:00   >>

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ハバード氷河でサージ発生

                成瀬廉二、2009/07/26、No.1844

 カナダ・ユーコン州から米アラスカ・ヤクタット村へ流出しているハバード(Hubbard)氷河の上流域で、最近氷河サージが発生した。写真は、飛行機から撮影された同氷河の涵養域の状況である(Photo: Lance Goodwin, Icefield Discovery;2009年6月5日)。
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 矢印で示されたクィーン・メアリー山(3,928m)の3つ(北、中央、南)の支流氷河がサージを起こした。いずれも激しいクレバス、表面の低下、および河岸段丘のような表面の階段状起伏が認められる。地元の航空パイロットによると、このサージは本年1-3月頃に始まったらしい。(情報提供:Luke Copland、University of Ottawa)

 ハバード氷河は、ラッセル・フィヨルドの海水へカービングしているが、末端が前進するとモレーンせき止めダムにより氷河湖が形成され、そのダムの決壊が1986年と2002年に起こっている。この氷河上流域のサージがどのように下流域に伝播し、末端にて氷河湖の形成ならびに決壊が起こるのか起こらないのか、非常に注目される。

(なお、スピッツベルゲン島の氷河サージについては、本年4月本サイトNo.1782に紹介した。)

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Re: ハバード氷河でサージ発生

                      内藤望、2009/07/28、No.1848

興味ある話題提供を、有り難うございます。

アラスカの土地勘がないため、早速、Google Earthでハバード氷河を探してみたのですが、
「ハバード氷河は、・・・末端が前進するとモレーンせき止めダムにより氷河湖が形成され、そのダムの決壊が・・・」
という記述の位置関係が理解できませんでした。

ハバード氷河の末端が前進すると、「モレーンせき止めダムによる氷河湖が形成」されるのではなく、「フィヨルドを氷河がせき止め、その後、そのアイス・ダム部分が決壊する」ということではないかと想像したのですが、いかがでしょう?
(私の認識違いであれば、ご教示頂けると幸いです。)

いずれにせよ、サージの伝播や、氷河湖or氷河せき止めフィヨルドの水位変化とせき止めダムの決壊等、注目に値する事象のようですね。

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Re: ハバード氷河でサージ発生

                       成瀬廉二、2009/07/28、No.1849

 画像(http://earthshots.usgs.gov/Hubbard/ より転載)は、1986年ダム形成前(1985年8月)のLandsat 衛星5 TM(bands 4, 3, 2)によるハバード氷河下流部の状態である。写真右上から左下に向かって流れているのがハバード氷河本流、左下の濃青色がヤクタット(Yakutat)湾の入江、右下の濃青色がラッセル(Russell)フィヨルドである。(前報で、“ハバード氷河は、ラッセル・フィヨルドの海水へカービングしている”と述べたが、これは不適切で、主たるカービングはヤクタット湾である)。

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 もしハバード氷河が前進して、ヤクタット湾とラッセル・フィヨルドの境界にあるギルバート岬(Gilbert Point)に到達すると、ラッセル・フィヨルドの出口が塞がれ、ラッセル・フィヨルド流域は洪水の危険が始まる。

 内藤氏は、以上を把握した上で、「モレーンせき止めダム」ではなく、「氷河ダムの形成、その後、氷ダムの決壊」ではないのか、という指摘をしているのであろう。確かに全体から見ると、これは氷河ダムである。しかし、Trabant (2002)やMotyka & Truffer (2007)によると、氷河の先端とギルバート岬の間にはターミナル・モレーンが形成され、最後の水門を閉じる物はモレーンである。

 また、ダムが決壊するときも、モレーン・ダムの侵食から始まるそうで、上記論文等では、’moraine dam’または‘moraine and ice dam’としている。

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ポリサーマル氷河のHDR写真 

                 沢柿教伸、2009/09/23、No.1922

久しぶりに投稿します.北大の澤柿です.

北大・環境科学院は,雪氷圏科学教育のための国際的な大学間連携プログラムである「国際南極大学プログラム」に参加して大学院レベルの国際カリキュラムを実施しています.9月上旬の二週間にわたってスイス氷河実習が行われ,その引率として参加してきました.この実習もすでに4回目を迎えており,私は初めての参加でしたが,これまで3回の実績をふまえて内容もしっかり定着してきた印象を受けました.実習の内容は,そのうち受講生がホームページで報告してくれることになっていますので,興味のあるかたはご覧になってください.http://wwwearth.ees.hokudai.ac.jp/IAI/

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今回ここに掲載した写真は,今回のスイス実習の際にツェルマット上流のゴルナーグラートというモンテローザ山塊を望む展望台から撮影したものです.下に流れているのはゴルーナー氷河です.スイスアルプスでは,消耗域の氷体温度は0度C近くまで達しているのが普通ですが,この氷河はちょっと変わっていて,消耗域でも融点以下の冷たい氷体が部分的に維持されています.これは,スイスアルプスで最も標高が高い涵養域(つまり年平均気温が低い場所)から流出しているためだと考えられています.このように,融点に近い氷とそれ以下の冷たい氷が同居している氷河のことを「ポリサーマル氷河」と言います.

写真には,氷河の表面に曲がりくねった水路のようなものが刻まれているのが写っています.これは,氷温が冷たいために氷河表面の融解水が下へ浸透できず,いつまでも氷河の表面を流れ続けるため,河川の蛇行と同じ原理が働いて,このような水路が形成されるのだろうと考えられています.

それから,この写真をみて,なんだか妙にメリハリがあるようにお感じになりませんか.実はこれは「ハイダイナミックレンジ合成」という手法で加工した写真です.氷河や雪山の写真を撮影する時,雪氷の明るい箇所に露出を合わせると周囲の景色が黒くつぶれてしまうことがよくあります.逆に周囲に露出を合わせると雪氷が白く飛んでしまって微妙な雪氷の模様を再現することがでません.これは,フィルムやCCDなどのダイナミックレンジ(最明部と最暗部の明暗比)が自然界の実際の明暗比よりもずっと狭いために起こります.

オーバーぎみからアンダーぎみまでいくつか露出を変えて撮影してやれば,フィルムやCCDの限られたダイナミックレンジを擬似的に広げることができます.露出の違うそれぞれのショットから適正部分を抜き出して一つの画像に合成してやれば,カメラの性能以上にダイナミックレンジが広がった画像ができるというわけです.この「ハイダイナミックレンジ技法」を使えば,明るい氷河の表面も,暗い岩盤の模様も,一枚の写真の中に具合良く表現できるのです.

最近のデジタルカメラには,オートブラケット機構といって,自動で複数のカットを撮影してくれる機能がついているものもありますので,撮影自体はそれほど難しいものではありません.また,合成用のソフトウェアも多数出回っていますので,気軽に試してみることができると思います.雪氷圏の写真撮影にはおすすめの技法です.

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合成写真と絵画 

                    成瀬廉二、2009/09/25、No.1925

 スイスの氷河の合成写真(No.1922)を見たとき、初め、これは絵画だと思った。

 添付の絵は、1820年頃に描かれたスイス・下グリンデルワルド氷河である(Gabriel Lory Son作: Switzerland and her Glaciers. Pub. Swiss National Tourist Officeより)。氷河も光景も違うが、絵と合成写真は'感じ'が似ている。

 
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 絵では、谷の中の日陰の部分も明るく描かれている。HDR写真のことは知らなかったが、人間の目は普通のカメラに比べるとダイナミックレンジが広い、ということがよく分る。

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サージによる氷河の前進(スバールバル諸島). 

                     成瀬廉二、2009/10/04、No.1929

 北極スバールバル諸島のコンフォートレス氷河は、2008年4月に、氷河の横断方向のクレバスが激しく発達し、サージの活動が活発になっていることが観測された(氷河・雪氷圏辞典「サージ」に写真掲載)。

 コンフォートレス氷河の末端は部分的に海の入江に流出しているカービング型氷河である。2009年もサージの活動中であり、氷河の末端は前進し、浅瀬の海底堆積物を押し出しつつある(写真)。

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          (Photo: Comfortlessbreen in Engelskbukta, on 21 July 2009, by courtesy of Monica Sund)

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太陽黒点、ゼロが続く 

                    成瀬廉二、2009/08/30、No.1911

 40年前、南極でともに越冬したオーロラ観測隊員の林幹治氏(前、東大・地球惑星物理学科)が南極OBのウェブに以下のコメントを書いている。

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 太陽黒点数の変動記録は400年前のガリレオ・ガリレイまで遡ることが出来る。地質時代で400年は一瞬であるが、黒点数について顕著な概ね11年周期の変動にも強弱や周期の乱れが見られ、気候変動との関連が注目されている。

 通例なら昨年(2008)くらいに増加に転じるはずであったが依然と極小状態が継続中で“異常”との見方が強まりつつある。 (中略)

(7月になって)大きな太陽黒点が現れて、活動期に入るかと期待させたが1ヶ月余で消えてしまい、一点のシミもない美顔の太陽になっている。
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 写真は、米航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)の太陽観測衛星SOHO(Solar and Heliospheric Observatory)がとらえた昨日(29日)の太陽面映像(SOHO MDI Continuum Latest Image より)である。通常は黒い小さなホクロ状の斑点がいくつか見られるが、現在は何もないツルツルである。

 1650年頃から1700年頃の数十年間は、マウンダー極小期(Maunder Minimum)と呼ばれ、黒点のほとんどない時期が続いていた。その時期は、地球上各地で氷河が前進し気候もやや寒冷であった小氷期(14-19世紀)とも重なるので、寒冷気候の要因の一つと考えられることが多い。

 さて、現在の太陽黒点極小は長期変化の兆しなのだろうか。CO2の温室効果よりも自然変動要因が支配的と考えている赤祖父俊一氏(前、アラスカ大学)、丸山茂徳氏(東京工大)、伊藤公紀氏(横浜国大)等の「温暖化懐疑論者」に果たして追い風が吹くか? その旗色が鮮明になるためには、もう少し、少なくとも数年は様子を見る必要があろう。

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(続)太陽黒点、ゼロが続く

                     成瀬廉二、2009/10/10、 No.1936

 本欄No.1911「太陽黒点、ゼロが続く」に対して、「太陽黒点数の周期解析から2000-2030年に極小となると予測した」論文(Jpn. J. Appl. Phys. Vol.33, 1994)の著者の一人である、元北海道大学理学部宇宙物理教室の兼古昇氏から以下のコメントが寄せられましたので、転載します。

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 貴方の Web site を拝見しました。黒点の全くないつるつるのこの様な太陽がほぼ三年間続いていて、太陽は第24期の活動に入る気配を全く示していません。恐らく、私どもが15年前に予測した極小期に入ったものと思われます。

 第23期の活動は1996年に始まりましたので、2007年には第24期に入り、数年で最大値に近い黒点数にまで達するはずですが、依然として無黒点のままです。太陽黒点の消滅が小氷河期と本当に因果関係があるのかどうか解明はされていませんが、今回の太陽活動の異変ではっきりするのではと期待しています。

 17世紀の Maunder minimum は小氷河期の典型とされていますが、この極小期ではヨーロッパがペストに襲われました。今流行の新型インフルエンザが小氷河期のペストに思えてなりません。

 First author の大友さんによりますと、時系列データ解析で、極小期の予測に成功した例はいないということですから、今後数年、この様な無黒点状態と気候の異変が続けば、事実上、初めての予測となると不謹慎ですが期待しています。

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          [写真]SOHO衛星のMDIカメラによる 太陽黒点(2009.10.9) ©SOHO (ESA & NASA)

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(続・続)太陽黒点 

                       成瀬廉二、2009/10/29、 No.1946

 私は、太陽黒点の科学的意味あいに関し詳しいわけではないし、その動向に特に注視しているわけではありませんが、本欄(No.1911)で話題に取り上げた行きがかり上、第3報として、林幹治氏(前、東大・地球惑星)が小グループのメール網に流したコメントを転載します。

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 (南極観測開始直前の)1955年頃、太陽活動は最大級の極大期に入ろうとしていました。それから5回目が目前の今、太陽活動は小氷河期再来が囁かれるほど立ち上がりが遅く、先物相場師ならずとも、世間が気にし始めている状態です。この1週間で巨大に成長した黒点が見えます。東の縁へと回ってもうすぐ見えなくなります。2週間後に再会できるか、小さな楽しみの一つにどうぞ。
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            [写真]SOHO衛星のMDIカメラによる 太陽黒点(2009.10.28) (c)SOHO (ESA & NASA)

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氷河期と氷期は同じか? 

                    成瀬 廉二、2009/09/16、No.1916

 最近、氷河期と氷期の意味についてメールにて質問があった。その方は地球物理の研究者だが、両者の違いが非常に分かりにくい、と言う。

 まず「氷期」とは、人類の祖先である原人が地球上に出現した約100万年前から4〜5回繰り返した、寒冷で氷河や氷床が大きく発達した時代のことを指す。一方、「氷河期(=氷河時代)」は、我がHPの氷河・雪氷圏辞典では以下の様に解説している。[地球の歴史46億年において、地球上に大規模な氷床が存在した時代のこと。先カンブリア時代、二畳紀-石炭紀、新生代などは大規模な氷床が存在したため、氷河時代である。以上のような定義があるものの、実際の使用においては氷期と氷河時代(あるいは氷河期)とは区別されることなく使われる例も多い(白岩孝行)]

 「氷期」は、最終氷期、ウィスコンシン氷期、間氷期、小氷期(1300年代〜1800年代半ば)のように、気候や氷河の専門家の中では定着し、迷わず使われている。「氷河期」は、地質学による古くからの定義を踏襲したものである。これにしたがうと、現代は、地球上に大きな氷床や氷河が存在するので、氷河期であり、その中の間氷期ということになる。

 しかしこれは、一般にはなかなか受け入れ難い概念であろう。専門家以外の一般の人、および新聞等のメディアでは、「就職氷河期」で代表されるように、氷河期とは「凍った、寒い時期」の意味で使っているので、それは氷期に相当することは間違いない。新聞各紙で、氷期と氷河期をどのような割合で使用しているか統計値は分からないが、私の感触では、多くの場合、氷期のことを氷河期としているように思う。

 朝日新聞のasParaに以下のコメントを見つけた。[今回、記事で「氷期」という言葉を使いました。「氷河期とどう違うの?」と思われた人もあるでしょう。一般的には、氷床でおおわれている寒い時代というイメージで、「氷期」と「氷河期」を区別せずに使うことが多いようです(07/04/25、瀬川茂子)]この文章は、「氷河期」の方が普及している用語であることを示している。

 また、一般書でも以下の例のように「氷河期」が普通に使われてきた。根本順吉(1974)「はたして氷河時代はくるのか」、根本順吉(1976)「やがて氷河期が来る」、赤祖父俊一(2008)「小氷河期と大氷河期」

 語法や語義は時代とともに変化する。とは言え、専門用語の定義をそうやすやすと変えるわけには行かない。しかしながら、「氷河期」は古くから日本人の中で定着しているし、氷期は氷河期の省略形にも見えるので、そろそろ氷河期と氷期は同義語と見なしても良いのではないかと最近思うようになった。

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            (写真:南極氷床、やまと山脈.1970年1月)

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貝化石採取

市谷年弘、2010/03/30、No.2016

 去る3月8日、鳥取県八頭町明辺(あけなべ)の森林(標高、約600m)で、森林巡視の仕事をしていた際に、雪解けで転石が見られた箇所がありました。そのときに、転石をひっくり返していたら、貝化石と思われるものを見つけました。 写真(上)にて楕円形内の富士山のように凹んでいるところが、貝の印象化石(いわゆる、抜け殻)です。

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 この貝化石の写真を、元鳥取県立博物館の山名巌先生に尋ねてみた結果、ムカシハリナデシコガイというイタヤガイの一種であることがわかりました。山名先生によると、この貝は比較的深海性のところに生息していた貝ですが、この貝から推定される古環境は、第三紀の後半頃、この地域はやや深海であり、海底地すべりによって、浅海性の貝などや堆積物が深海性の堆積物に混ざっていることがわかっているそうです。
 その後、3月27日に再度現地に行ってみると、雪や雨によって、さらに多くの転石が認められ、フガンジツキヒガイ、キララガイ、ツノガイ、および写真(下)の”センスガイの仲間”(正式には単体サンゴの化石)を、わたしと母で見つけました。これらはいずれも、普含寺泥岩層(国府町宮の下の泥岩の層。フィッション・トラック年代によると、1250万年前という年代が求められている)内にあり、比較的浅い海の環境の魚類化石あるいは貝化石です。なお、この現生のセンスガイは、現在は、沖縄県美ら海水族館に展示されており、分類上は腔腸動物門花虫綱六放サンゴ亜綱イシサンゴ目センスガイ科に属する海産動物です。その生態は、日本海の大陸棚70〜600mにもっとも普通に産する深海サンゴということが解明されています(ヤフーの百科辞典より一部改変)。
 普含寺泥岩層における上記の貝化石は、かなり頻繁に認められるものですが、単体サンゴ化石については、国府町上地では発見されているが、八頭町明辺では珍しいとのことです(山名巌先生私信)。なお、これと同時期の堆積岩がみられる,鳥取市雲山や面影団地や国府町岡益では、フウやナウマンヤマモモ・クスノキ科などの葉化石を含む陸成の堆積物で構成されています。
 一方、国府町宮の下〜上地〜姫路〜明辺にかけてみられる海成の堆積物は、従来は陸地の沈降説が唱えられていましたが、現在は、プレートテクトニクスやプリュームテクトニクスなどの新説により、日本海拡大期の終末期ということが解明されました(山名巌先生私信)。特に、八頭町明辺周辺は、その貝化石の古環境や古生態から、やや深い海であったと推定されています(引用文献:山名巌、1997:鳥取県化石誌)。
 最後になりますが、山名巌先生には、わたしが当時小学生のころから、化石の鑑定をご指導していただいていて、今回の化石すべては山名先生の鑑定によるものだということを付記しておきます。また、本記事を投稿するにあたっては、成瀬廉二先生から多くの指摘、助言をいただき改稿いたしました。


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鳥取地学会研究発表会

市谷年弘、2010/05/25、No.2040

 去る5月22日、鳥取県立博物館にて鳥取地学会の総会・記念講演・研究発表会がありました。
 総会に引き続き、わたしが鳥取大学の研究生だったときに師事した岡田昭明先生の火山灰と岩石磁気の記念講演がありました。その内容は、火山灰同定の武器に有色鉱物組成と強磁性鉱物のキュリー温度を用いて大山や三瓶山起源の火山灰を同定することが有効であるというお話でした。各火山によってその組成やキュリー温度が異なるので、いろいろな層序によって、細かく火山灰名や層序年代を調べました。なかでも鳥取県倉吉市大河内の上流部では20枚のもの未詳火山灰の存在があり、そのことを調べられなかったことが演者の心残りで、これからの研究者の出現に期待したいとのことでした。
 そのあと、各研究者の研究発表がありました。そのうち、心に残ったものを紹介します。

「鳥取砂丘に見られる砂簾の形成プロセス」 美藤彩花・○小玉芳敬
 鳥取砂丘では、砂簾(されん)と呼ばれる、砂が流れてできる簾(すだれ)状の微地形(写真)が見られることがある。発表者等は、実際の砂丘の砂簾の調査と観察をふまえ、室内実験で模型砂丘の上方部分をヒーターで加熱すると、土石流みたいに下方に流れ下るという形成過程を研究した。その結果、雨などで湿った砂丘急斜面が、日射熱により乾燥する過程で不安定となり、乾燥岩屑流が発生することが再現された。

「西伯郡伯耆町大滝所在井後草里遺跡の古植生復元」 ○渡辺正巳・他
 鳥取県西部の山間部にて花粉分析例の少ない場所での研究発表であった。大山の火砕流堆積物が分布する地域での古植生復元であったが、当時コナラなどの樹木が火砕流で森林火災が起こり、やがて、アカマツがその地に生育したとするものであった。

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  写真:鳥取砂丘の砂簾(鳥取市福部町.撮影者:柏原賢司.時期:2001年以前.
転載自由として公開されている鳥取県HP写真ライブラリーより)
  砂丘上部にて舌状に垂れ下がっている表面模様が砂簾、その下方の波模様が風紋.
          
 (編集:成瀬廉二)






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