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zoom RSS 情報"鳥取の根雪;奥大山雪崩;雪の観察会;石見銀山;ブナ林シンポ;梅;東日本大震災;魚附林"

<<   作成日時 : 2011/02/01 12:00   >>

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鳥取、根雪に 

 成瀬廉二、2011/02/01、No.2124

 積雪寒冷地に住む人にとっては、「根雪に」という標題に、「何を今さら」と思われるかも知れない。降り積もってから雪解けの時期まで、長い期間消えることのない積雪を一般に根雪(ねゆき)と言う。したがって、冬の初めに雪が降ったとき、「これは根雪になるかしら」等と使う。根雪かどうかは、しばらく日数が経たないと分からない。

 これでは定義が曖昧なので、気象庁では、「積雪の継続期間が30日以上」となったものを「長期積雪」と呼んでおり、これが根雪に相当する。

 今冬の鳥取は、気象台の観測によると、12月31日から積雪が始まり、途中消えることがなく、昨(31)日は53 cmであり、積雪の継続期間が32日を超えた。したがって、「年末に降った雪は根雪になった」のである。鳥取としては、しょっちゅうあることではない。

 過去の豪雪年では、1983年12月24日〜84年3月13日まで81日間、積雪ゼロでない日が継続した。83年12月26日の積雪深95 cmは、鳥取の観測史上第3番目である。

  
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             [写真:仁風閣、2011年1月31日]

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奥大山スキー場の雪崩 

              成瀬廉二、2011/01/27、No.2123

 昨(2010)年12月31日昼過ぎ、鳥取県江府町の奥大山スキー場で雪崩が発生し、スキー場のパトロール員4人が生き埋めとなり、全員死亡した。一般に雪崩事故が発生した場合、山奥で入山が難しい場合を除いて、雪や雪崩の研究者が現地へ向かい雪崩の調査を行うことが多い。これは、当事者や関係者から依頼されることもあるが、多くの場合、雪崩の事例を集め雪崩予測や災害防止に役立たせるため、研究者が自主的に行う。

 しかし、今回の雪崩では、31日午後から正月2日いっぱいまで、JRも国道も大雪のため不通または大混乱で、仮に誰かが調査に向かおうとしたとしても、3日か4日位までは身動きがとれなかったことと思われる。その後、同スキー場を管理する江府町が、雪崩対策と山岳遭難防止を目的としているNPO法人ACT(長野県)に依頼し、12日、元村幸時理事長と会員の和泉薫氏(新潟大学教授)が現地調査を行った。その調査報告書が完成したのかどうかは知らないが、まだ公表されていない。

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 そこで、現在入手し得る限りの情報とデータをもとにこの雪崩の概要をまとめてみよう。奥大山スキー場は中国地方の最高峰・大山(1729m)の南東5km付近にある。標高770mから990mにかけて2本のリフトがある。写真は下部の第一リフト乗り場付近のスキー場、遠景の山は大山南壁(2009.8.24)。上部の第二リフトの終点から3本のスキーコースがあり、その中央が女良谷(めらだに)コースであり、平均斜度18度(国土地理院25000分の一地図より)、中級スキーヤーには程好い沢状のゲレンデである。

 竹内敏朗江府町長の『奥大山スキー場災害のお詫びと事故報告』によると、「女良谷コース頂上部において、まず、午後0時40分頃、北側に小さな雪くずれがあり」、「次に最終確認作業のため、圧雪車を配置し作業打合せを終えた時、午後1時5分頃、突然南側からの雪崩れが発生し、パトロール員4名が巻き込まれました」というものである。この付近は、全般的に南向き斜面なので、2回目の本物の雪崩が「南側からの」は分かり難いが、「女良谷上部のピーク(標高1201m)の南側斜面からの」の意味だろうと解釈する。この斜面は、平均斜度31度のかなりの急斜面である。ACTの調査の結果、「雪崩は滑走コースの上部にある林の奥から発生し、約400メートルに及ぶ大規模なものだったことが分かった」(ASAHI.COM、1月13日)。

 最寄の気象観測所は、大山の反対側、約8km離れた大山AMeDAS(標高875m)である。同所の積雪深データによると、12月31日07時(積雪深66cm)から雪が降り始め、13時までの6時間に53cmの新雪が積もり、積雪深が119cmとなった。女良谷上部の急斜面に、50cm以上の新雪が短時間に積もり、雪崩が発生し易い条件となったと思われる。

 現地調査を行った和泉氏は「発生源斜面は風背急斜面で、そこに雪庇や吹き溜まりが発達し、それが崩落して雪崩となったと思われます」、「発生時、積雪中に弱層はあったかもしれませんが、.....激しい降雪で積雪が急増する際に発生する典型的な新雪表層雪崩なのではないかと考えています」と語っていた(私的eメール)。

 スキー場のコース内での雪崩遭難、しかも発生源はその上部の樹林の中、というかなり特殊な雪崩事故のようであるが、どこにでも起こり得るとも考えられ、今後の雪崩災害対策のため調査報告書の公表が待たれるところである。

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大山「雪の観察会」 

                成瀬廉二、2011/02/14、No.2127

 昨(13)日、大山町大山寺付近の下山キャンプ場(標高750 m)にて、「雪の観察会」を実施した。主催は、国立・国定公園などの自然公園を維持管理している(財)自然公園財団(鳥取支部)、ならびにその所管庁の環境省(米子自然環境事務所)、およびNPO法人氷河の3者であった。

 前日、中国地方各地では暴風雨・風雪模様の荒れた天気で、当日朝も米子市内で積雪があり、参加者のキャンセルが心配された。しかし、取り消しは若干名のみで、米子市、松江市、大山町などから関係者を含めて総勢24名が参加した。その内、6名は山岳会員、その他の一般参加者も大半は自分のスノーシュー(洋式輪かんじき:写真にて靴底に付けている物)を持参していたので、雪山や自然散策を愛好する中高年のグループと思われた。なお、去る12月31日、奥大山スキー場にて雪崩遭難事故があったので、雪崩に関心の深い参加者が多かった。

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 今冬は、例年に比べて積雪が多く、観察サイトの積雪深は2.2 m、気温マイナス3.5度であった。幅5 m、奥行き2 mにわたり地面までの穴を掘り(写真)、雪の層、雪質、雪温、雪の密度、雪のかたさ等の測定実習を行い、雪崩危険度予知の弱層テストを行った。

 十分な量の積雪と、新雪、しまり雪、ざらめ雪の3種類の雪が見られ、積雪観察の条件としては申し分なかったのだが、2 m下層の雪は硬く穴を掘るのが大変だった一方、雪穴に一度に入れる人数が3,4名程度なので、受講者全員がじっくり観察する、というわけには行かなかった。来年以降は、インストラクターの陣容を検討しようと思う。

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世界遺産:石見銀山(上) 

                成瀬廉二、2011/02/22、No.2132

 島根県大田(おおだ)市の石見(いわみ)銀山は、2007年7月、UNESCO(国際連合教育科学文化機関:本部パリ)により世界遺産の文化遺産に登録された。世界遺産には、顕著な普遍的価値を有する”記念物、建造物群、遺跡、文化的景観など”の「文化遺産」、および”地形や地質、生態系、景観、絶滅のおそれのある動植物の生息・生息地などを含む地域”の「自然遺産」、ならびに両者の価値を兼ね備えている「複合遺産」がある。

 日本の世界遺産は、所在地または施設名を挙げると、「自然遺産」が屋久島、白神山地、知床(2005年登録)の3地域、「文化遺産」が法隆寺、姫路城、古都京都、白川卿、原爆ドーム、厳島神社、古都奈良、日光社寺、琉球王国、紀伊霊場、および「石見銀山遺跡とその文化的景観」の11箇所、の計14件である。その内、石見銀山が最も新しい認定である。

 世界遺産に登録されてから、環境保護のため、銀山遺産地域は観光用自動車の乗り入れが禁止となった。銀山のかつての採掘坑道(間歩<まぶ>と言う)を見学するためには、公共の駐車場に車を止め、そこから片道2.3 km、往復約1時間半を歩くか、レンタルサイクルか、三輪車タクシー(欧州ではベロタクシー、終戦後の日本では輪タクと呼んだ)の3つの方法しかない。

 去る2月12日、例年にない積雪と雪降りの中、徒歩にて龍源寺間歩を見学した。その間歩の入口(写真)は、驚くほど、質素で簡素なものであった。
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世界遺産:石見銀山(中) 

               成瀬廉二、2011/02/25、No.213

 石見銀山は、1526年に九州博多の豪商によって発見されて以来、1923年の休山まで約400年にわたって採掘されてきた日本を代表する鉱山遺跡である。石見で生産された銀は高品質で、東アジア交易において最も信用が高く、16世紀半ばから17世紀前半の全盛期には、世界の産銀量の約3分の1を占めた日本銀のかなりの部分が石見銀山で産出されたものだったと考えられている。(大田市ウェブサイトより)

 「石見銀山ガイドの会」の資料によると、同銀山には大小約600箇の間歩(まぶ)が存在するが、現在、一般公開されているのはこの龍源寺間歩だけである。これは、江戸時代初期に開発された大坑道で、同中期には代官所直営として操業された。

 龍源寺間歩は全長約600mにおよぶが、見学できるのは入り口から157mの地点までである。坑道の高さは1.6〜2.1mで、標準的な身長の人でも所により頭がぶつかる。幅0.9〜1.5mの壁面には、採掘当時のノミの跡がそのまま残っている(写真)。鍾乳洞の様に、つららとか石筍とかの奇怪な造形物はないが、坑道から枝分かれする横穴や竪坑が見られ、鉱脈に沿って掘り進んだことがうかがえる。

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世界遺産:石見銀山(下) 

                成瀬 廉二、2011/03/02、No.21

 石見銀山が世界遺産に登録申請中の2007年3月頃、短時間ながら駆け足で銀山遺跡を見学したことがある。その時は、「世界遺産にはとても認められないだろな」と思った。その理由は、世界には金銀の鉱山は数多くあることと、石見銀山の坑道やその周辺の景観は大変地味で世界に伍す優れた価値があるとは思えなかった、からである。

 同年5月、ユネスコの専門会議は、石見銀山遺跡は「普遍的な価値の証明が不十分」などとして登録延期の勧告を行った。その直後から、日本政府や関係者等の巻き返しの活動が進み、膨大な説明資料を提出し、6月下旬に逆転登録が決定した。石見銀山遺跡の周辺では、かつて製錬のため膨大な木材燃料を必要としたが、同時に適切な管理の下に植林が行われ、現在も豊かな森林資源が残されている、という「自然との共生」が有効なアピール点となったそうである。

 『石見銀山遺跡とその文化的景観』は、大田市大森町を中心とし、旧温泉津(ゆのつ)町、旧仁摩町を含めた広範囲に及ぶ遺跡である。遺跡の範囲は、「銀鉱山跡と鉱山町」、「街道(石見銀山街道)」、「港と港町」の3つから構成され、それらに含まれる計14個の施設または地区がある。その1つが、写真に示す大森銀山重要伝統的建造物群保存地区である(本年2月12日)。江戸時代の武家や商家の旧宅や、社寺などが混在し、古い街並みがよく残っている。
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 石見銀山が世界遺産に登録されたことは、観光客や文化財関係者等が多く訪れるようになり、それに付随する人・物の動きも増し、経済的効果は著しく高かったことに違いない。しかし、石見銀山遺跡は現在人々が暮らしている地域や交通路に広がっているため、今後、遺産の保護・保全と人々の生活・産業活動をどう調和させて行くのか、関心を持って見守りたい。

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ブナ林シンポジウム(前) 

                成瀬廉二、2011/03/07、No.2135

 「ブナ林シンポジウム−いま、"森"に何が起きているのか?−」が、3月5日(土)、鳥取市内にて開催された。主催は市民団体「河合谷高原の森林復元を考える会」、NPO氷河も共催として参画した。

 コーディネーターとして、本シンポジウムの目的には以下の3点があった。
日本列島山地の代表的、象徴的な森林であるブナ林の特徴と生態、および近年の変化を知ること、
2)奥山で暮らすツキノワグマ等の動物が、餌を求めて里山や集落に下りてきて、捕獲され、1回目は「おしおき」を受けて放縦され、2回目は殺処分されている。この現状を知り、動物と共生する策を考えること、
3)20世紀後半、高度経済成長にともなう各地の開発により、ブナ等の原生林が大規模に伐採されたが、これらのうち可能なところから、水源涵養と生物多様性に優れている落葉広葉樹林に復元したい。そのためにはどういう問題があり、どう解決しなければならないか、を考えること。

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 3人の専門家による講演の後、参加者を含めて討論を行った(写真)。課題が多岐にわたったため、やや論点がぼやけてしまったことは否めない。しかし、参加者は95名、民間団体主催で組織的な動員がないシンポジウムとしては破格の盛会であり、各人がそれぞれ何かを得ることができたに違いない、と思っている。

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ブナ林シンポの感想 

                     市谷年弘、2011/03/17、No.2139

 みなさんこんにちは。今回の東北太平洋沖地震において、被災された方々におきましてはお見舞い申し上げます。
 さて、先日にあった、ブナ林のシンポの感想ですが、ブナ林とクマの関係の講演がありましたので、そのときの感想を話したいと思います。
 ブナの実やドングリが豊作のときは、クマの大好物の餌となるが、ブナの実は、豊作と凶作が交互ににくる特徴のある樹木です。ですから、ブナの実が凶作の時に山里に降りてきて、柿や梨やリンゴなどの果樹園に出没するので、このときに人と出会い、ひとに被害を与えることが問題になっているんだなあ??とこの講演をお聴きして、感想として思いました。
 また、狩猟をするひとも高齢化と減少傾向にあり、このことで、クマ以外の特にシカやイノシシが増えており、クマがこれらの動物を捕獲してしたと思うと、クマを保護して生態系のバランスを保つこともタイセツのような気がした。

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 写真は、約650万年前のムカシブナの葉化石です。

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ブナ林シンポジウム(後) 

                    成瀬廉二、2011/03/18、No.2140

 3つの講演の骨子を、講演要旨から抜粋・圧縮して以下に示す。

『ブナ林の多様性と保全』 
 ブナは、北海道の黒松低地周辺から鹿児島県の高隈山までに広く分布する落葉広葉樹である。雪の多い日本海側では特に美しい純林状の林をつくる。ブナ林は四季折々の豊かな表情を見せるために、人々を魅了してやまない。また、他の植物や動物、微生物などの多様な生物の生息場所となっている。このようなブナには、様々な形質(特徴)が地域によって異なるという地理的変異がある。たとえば、葉のサイズは、九州から北海道に向かって大きくなる傾向がある。さらに、ブナの葉緑体や核の中にあるDNAそのものを調べると、日本海側の集団と太平洋側の集団の間に明瞭な遺伝的分岐がみられる。さらに後者は、複数の系統に分かれる。このような種内の遺伝的分化には、少なくとも第四紀(約258万年前〜現在)の気候変動にともなう分布の移動が深く関わっていると考えられる。このように、ブナという同じ種であっても地域によって遺伝的に異なるので、ブナ林の回復・復元を行う場合は、この変異を考慮すべきである。 (名古屋大学大学院生命農学研究科 戸丸信弘)

『鳥取県のツキノワグマとブナ林』
 ツキノワグマは、日本のブナ林を代表する大型哺乳類として認識されている。鳥取県では2002年以降、罠で錯誤捕獲等されたクマに電波発信器を装着して放獣し、その生態を追跡調査した。冬眠明けの4〜5月には、比較的標高の高いブナ帯に位置することが多く、滞在地にあるチシマザサのタケノコはクマの重要な餌資源であり、これを求めて高標高地に移動したと思われる。その後6月には標高の低い地域に移動し、8月末まで滞在することが多かった。6〜8月は、鳥取県でクマの目撃情報や、農作物被害発生、有害捕獲申請件数の多い時期であり、低標高地に移動したクマが、人間の生活圏に出没したためである。9〜11月は、年により高標高のブナ帯を行動する場合と、低標高の人里に近い場所を行動する場合に分けられた。高地に滞在する年はブナ、ミズナラの堅果が豊作であり、低地に滞在する年は同堅果が凶作であった。ツキノワグマにとって、ブナ、ミズナラの堅果は秋の重要な餌で、その豊凶が行動に強く影響している。 (鳥取県生活環境部公園自然課 西信介)

『奥山と里山の森林の現状』
 奥山と里山という概念は日本だけでなく、人間と森林が共存する世界各地に見られる。ここ百年の間に、機械化の進展とともに、日本の奥山を代表するブナ林などの原生林が伐採され、スギやヒノキなどの常緑針葉樹林への人工林化が進んだ。里山では人間の介入が逆に少なくなったため、半自然草原などに生息する生物の生息地が失われて生物多様性が減少しつつある。奥山には手入れをされずに放置された人工林に広葉樹類が侵入した不成績造林地と呼ばれる森林もあり、一方、里山では竹林の分布拡大や二次林への遷移の進行によって、奥山と里山の境界が不明瞭になりつつある。国連が主導する生物多様性条約や気候変動枠組み条約などの世界的規模での取り組みに加え、地域における奥山と里山の保全、鎮守の森と呼ばれる社寺林などの常緑広葉樹林の保護と管理が重要である。同時に、人間を含めた生態系という認識、生態系における生物間相互作用等を理解することによって、身近な自然をグローバルな視点でとらえ直すことができる。 (鳥取大学農学部森林生態系管理学 佐野淳之)

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[写真] 河合谷高原の標高900m付近の林道に現れたツキノワグマの子供(2008年5月9日、成瀬撮影).数台の車と大勢の人に驚いて側溝に逃げ、こちらを向いてうずくまっている.目をつぶっているのか、顔の表情は良く分からない.ツキノワグマは冬籠り中に出産するそうなので、1、2月頃誕生とすると生後3か月の赤ちゃんで、穴から出てきたばかり、ということになる.付近に母クマがいたはずで、子を取り返すため必死の行動をとるかもしれなかったが、結局は何事もなかった.この子グマが順調に成長したかどうかはわからない.

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梅だより(鳥取) 

                成瀬廉二、2011/03/26、No.2141

 未曾有の大震災をうけた東北関東太平洋側地域では花見どころではないでしょうが、西日本でも今年はまだサクラ情報はほとんど報じられていない。鳥取の3月の平均気温(25日まで)は平年より1.1度C低く、サクラ開花の気配すらない。

 鳥取市のサクラ開花/満開の予想日は、ウェザーニューズ社3月30日/4月6日、日本気象協会4月1日/10日、ウェザーマップ社4月3日/10日と、多少の相違がある(いずれも、3月23-25日現在の予想)。昨(2010)年は3月25日/4月4日、平年は4月2日/8日なので今年はやや遅い。

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 一方、例年は2月〜3月上旬が満開となるウメは、鳥取では今が見頃である。[写真:樗谿公園(おおちだに)公園、2011年3月26日]

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東日本大震災 

             成瀬廉二、2011/03/13、No.2136

 一昨日(3月11日)夕、東北関東地方沖の巨大地震の報を聞いてから、ほぼ終日テレビに釘付けになりました。地震による間接的災害(石油タンクの火災、原発炉心溶融危機、他)も然ることながら、津波の被害は空前、壮絶、甚大で言葉がありません。

 地震は予測できないけれど耐震構造物などのハード対策がかなりのレベルまで可能です。一方津波は、強固な防潮提を張りめぐらすことはほとんど不可能ですが、必ず地震の後に来襲するので避難する時間的な余裕があります。そう思っていたのですが、今回は想像を絶する犠牲者、行方不明者の数です。

 気象庁は津波に関し、注意報と警報を発令します。これは行政や住民に対する注意の喚起です。災害対策基本法では、「災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において」、市町村長は「必要と認める地域の居住者、滞在者その他の者に対し、避難のための立ち退きを勧告し、および急を要すると認めるときは、これらの者に対し、避難のための立ち退きを指示することができる」(第60条)と規定されています。つまり、避難勧告より避難指示の方がより拘束力が強いのですが、命令とか強制というものではありません。

 昨(2010)年2月27日、南米チリ中部沿岸で同じくマグニチュード8.8の巨大地震が起きました。この地震後に、気象庁は東北地方の太平洋沿岸に大津波警報や津波警報を発令し、それを受け各自治体は、避難指示または避難勧告を発令しました。しかし、避難した人の割合は、避難指示地域で6.5%、避難勧告地域で2.6%だったそうです(rescuenow.netによる)。

 実際は、津波が観測されましたが、大きな被害は発生せず、この警報は「空振り」に終わりました。しかし、50年前のチリ大地震(1960.5.22)では、約23時間後に三陸海岸に高さ6mの津波が押し寄せ、142名が犠牲になりました。これらの事例をみると、警報−避難指示・伝達−避難行動のあり方に検討すべき課題が多くあることを痛感します。

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 *写真はイメージで、本文とは関係ありません。パタゴニア(アルゼンチン)・ペリートモレノ氷河にて(1990.12)。「氷河末端の氷壁から氷塊が崩落する危険があるため、300 mより近づいてはいけない」という表示。日本だと、「危険、立ち入り禁止」の看板があるだけのことが多い。

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Re: 東日本大震災  

                      成瀬廉二、2011/03/15、No.2138

 国際雪氷学会からお見舞いのメッセージが届きましたので、以下に訳文を付けて転載します。

  (14 March 2011)

Dear colleague

On behalf of the International Glaciological Society and the IGS Council and membership we would like to express our sincere and heartfelt sympathy to the Japanese people at this time of national crisis.

Eric Brun
President

Magnus Mar Magnusson
Secretary General

International Glaciological Society
Cambridge, United Kingdom

(2011年3月14日)

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親愛なる友へ

 貴国の難局にあたり、国際雪氷学会、同評議会および全会員を代表して、日本の皆様へ謹んで心からのお見舞いを申し上げます。

 会長 エリック ブルン
 事務局長 マグヌス マール マグヌッスン

 国際雪氷学会
(英国、ケンブリッジ)

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大震災の呼称 

                      成瀬廉二、2011/03/28、No.2142

 3月11日14:46頃、三陸沖にて発生したマグニチュード9.0の巨大地震を、気象庁は「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。政府では、「同地震 緊急災害対策本部」など、公的な場合はこの地震名を使用している。

 しかし、今回の災害は、地震のみではなく、津波と原子力発電所事故が重なっているので、「・・・・・・・地震」が必ずしも適当な名称とは言えない。そこで、本震災に対し報道各社は次のように呼んでいる。

 「東日本大震災」:朝日、毎日、共同通信、および地元紙の岩手日報、河北新報、福島民報、ほか多数.
 「東日本巨大地震」:読売.
 「東北関東大震災」:NHK、日本赤十字.
 現在までのところ、政府は震災の統一呼称を提唱していない。(1995.1.17、阪神地方のM7.2地震のときは、気象庁命名は「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」、震災に対する政府の呼称は「阪神・淡路大震災」であった)

 なお、諸外国のニュース等では、
"March 11, 2011 Japan Earthquake and Tsunami"
"Japan's 2011 Tohoku Earthquake"
"2011 Sendai Earthquake and Tsunami Japan"
などまちまちである。

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 図左は、本震、余震、前震の震央の平面分布、図右は、震央の緯度と時間に対する分布.●がマグニチュードの大きさを示す.図右のMw9.0 が本震、Mw7.3が前震、 Mw7.7と7.9が本震に続いて起こった大きな余震.[Educational Slides. Created & Compiled by Gavin Hayes. U.S. Geological Survey(USGSアメリカ地質調査所)より]

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Re: 大震災の呼称 

                 成瀬廉二、2011/04/03、No.2145

 政府は4月1日、この震災を「東日本大震災」と呼ぶことに正式に決めた。これにともない、公的、民間に関わらず、今後さまざまな復旧、復興の事業、組織、財政策などにこの名前が付くことになるだろう。

 一部の報道機関が使っていた「東北関東大震災」は、1923.9.1の関東大震災と紛らわしかったり、「関東の東北部の・・・」と読めないこともなかった。一方、「東日本」は、糸魚川静岡構造線を境に日本を東と西に分けるという視点からは、あまりにも広すぎる。しかし、北海道(+周辺)を北日本と呼んだり、中部地方という区分けもあり得るので、「東日本大震災」はまあ妥当な命名かと思う。

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 写真は、宮城県気仙沼の大島の漁港にて、収穫した養殖カキを洗浄水槽に入れている漁師(2004.11.29)。気仙沼にて見学・見物した魚市場、水産工場、料理屋および一泊した旅館などは、すべてほぼ一瞬の内に津波でかき裂かれ、濁流に押し流されたに違いない、と思うと胸が痛む。

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魚附林の地球環境学 

                      成瀬廉二、2011/04/04、No.2146

『魚附林の地球環境学』という本が刊行された。まだ読んでいないため書評は書けないので、著者(白岩孝行)の挨拶状から一部を以下に抜粋する。なお、魚附林(うおつきりん)とは、一般には聞きなれない言葉だが、沿岸生態系に影響を与えるような森や林、を指すそうである。

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 「(この本は)オホーツク海や親潮の高い海洋生産性が、遠く離れたアムール川が輸送する溶存鉄に依っているという仮説を検証するプロジェクトの物語です。・・・・・・近年、森と川(里)と海を一体として考える思想や研究が日本各地で盛んになりつつありますが、本書もその流れの一端を支えることを期待して執筆いたしました。」

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 ついでで申しわけないが、この半年以内にわれらが仲間がいろいろな書物を出版したので、寄贈されたものから一部を紹介しておこう。

『氷河地形学』、岩田修二・著、東京大学出版会、2011年3月、pp.387、¥8,200+税

『テーチス海に漂う青い雲』、テーチス紀行集編集委員会・編、いりす、2011年1月、pp.570、¥4,762+税

『南極で宇宙をみつけた!』、中山由美・著、草思社、2010年11月、pp.238、¥1,500+税

『ビジュアル大百科 氷河』、ハンブリー+アレアン・著、安仁屋政武・訳、原書房、2010年7月、pp.304、¥15,000+税

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Re: 魚附林の地球環境学 

                     白岩孝行、2011/04/05、No.2149

成瀬先生

 ご無沙汰しております。

 この度は、拙著をご紹介いただき、ありがとうございました。まさか山男が海の本を書くことになるとは、10年前には想像しておりませんでした。氷河研究からは少々遠ざかってしまいましたが、アムール川研究に携わった8年間は充実しておりました。

 本書はそろそろ書店に並び始める頃と思います。また、Amazonでも4月中旬頃から取り扱いが始まるそうです。是非、手にとって、ご覧いただければ幸いに存じます。

 以下、気仙沼の畠山重篤先生からいただきました推薦文を記します。畠山先生は、今回の大震災でご自身の養殖業とお母上を失われ、大変な苦境にあります。四半世紀にわたって「森は海の恋人」運動を続け、海に対する森の重要性を全国に広めてくださったこのパイオニアとその故郷・三陸海岸に、皆様の応援をよろしくお願いします。

「本書は興奮の書である。森と海の関わりが解明されるたびに筆者の興奮は高まっていった。読者も読みすすむにつれ興奮の坩堝に吸い込まれてしまう。学者の執筆とは思えない平明な文体には、中谷宇吉郎博士から連なる伝統が息づいている。」

 牡蠣の森を慕う会 代表 畠山重篤氏 推薦

 地球研叢書
 「魚附林の地球環境学 -親潮・オホーツク海を育むアムール川」
 白岩孝行 著
 昭和堂
 ISBN978-4-8122-1118-2
 2300円+税

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ハンノキ花粉症  

                     市谷年弘、2011/04/06、No.2150

みなさんは、スギ・ヒノキ・ブタクサ・イネ科などの花粉症はよく聞いたことがあると思いますが、カバノキ科ハンノキ属のなかでも、ヤシャブシ亜属にアレルゲンがあることを知っているだろうか?兵庫県六甲山周辺は、このヤシャブシがのり面保護のために定植されており、この3月下旬から4月に花を咲かせ、その花粉生産量がスギ匹敵するくらい多いが、植林面積がまだそれほど多くないために、スギ・ヒノキ花粉症ほどは注目されていない。今後は問題となる植物なので取り上げさせて貰いました。

画像

 写真は、鳥取市古海にて撮影されたヤシャブシ(2011.4.1)






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情報"鳥取の根雪;奥大山雪崩;雪の観察会;石見銀山;ブナ林シンポ;梅;東日本大震災;魚附林" (NPO)氷河・雪氷圏環境研究舎/BIGLOBEウェブリブログ
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