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zoom RSS ”中部アメリカの旅 (1)-(13):パナマ・コスタリカ”   [文と写真] 成瀬廉二

<<   作成日時 : 2014/02/09 09:00   >>

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 {『情報の広場』に連載した紀行(1)-(22)に写真を41景追加し(計63景)、微編集を行ったもの}

(1) はじめに
                           
 2014年1月22日から2月8日まで、パナマ、コスタリカ、メキシコの3か国を訪れた。本稿は、何回のシリーズになるかは未定だが、その旅の見聞記である。
   
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             (マヌエル・アントニオ国立公園、コスタリカ)

 中央アメリカ(Central America)または略して中米というときは、北アメリカ大陸の南部が細くなった地帯のグアテマラから南アメリカ大陸北端に位置するパナマまでの7か国を指す。メキシコは北アメリカに含まれる。メキシコからパナマまでの地域の総称を探していたら、Middle America(中部アメリカ)という呼び方もあることを知り、本紀行のタイトルにそれを使うことにした。
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 今回の旅は実質的にはパナマから始まる。写真は、南北アメリカをつなぐアメリカス橋(Puente de las Americas)で、右側が南アメリカ大陸、左側が北アメリカ大陸を示す。すなわち、パナマという国は南北アメリカの両方にまたがっていることになる。アメリカス橋の奥がパナマ運河につながる。   (2014.2.9、投稿)

(2) パナマ (a)

 この3か国の内、パナマだけは過去に一度来たことがある。1993年9-10月、アメリカの科学財団が主催した「極−赤道−極(Pole-Equator-Pole: PEP)ワークショップ」に招待されたときのことである。

 これは、北アメリカの極地カナダ・アラスカから中米・赤道を経て、南アメリカ諸国を通り、パタゴニア・南極半島までの地域における気候、地理、動植物、氷河などの自然環境を総合的に議論しようという目的であった。そのため、本地域の中心のパナマにて開催された。

 4日間の研究集会の最終日にエクスカーションがあり、パナマ運河を航行する船を側岸から見学し、湖の小島の熱帯雨林を散策した。しかしながら、そのときは運河や熱帯林に関する予備知識がほとんどなかったため、ガイドや引率研究者の説明が良く理解できず、記憶が断片的なシーンとして残っているだけである。そのため、パナマは機会があったら再訪したいと思っていた国である。
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 パナマ共和国のパナマ・シティ(写真)は、北緯9度にある。この緯度にて、太陽が真上に来る時期は、概算によると4月13日頃と8月30日頃となる。そうすると、もし四季があるとすると、1月末のこの時期は冬の後半と思えるが、国立公園のガイドから「1〜4月は乾季なので、夏である」と聞いた。  (2014.2.11)
 
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         16世紀前半にスペインが築いたパナマ植民都市の遺跡(パナマビエホ)  


(3) パナマ (b)

パナマ運河は、単に、陸地を開削し、両側の海から海へ大型船舶が通行できる巨大な水路というものではない。

 運河の途中の最高標高は、ガトゥン(Gatun)湖水面の海抜26 mである。つまり、太平洋〜大西洋間を航行するためには、海抜0 mから26 mまで上がって、下がる、山越えが必要である。

 今回パナマ行を思い立ったのは、インターネットにてパナマ運河の観光クルージングがあることを知ったからである。この日帰りツアーの年間スケジュールが示されており、原則として週2回、金と土に催行される。旅行計画は、これを重要な優先項目と定め、早々に予約した。

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 パナマへ到着した翌日(1月25日)、市内アマドールの桟橋に集合し、そこからバスでガトゥン湖へ向かい、同湖の入江のガンボア(Gamboa)から遊覧船(定員300名)に乗船した。   (2014.2.13)

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      ガトゥン湖から運河のロック(locks、水門)へ向かう世界巡航の大型客船. 

(4) パナマ (c)


 今日のクルージングは、ここガトゥン湖から太平洋まで26 m下るのである。もちろん大渓流の川下りではなく、階段状水路を利用する。
 
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   ガトゥン湖につながる水路をしばらく航行すると、一つ目のペドロ・ミグエル・ロックに達する。

 そのロックは、長さ約320 m、幅およそ35 m、深さ25 m程度の巨大なプールの様な水槽となっている。その水槽(Aとする)の下流側の二重の水門は閉じているが、その向こう(下流)側には湖面高が9 m低いミラフロレス湖がある(写真)。Aへ遊覧船が入り、その後から待機していた大型貨物船が続く。大小4隻の船が船腹を接するような状態で水槽Aの中に停止する。
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 その後、Aの上流側の水門が閉鎖される。すなわち、ガトゥン湖からの水路と水槽Aとが遮断される。次に、Aの下流側の水門を開ける。Aの水がミラフロレス湖に流れ込み、Aの水位は徐々に下がり、そこに停泊していた船は9 m低下し、ミラフロレス湖に移動することができるようになる。

 その後、ミラフロレス・ロックにてさらに2段下がり、海抜0 mに達することができる。海から峠に上る場合も、上記と逆の手順をたどればよい。

 ガトゥン湖とカリブ海(大西洋)の間にも3段のロックがあり、船は26 m昇降して通過する。  (2014.2.15)

(5) パナマ (d)

 ガトゥン湖もミラフロレス湖も運河建設により形成された淡水の人造湖である。したがって両湖は、運河周辺の流域に降る雨で涵養されている。

 一方、パナマ運河を遡上する場合も、下る場合も、膨大な量の水がガトゥン湖からミラフロレス湖へ、さらにその湖から海へ流下する。写真は、ペドロ・ミグエル・ロックの下流側水門が開き、水の流出、水面の低下が起こっている状況である。
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 一つのロックで船が昇降するたびに、約10万トンの水が消費されているそうである。ポンプで水を循環させるということはしていない。つまり、パナマ運河はエネルギーを極力消費しないで船を山越えさせる巧みな仕組みであるが、その代わり大量の水を必要としている。

 旅行出発の2週間ほど前、クルージングの主催会社から「今年は水不足のため、運航計画に変更の可能性があるので、確認のため前日に電話かメールで連絡されたい」旨のメールが届いた。そのときは、「何故か」と思ったが、雨が豊富に降り、ガトゥン湖に十分な水がなければ、運河は運用できない。気候変動や気象異変に敏感に影響を受ける、巨大交通施設である。   (2014.2.17)

(6) パナマ (e)

 パナマ運河はアメリカ合衆国によって建設され、1914年に運用を開始した。すなわち、今年は開業100周年である(前報の写真の運河ロック管理小屋の壁に、1914と2014の数字が見られる)。

 運河およびその隣接区域は、一世紀近くアメリカの管轄下にあったが、1999年からパナマ国に完全変換され、現在はパナマ政府が運河を運営している。年間約13,000隻(2002年)の船が運河を通行し、その通航料はパナマの重要な収入となっている。

 運河の通航料は、船舶の種類、大きさ、積み荷の有無などにより細かく分けられているが、概ね次の通りである(The Shipping Law Blog, 2010より)。ヨット・小型船:1,300〜2,500 USドル、載荷コンテナー:5万〜25万USドル、周遊客船:8万〜30万USドル。つまり、最高額は大型客船の3,000万円程度である。

 世界で造られる大型船は、パナマ運河を航行できる最大サイズ(パナマックス、Panamax)を基準としている。豪華客船はこの基準以下だが、貨物船、タンカー、輸送船の一部はこれを超える。そのため、運河の拡張・改良工事が進められ、100周年に完成を目指していたが、財政その他の理由で工期が遅れ、今のところ完成時期が明確には決まっていないようである。
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     ミラフロレス・ロック内を、左右2台ずつの歯車付トウ・トラックで牽引されるパナマックス・サイズの貨物船.

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 運河クルーズ船は、同日夕方アマドールに帰着し、日帰りツアーは解散となった。  (2014.2.19)

(7) パナマ (f)

 パナマ行の2つ目の目的は、熱帯雨林の中をハイキングすることであった。パナマ市郊外に国立公園ソベラニア(Soberania)がある。そこへは定時バスの運行はないので、自分で車を運転するか、タクシーか、団体ツアーに参加するしかない。

 パナマへ着いてから、市内の観光会社に電話して森林ツアーの情報を尋ねた。折り返し返信の電話があり、「26日、朝5時30分に、そちらのホテルに森林ガイドがお迎えに行きます」とのことであった。

 事情を問うと、この時期は夜が明けて白んでくるのが6時30分頃、その前後から10時ころまでが野鳥や動物たちが最も活動するときであり、「5時30分出発、6時30分探索開始」が最も良い、ということであった。

 しかし、当方は日本を発ってから4日目だが、飛行機の乗り継ぎなどのため結構不規則な日々が続いており、夜明け前に起きるのは身体にこたえる。そもそもそれまでして多種の鳥を観察したいとも思わないので、その提案は丁重にお断りして、9時出発、午後帰着に変更してもらった。

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 ガトゥン湖東岸にソベラニア公園の入り口がある。ガイドの車はここに駐車し、鳥や動物を探しながら林内のトレールを歩き出した。
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 熱帯雨林は高い樹が密集しているが、この時期は乾季なので、気温は32〜35℃程度(推定)ながら、湿度は高くなく、「高温多湿な密林」というイメージとはいささか異なるものであった。
        (注:本シリーズの写真の一部はT.N.撮影)     (2014.2.21)

(8) パナマ (g)

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 公園内の主要林道を、ときどき立ち止まりながらゆっくり探索し、片道1時間を往復した。案内してくれたガイドのバイロン(Biron:写真右)は、この国立公園のスペシャリストで、○○時頃にはこの辺りに###の鳥や、***の動物が現れる、とよく知っている。特に乾季なので、水溜りや小池は生き物にとって重要な水飲み場となっている。

 初めてふらっと訪れた素人の私には、鳥の鳴き声や猿の遠吠えは聞こえるが実物は見えない。バイロンはしばしば立ち止まり、「あそこに・・・がいる」と教えてくれる。「僕は目がいいんだ」とバイロンは言う。しかし、単に視力が良いからすぐに見つけられるわけではない。氷河の上に設置した竹竿や測量ポールを探すときに似ている。熟練者は比較的早く見つけるが、初めての者は「あのあたり」と教えられないと分からないものである。

 バイロンの説明をメモしたものを、後日『パナマ:動物ハンドブック』と照合し、インターネットの各サイトをも参考にし、はっきり分かった動物は以下の通りである。

*ノドチャミユビナマケモノ(Brown throated three-toed sloth:ほとんどの時間、樹上の枝にぶら下がるか、幹を抱えて暮らす。指が3本)
*マントホエザル(Mantled howler monkey:樹上で群れをなして暮らす。時に大きな声で吼える)
*ハナグマ(White-nosed coati:アライグマの一種)
*アグーチ(Central American agouti:リスやウサギに似ている)
*アメリカワニ(Crocodylus acutus:林内の沼を泳いでいた)。
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        ノドチャミユビナマケモノ.樹の枝を抱えてぶら下がり、頭を前足の間に隠して眠って(?)いるので、顔は見えない.

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                     Rufous Motmot (モットモット)

 野鳥も何種かガイドに教えられたが、鳥に詳しくない私の肉眼では特徴などを確認できず、見た鳥の名をここに挙げることはできない。午前の遅い時刻の割には、予想以上に多種類の動物や鳥や観察することができ、ひとまず満足であった。  (2014.2.23)
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                    Agouti(アグーチ)

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                  White-nosed Coati(ハナジロハナグマ)

(9) コスタリカ (a)

 コスタリカは、パナマの北、いや正しくは西に隣接する、面積が九州+四国ほどの小さな国である。太平洋と大西洋(カリブ海)に面し、国の名(Costa Rica=豊かな海岸)が示すように、美しく多彩なビーチが売りの一つである。

 国土の24%が国立公園または自然保護区となっており、「自然環境とのふれあい」、エコツーリズムが外国からの観光客受け入れの魅力ポイントとなっている。コスタリカ共和国観光局の資料によると、同国は世界で唯一の非武装永世中立国、教育費が国家予算の21%、治安も中米の中では比較的良い。

 27日、空路にてコスタリカの首都サンホセ(San Jose)に着いた。北緯10度、赤道に近い熱帯だが、標高1,150 mあり、1月の朝夕はやや涼しく、真夏の北海道といった感じである。

 サンホセ市の中心街は道路が碁盤の目になっており、面白いことに、東西に走るアベニーダ(通り)が中心から北は1、3、5、..と奇数、南は2、4、6、..と偶数、南北に走るカジェ(通り)は中心から東は奇数、西は偶数となっている。慣れると、「北X条、西#丁目」よりは簡単で分かりやすい。         (2014.2.25)
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         オフィスが閉まる夕刻(17:30頃)のサンホセ中心街.
 

                            
(10) コスタリカ (b)
                           
 今回の旅の中で、コスタリカは国立公園の森林内を探索することが第一目的であった。熱帯雨林という点ではパナマと重複するが、国や地域が違えば森の様相や遭遇する動物の種類も異なるに違いない。

 当初コスタリカ滞在6日(実質4日)間で二つの公園探訪を計画したのだが、多くはサンホセから乗り合いバスだと5時間以上かかり、さらにその運行が一日に1本または2本と、移動が簡単には行かない。

 そのため、二つは断念し、サンホセからいちばん近く、最も大衆的な観光地マヌエル・アントニオ(Manuel Antonio)国立公園へ行くことにした。29日、サンホセからバスで3時間のケポス(Quepos)という町でローカルバスに乗り換え、20分でマヌエル・アントニオに着く。
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 バスの終点は砂浜の海水浴場の横で、飲食店、ショップ、ビーチとも、地元国民や海外旅行者など多くの人で賑わっている。そこから数分歩くと、国立公園の入り口がある。
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 この公園には、海岸に沿って、およびその内陸側に広大な森林が広がり、いくつかのトレール(遊歩道)が整備されている。写真は、トレール沿いに点在するビーチの一つであり、入園料を払って1 kmほど歩かないと来られないので、閑静な海水浴場となっている。写真奥の半島部分へも熱帯林が続いている。  (2014.2.27)

(11) コスタリカ (c)

 ケポスで1泊し、30日午前マヌエル・アントニオ国立公園の森林内をハイキングする。
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 公園入口の手前にて、大勢の森林ガイドまたはそのあっせん人の客引きが盛んであった。1時間半程度のガイドで、客1人20 US$、1人のガイドが15人前後のグループを案内する。

 ここでは、自分の意のままに歩きたかったので、ガイドなしとした。しかし道すがら、樹の上に動物がいたり、珍しい鳥や昆虫を見かけると、ガイドがグループの皆に説明し、三脚付望遠鏡を覗かせているので、それとなくそれを盗み聞きすればおおよそは分かる。
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 この森で最も多く見た動物は、ノドジロオマキザル(White-throated capuchin monkey)である(写真)。メスは体重2.6〜4.1 kg、オスは3.2〜5.5 kg (BBC: Science and Nature) と、サルの仲間ではかなり小さい。ローマ法王の帽子をかぶったような姿は、可愛いというかひょうきんである。主に樹上で暮らし、果実や昆虫を食べる。サルたちは大勢の人間に見られていることは分かっているだろうが、捕えられたり危害を加えられることはない、と知っているので逃げたり隠れたりはしない。
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                     ノドチャミユビナマケモノ

 トレールを計6 km、ときどき立ち止まりながら、ゆっくり3時間半かけて歩いた。ここの森林は、海抜0 m〜30 m位にあるので、さすがに熱帯らしい暑さであった。日中は気温37℃に達し、中部アメリカ滞在の16日間で最も暑い1日であった。
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                       Iguana(イグアナ科)

(12) コスタリカ (d)

 コスタリカには火山がたくさんあり、活発に活動している火山の内で最も高い山は、サンホセに近いイラス(Irazu)山(3,432 m)である。麓の国道沿いから撮ったイラス山の写真を示す。
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 3,000 m級の高い山にはとても見えないが、その理由としては、撮影地点の標高が1,500 m以上の高地であること、頂上には数個のカルデラがあり山頂部がなだらかで広いこと、熱帯なので緑の樹林が3,000 m前後まで存在すること、などが考えられる。

 なお、この山の外輪までは車やバスで行くことができ、イラス火山国立公園として観光地となっている。また、写真を拡大してみると分かるが、外輪山に数本のタワーが見える。テレビの中継アンテナだそうだ。それが目に入るので、山をさらに低く感じてしまう。

 コスタリカの最高峰は標高3,820 mのチリポ(Chirripo)山である。したがって、この国には森と海と山と、自然に触れあう対象が三拍子そろっていると言える。

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 ケポスの町外れ、周囲を森で囲まれた中規模な田舎風ホテルにて、ドイツ・ベルリンから来た団体の中高年夫妻と朝食のテーブルが一緒になった。聞くと、「コスタリカ20日間の旅」とのことである。何か特別の目的を持った交流とか、調査とか、仕事とかではなく、純粋な観光でこのような一国集中型にはちょっと驚いた。

 このグループ(十数名)は、ケポスの前に、チリポ山を登ったそうである。登山案内書によると、上りと下りに途中で各1泊する3日行程が標準である。麓の町への往復に2日かかるから、この登山計画には5日必要となる。

 「山岳会のようなグループなのですか?」との問いには、「いや、自然の中を歩くことが好きな人の集まりです」と。登山はチリポ山のみで、あとは森林ハイキングや海のレジャーを楽しむらしい。日本の旅行会社による「中米7か国を巡る17日間」というプランを見たことがある。これとは、旅のコンセプトが大違いである。  (2014.3.3)

(13) コスタリカ (e)

 コスタリカ共和国の主要産業は、アメリカ資本の会社による集積回路等の生産、および観光業と、コーヒー、バナナ、パイナップル等の農業である(駐コスタリカ日本大使館)。このうちコーヒー豆の生産量世界ランキング(2010年)では、1位ブラジル、ベトナム、インドネシアに次いで9位メキシコ、12位コスタリカとなっている(総務省統計局)。コスタリカは国土の面積の割には、生産量が非常に高い。

 マヌエル・アントニオ以外は遠出はやめ、サンホセの街中を散歩したり、日帰りで郊外へ出かけた。1月28日は、サンホセからバスで1時間のところのコスタリカ最古の町カルタゴ(Cartago)を訪れた。16世紀に建設され、19世紀半ばまではコスタリカの首都だった町である。

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             オロシ渓谷(ミラドール・オロシより)

 そこからタクシーを交渉により程よい値段でチャーターし、1時間ほどかけてオロシ(Orosi)渓谷を一周した。オロシは周囲をコーヒー農場で囲まれた、17世紀ころからの古い閑静な村である。
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 通りかかったコーヒー農場では、手摘みで収穫した豆を荷車に積み込んでいるところを見かけた(写真)。赤っぽい実がコーヒー豆である。この後、トラクターが回ってきて、荷車を牽引して行く。

 コスタリカ・コーヒーはアラビカ種のみで栽培された豆である。コーヒーが好きな私は、飲んで確かにおいしかったが、「通」ではないのでどういう味と旨さかを論評はできない。そこでネットの評価を拝借すると、「程よい酸味と香り、深いコクが特徴」(CAFFE図鑑)、「豊かで上品な酸と濃厚なボディを持っている」(大阪スペシャルティコーヒー倶楽部)とのことである。    (2014.3.5)

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             サン・ホセ市街(アベニーダ・セントラルの歩行者道)







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