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zoom RSS 情報”南極氷減少;ペンギン減;扇ノ山;高山;氷ノ山;砂美館;三瓶山;埋没林;比婆山;雪室;教師日”

<<   作成日時 : 2014/07/11 12:00   >>

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サージ活動中のコンフォートレスブリーン氷河
(北極 Svalbard, May 2008: Courtesy of Monica Sund)


『南極の氷の減少(IPCC, 2013):(上)』                           
                                
投稿日:2014/07/11、No.88

 昨(2013)年末に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のAR5(第5次評価報告書)におけるWG1(第1作業部会:自然科学的根拠)報告のSPM(政策決定者向け要約)には、雪氷圏の章の冒頭に「過去20年にわたり、.....南極の氷床の質量は減少しており、.....」との記述がある。その結果、1993-2010年の期間、南極氷床の変化は世界海水面の上昇にプラスに寄与している、と述べている。

 その結論は良いとして、このSPMは要旨なので、なぜ南極の氷床が質量を減じている(losing mass)かについての説明はない。そのため、一般には、メディアの論調がそうなので、温暖化→南極氷の融解→質量減少→海水面上昇、と受けとられている。AR5・WG1の報告だけでも1535ページにおよぶ大作なので、科学者や環境問題の関係者でも、本論に当たらないで要約しか読まないことも大いにあり得るし、その場合はそのような誤解に陥りがちとなる。

 実情は以下の通りである。1992年から南極氷床の表面高度が人工衛星からのレーダにより観測されるようになり、その結果、西南極(図のロス海から南極半島にいたる氷床)のいくつかの氷河地域にて、表面高度が低下しつつあることが明らかになった。すなわち、氷が薄くなった(thinning)のである。この原因は、温度条件から見て氷の融解のためとは考えられず、氷河の流れが速くなって、氷山としての流出量が増えたことによる。したがって、この現象は、温暖化→氷融解ではないが、氷厚が減少した分の質量が、氷山として海に出るので海水面の上昇に貢献する。
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                         [南極大陸地図]

 以上のしくみは、一般の人にとっては容易には理解し難い。各地の公民館の講座や高齢者大学などで、「温暖化と南極の氷」に関する講演をすることがよくあるが、この問題を正確かつ丁寧に話したら聴講者の多くはくたびれて何も耳に入らなくなるだろうし、かといって適当にごまかすわけにはいかない。「そばを打つとき、引っ張ると細くなるように、氷河も流れの方向に伸びると薄くなり、伸びた先端部がちぎれて氷山となり、海へ出て行く」なんて話すこともある。

『南極の氷の減少(中)』
                               投稿日:2014/07/14、No.89

 100年後の全地球平均気温が現在より2℃から4℃程度上昇(IPCC, 2013)したとしても、南極氷床の内陸地域の年平均気温は-20℃から-50℃程度と低温なので、沿岸部を除いては雪や氷が融け始めることはない。一方、温暖化が進むと、海水の表面温度が高まり、海からの蒸発が活発となり、その結果雲が増え、氷床上に降る雪の量が増加することが、数多くの数値モデル実験で示されている。

 それをふまえて、AR5・WG1報告は次のように述べている。
 「グリーンランド氷床では表面融解の増加が降雪量の増加に勝るので、降雪と融解の差し引き(表面質量収支)は世界の海面水位を上昇させる寄与となるだろう。ところが、南極氷床では表面融解は少ないままである一方、降雪量の増加が予想され、差し引き表面質量収支の変化は海面水位を低下させる結果となるだろう」

 ここまではIPCC-AR3(2001)と、数値は別として傾向は同じである。AR4(2007)以降は、これに前報で紹介した、氷山として流出量が増えることによる海面水位の上昇分が加わる。AR5・WG1・SPMでは、「南極とグリーンランド氷床からの流出量の変化の合計は、2081-2100年までに0.03〜0.20 mの範囲で海面水位を上昇させる可能性が高い」と結論している。

 すなわち南極は、表面質量収支では海面を下げ、氷山流出では海面を上げ、差し引き僅かに上昇させる予測となるようである。
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  [東南極氷床から流出する白瀬氷河。写真手前は海に浮いた棚氷、その先端が崩壊、分離すると氷山となる(Photo:T. Sa., 1993)]

『南極の氷の減少(下)』
                         投稿日:2014/07/17、No.90
                          
 IPCC-AR5(2013)・WG1報告の要約(SPM)において、海面水位の章の最後は次のパラグラフで締められている。

 「現在の理解に基づくと、世界平均海面水位の上昇が21世紀において可能性の高い範囲を大幅に超えて引き起こされ得るのは、南極氷床の海洋を基部とする部分の崩壊が始まった場合のみである。しかしながら、この追加的寄与については、中程度の確信度で、21世紀中の海面水位上昇が数十cmを超えないだろうと見込まれる。」(気象庁訳、原文のまま)

 これは、南極氷床の専門家やこれに関する論説を読み慣れている人以外にとっては、何を言っているのかよく分からないと思われる。気象庁によるSPMの訳は、一般的に原文に忠実に翻訳しているが、上記文中の「南極氷床の海洋を基部とする部分」は意味不明である。このフレーズは、”marine-based sectors of the Antarctic ice sheet”に相当するが、「南極氷床の基盤が海水面以下の地域」とするのが良い。

 西南極氷床の広い領域の基盤は海水面以下にある。さらに、基盤の高度が、氷床縁辺から内陸に向かって低くなっている(氷床表面と逆傾斜)。こういう状況の氷床では、棚氷の大規模な分離が起こると、氷床が加速度的に分解、崩壊に向かうという「西南極氷床不安定説」が1960年代に提唱され、その後さまざまな議論が行われてきた。

 上記SPMの「崩壊」とはこれを指す。もしこの崩壊が始まるとすると、海水面上昇は(熱膨張+氷河融解+両氷床の表面質量収支と氷山流出)として予測されていた「可能性の高い範囲」(2100年:+0.44〜+0.74 m程度)を超えて起こるかもしれない、と述べているのである。

 西南極氷床には、世界の海水面を約4.3 m上昇させる量の氷が存在しているが、崩壊が始まっても21世紀中の海水面上昇の追加は、定量的な予測は難しいが、数十cmを超えることはないだろう、ということである。

 この氷床の挙動は、気候変動に間接的には影響を受けるが、直接的な結果ではなく、未解明な点も多く残されている。南極雪氷学の力学的分野では現在最も重要な研究課題と言えよう。

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   [南極リュツォ・ホルム湾沖を漂流するテーブル型氷山.砕氷船「ふじ」にて(1968年12月)]


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『ペンギン減少の予測』
                         投稿日:2014/08/01、No.93

 報道各紙は先月末〜今月初め、南極のコウテイペンギンが温暖化のため減少する、と報じた。一例は、「地球温暖化がこのまま進むと、今世紀後半には南極のコウテイペンギンの数が2割ほど減り、絶滅危惧種となる恐れがあるとする試算を米ウッズホール海洋学研究所などのチームがまとめ、29日付の英科学誌ネイチャー・クライメート・チェンジに発表した」(共同通信、6月30日)という記事である。

 コウテイペンギン(Emperor Penguin)は体長110〜120 cm、ペンギンの中ではもっとも大きく、南極周辺に生息する5種類の内で、唯一南極の厳冬期に繁殖を行う。すなわち、1〜3月は海で過ごし、3月末〜4月初めに海氷上のコロニー(繁殖地)に集まり、5月下旬〜6月に卵を1個だけ産み、冬から春にかけて抱卵、孵化し、夏になるとヒナは一人前に海で小魚、イカ、ナンキョクオキアミなどの餌を採れるようになる(国立極地研究所「南極豆事典」などより)。

 先日、南極関係の講演後、出席者から「南極でペンギンが減るというニュースを見たが、あれは単に推測しているだけですよね?」と質問を受けた。私は、「新聞記事以上のことは知らないが、推測ではあっても根拠のない単なる推論ではなく、温暖化によるペンギン生息環境の変化を予想し、その結果、ペンギン個体数がどう増減するか、というコンピュータ予測を行ったのだと思う」と答えた。

 それが妥当なコメントだったかどうか、原論文を読んでみたいとインターネットで探していたところ、Nature Climate Change (Letter, 29 June 2014)の論文の要旨と小縮尺図のみ無料で読むことができた。

 この研究は、現在南極大陸の周囲にコウテイペンギンのコロニー(群れ)が45箇所知られているが、個々のコロニーの特性とその地域の海氷状況の変化から、モデル計算により将来のペンギン総個体数を予測したものである。

 その結果、2050年までは個体数はやや増加するものの、その後は減少に転じ、21世紀末には、45の内30のコロニーは個体数が半分になり、全体としては現在より19%減少する、と結論された。
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     [昭和基地付近の海氷上のコウテイペンギン(1992-93, by T.Sa.)]

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『扇ノ山ハイキング』
                           投稿日:2014/08/06、No.94

 鳥取市では、7月31日に同日の日本最高気温37.8℃を記録した。鳥取の観測史上第8位の高温であった。

 涼しいところへ行きたいという目的もあって、8月2日、扇ノ山の河合谷高原コースを登山口(標高1050 m)から頂上手前の小ピーク(通称、大ズッコ:1273 m)までハイキングした。尾根上のブナ純林内の登山道(写真)は、鳥取県内の山では私の好きな場所の一つである。気温も下界は31.1℃(同日の最高気温)ながら林内では22〜24℃だった。
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 なお、扇ノ山とその北側に広がる上山高原(兵庫県)は、扇ノ山エリアとして山陰海岸ジオパークの12のエリアの一つとなっている。鳥取県内では、浦富海岸、鳥取砂丘に加えて3つ目のジオエリアだが、扇ノ山への一般の注目度や県・市の力の入れ方は前二者に比べて圧倒的に低い。

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『台風の直前、高山(鳥取)登山』
                
 投稿日:2014/08/11、No.95

 台風11号は昨(10)日の昼前から昼過ぎにかけて、鳥取県をかすめて日本海へ抜けた。山陰地方では幸い大きな被害はなかったようである。

 その台風が沖縄の南方を本土に向けてゆっくり進んでいる頃、その影響で四国や九州の一部地域で豪雨となっていたが、天気が崩れる前の穏やかな時をねらって、8月7日、鳥取市河原町の西端にある高山(たかやま:標高1054 m)を登ってきた。

 1週間前から気象の週間予報を見ていたが、鳥取は8月になってから連日降水確率は30〜60%だった。6日、翌日の予報は降水確率が時間帯により40〜60%に上がり、山沿いではさらに高いはずなので、常識的に言えば登山は延期か中止にするべきところである。

 ところで、日本気象協会などが<tenki.jp>等で地域を細かく分けたピンポイント予報を公表している。鳥取県のように観測網や情報源が粗い地域で小区分の予報がどれだけ信頼できるのか疑問はあるが、ピンポイント予報では1時間毎の降水量がmmの単位で予測されている。それによると、6日の時点で翌日の鳥取市の降水量予報は、時間帯により−(なし)〜2 mmとなっていた。1 mm以上の雨が降る確率は50%だったとしても、降った場合でも2 mm/hour程度の弱い雨、と判断できる。

 高山なら、仮に突然のスコールに見舞われても、林道(河原町〜三朝町)途中の登山口(標高730 m付近)へ30分以内に戻ることができる。昨年秋に登っており、登山道の急傾斜部分は丸太組の階段に整備されていたので、強い雨が降っても歩けない(歩きにくい)ということもない。

 というわけで、7日昼前後、晴〜曇、雨なし、穏やかな天気のもと、ほぼ全行程急な坂でややきつい高山だが、上り55分、下り35分の軽登山であった。雨は、同日夕方から夜にかけて41 mmの大雨となった(鳥取気象台)。
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 写真は高山山頂から北方向の眺望。写真の左寄りは鹿野町雄姿の鷲峰山(じゅうぼうさん:921 m)、右端が湖山池(半分)である。

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『氷ノ山の鞍部まで軽登山』 
                    投稿日:2014/08/16、No.96

 8月に入ってから孫たちとの3回目の軽登山である。一昨日(14日)は、若桜町の氷ノ山キャンプ場(標高940 m)から、氷ノ山北西尾根の鞍部、氷ノ越(ひょうのごえ:1250 m)を通って標高点1278 mまでのハイキングを行った。

 登山口から氷ノ越までは初心者ファミリー向けコースとされており、急斜面や難所などは全くないが、距離1.5 kmで300 m登るので(平均傾斜20/100または12度)、楽な散歩というわけではない([参考]扇ノ山河合谷コース:8/100、高山:27/100)。

 氷ノ山(ひょうのせん:標高1510 m)は、鳥取県では大山(1729 m)に次ぐ第2の高峰(中国地方でも第2位)だが、兵庫県では最高峰である。そのためもあってか、インターネットで「氷ノ山」を検索すると兵庫県側の案内や記事が多く見られる。氷ノ越はその県境にあり、養父市福定親水公園からの登山道と合流する。

 氷ノ越から頂上へ向かう尾根上はブナ林が続く。扇ノ山の尾根上は細い幼木も含むブナが密生した林だが、ここ氷ノ山の尾根の林では、下層にチシマザサが密生し、ブナ、スギ、ナラ等の高木や亜高木がまばらに生育している(写真)。
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『砂の美術館(前)』
                           投稿日:2014/08/18、No.97

 鳥取砂丘の入り口付近に、砂の彫刻「砂像」を展示する美術館があり、お盆前後の夏休み期間中、たいへん賑わっている(写真:8月16日)。
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 その「砂の美術館」は、組織としては2006年11月に設立し、1年目は完全な野外、その後2011年1月までは仮設テント内に展示されていた。そして、2012年4月、世界初、かつ唯一の「砂の美術館」が完成、開館した。鉄筋コンクリート造3階建て、延べ面積約3,000平方m、工事費5億7750万円(社団法人公共建築協会による)である。

 この美術館建設計画の具体案を知ったころ、財政が厳しい鳥取市にはこれ以上ハコモノは要らないと思った。鳥取市中心に近いところだけでも、公的な文化施設(館)は、県立博物館、鳥取市歴史博物館、因幡万葉歴史館、山陰海岸学習館、鳥取砂丘こどもの国、わらべ館など、市の規模の割には結構たくさんある。

 それに砂像の展示は、砂丘を背景にした屋外が似合う。ただし、強い雨と風を受けると砂像が崩れるので、砂像だけでもテントで覆う必要があろう。

 ところが2012年の開館以来、予想通りかそれを上回っているのか、第5期展示(2012年4月〜1月)「イギリス編」は総入場者53万人、第6期(2013年4月〜1月)「東南アジア編」は55万人、第7期(2014年4月〜)「ロシア編」は8月13日に20万人を突破したとのことである(鳥取砂丘・ジオパーク推進課発表)。

 年間入場者数が200万人(2012年)を超える国立新美術館(六本木)や国立科学博物館(上野)とは比ぶべくもないが、弱小鳥取市の施設としては大成功と言えよう。県外から訪れた観光客にとって、真夏の砂丘は暑(熱)い、冬は雪や雨でぬかる、強風時は砂が飛ぶなどの理由により、いつでも誰でも砂丘散策をゆっくり楽しめるわけではない。そのため、砂丘見物と対となって「砂の美術館」は大きな役割を果たしているのであろう。

    
『砂の美術館(後)』
                                  投稿日:2014/08/20、No.98

 今期の「砂の美術館」では、ロシア、アメリカ、ヨーロッパなど11か国20人の砂像彫刻家により制作された21の作品が展示されている。写真は奥から手前に、「クレムリンとワシリー大聖堂」「エカテリーナ宮殿」「エカテリーナ2世とロマノフ王朝」の3作品である。

 砂像は砂と水のみで作成される。大きな木枠の箱に粒子の細かい鳥取砂丘の砂と適量の水を入れ、上から繰り返し圧縮し、空気を追い出し、固まった砂の大きな塊を、スコップやナイフ、彫刻道具を使って削りとり、像が制作される。したがって崩れやすいので、石や金属の彫像のように半永久的ではなく、期限が来たら壊されて砂に戻る。

 今年の夏休みは特別イベントとして、3Dプロジェクションマッピング「砂と光の幻想曲“ABPOPA (アブローラ) Episode-1”が上映された。3Dプロジェクションマッピングとは、特殊なメガネで観る3D映像ではなく、上記3作品をスクリーンとして動画を投影するものである。あらかじめ砂像群の形態データを取り込み、それをふまえたコンピュータグラフィックを行うので、砂像の凹凸による不自然さはあまり感じず、一方、作品群に奥行きがあるので、立体感のある映像が観られる。

 ストーリーはともかくとして、この3Dプロジェクションマッピングは迫力があり、技法にも興味があったので、3階の遠方観覧席と2階最前列から、続けて2回観賞した。
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『三瓶山歩き』
                          投稿日:2014/08/25、No.99

 広島市の一部地域を中心に記録的な集中豪雨と土石流災害が起こった翌日(21日)、島根県中部から広島県北部へ3日間の小旅行に出かけた。まず初めは、出雲国と石見国との境界にある三瓶山(さんべさん)の山歩きである。

 三瓶山は、最後は約4,000年前に噴火した新しい火山である。火口を囲んで反時計回りに女三瓶山(めさんべ:957 m)、男三瓶(1126 m)、子三瓶(961 m)、孫三瓶(907 m)、太平(854 m)などの峰が連なっている。この地方では、低いけれど名の知れた三瓶山であり、そのどれか一つを登りたいと思っていた。

 このうち太平山の東斜面は緩やかな初級者向けスキー場となっており、無雪期でも観光客や登山者のためスキーリフトは運行している。楽をするためリフトを利用して標高820 mまで上がると、あと135 m登れば女三瓶山頂上へ達する。山歩きは片道20分だった。

 女三瓶山は頂上にテレビやFM局のパラボラアンテナや鉄塔が林立しており、いささか興がさめる。しかし眼前には主峰男三瓶山が雄々しい姿を見せている(写真:8月21日)。
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『三瓶埋没林(上)』
                        投稿日:2014/08/28、No.100

 男三瓶山(おさんべさん)北側の山裾(標高200 m)に三瓶小豆原(さんべあずきはら)埋没林公園(運営:しまね自然と環境財団)がある。ここは、三瓶火山の噴火で埋もれた縄文時代(約4000年前)の巨木の森を、太古の姿のままで展示、公開している施設である。

 同公園には、縄文の森発掘保存展示棟と根株展示棟の2つの建物がある。前者は、直径30 mの円形、深さ13.5 mの地下展示室であり、地中に埋もれていたスギの巨木を発掘状態で展示している(写真)。
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 写真の大きい方の樹は高さ12 m、直立している2本ともスギである。樹皮がちゃんとついており、朽ちてはいない。倒木として発掘された樹はスギが大半だが、それ以外ではトチノキ、ケヤキ、カシなどの広葉樹が混ざっていたそうである。

 発見されたスギの埋没年代は、放射性炭素年代測定により3700〜3500年前ということが分かった。また、直径1.8 mのスギには636本の年輪が認められた(北三瓶会サイトによる)。

    『三瓶埋没林(中)』
                          投稿日:2014/08/30、No.101

 もう一方の根株展示棟は、一回りか二回りほど小さいが、同様に深さ約13 mの円筒型地下展示施設である。写真にて分かるように、らせん階段の下、展示棟の底にスギの根株が埋没状態のままで展示されている。
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 根株の断面をよく見ると、年輪の芯は3個あり、3本のスギが合体した樹と思われる。この根株の上のスギの幹本体は、男三瓶山中腹(標高580 m)の三瓶自然館サヒメル内に展示されている。

 この根株棟に展示されているものは、スギの根元1本だけである。古美術とか宝物とかを1品のみ陳列している資料館などはあるが、自然系の展示施設で他にあるかどうかは知らない。樹の根を見せるだけのために、このような地下4階建てに相当する立派な施設を建てたことは無駄か、大いに価値があると思うかは、人それぞれであろう。

 1983年、小豆原地域における土地改良事業(水田の区画・水路整備)の折、土の中から直立したスギが発見され、その後1990〜2000年に専門家と自治体による調査、ボーリング、掘り出し等が行われ、2003年、三瓶小豆原埋没林公園として埋没樹木が公開された。翌2004年、国の天然記念物に指定された。

     
『三瓶埋没林(下)』
                           投稿日:2014/09/01、No.102

 三瓶埋没林は、たまたま工事の最中にスギの頭部が発見され、それをきっかけに発掘されたので、日本中の火山地域には、知られていないだけで他にもたくさん埋没した森林はあるのだろうと思っていた。

 しかし、ここで掘り出されたスギには次の特徴がある。[ ]内は、一般的に予想される状態を示す。
1) 直立している。[大規模な溶岩流や土石流に見舞われると倒木する]
2) 樹皮があり、表面が黒化していない。[溶岩流や火砕流に遭うと、樹木が燃焼、または炭化する]
3) 樹木が腐食していない。[4000年も土の中に埋もれていれば完全に腐食土になる]

 では、なぜ三瓶山ではこれが実現したのか、展示棟内の解説パネルを要約して以下に説明しよう。
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 写真は、発掘棟内に展示されている、埋没状態のままの地層である。左が表層で上から「火山灰が水で運ばれて静かに堆積した層」、「火砕流の層」を示し、右が下層の「土石流の層」であり多くの倒木が含まれている。このような地層をさまざまな視点、手法で詳細に分析することにより、いろいろなことが明らかになってきた。

 まず約4000年前頃に、火山性の土石流(岩屑なだれ)が隣の沢で起こり、合流点から逆流して小豆原を襲った。そのため土石流の速度が低下し、スギ巨木が全ては倒壊しなかった。

 次に火砕流が押し寄せたが、温度が低く、水を多く含み、樹木の一部を燃やしたに過ぎなかった。

 その後、火山灰が水流により運ばれて、沢の合流点が堰となり、巨木がすっかり埋まるほど、静かに厚く堆積した。その堆積層の地下水位は樹木の頂部へ達するほど高く保たれ、水中では酸素が欠乏するため細菌が繁殖せず、したがって樹木が朽ちることがなかった。

 以上の推論には大いに納得した。つまり、かなり特殊な条件が揃ったために、縄文期の自生スギ林が4000年後にほとんど変わらぬ姿を見せることになったのである。単に「縄文へのタイムスリップ」ではなく、なかなか奥が深く興味をそそられる見学サイトであった。

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『比婆山地吾妻山ハイク』
                          投稿日:2014/09/03、No.103

 中国地方の島根県と広島県には高い山はなく、両県の最高峰は県境にある恐羅漢山(おそらかんざん、1346 m)だが、標高で言えば鳥取県では7番目くらいになる。しかし、脊梁山脈には1200 m〜1300 m級の中程度の山が連なっている。

 広島県では厳島の弥山(535 m)に昨年登ったが、内陸の山はまだどこへも行ったことがない。そこで候補に浮上した山は、島根・広島県境の比婆山地・吾妻山(あづまやま、1239 m)である。

 吾妻山休暇村が標高1000 mにあるので、登山というよりは楽なトレッキングまたはハイクである。8月22日午後、天気予報では大雨の心配はなかったが、いつでも小雨は降りそうな模様で、頂上付近は濃い霧の中だった(写真)。野草や花を見ながら、上り35分、下り30分の軽い山歩きだった。
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 翌23日は、広島県北東部と鳥取県南西部とが接する境界の道後山(どうごやま)中腹にある、道後山高原クロカンパーク(標高730 m)を訪れた。このパークの林の中には、冬期はクロスカントリースキー、無雪期はランニング用の3 kmと2 kmの芝生のコースがある。涼しい高原の林内で(実際は25-26℃で、日向はかなり暑かったが)、5 km走ってから帰途に着いた。

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『中国地方の雪室(前)』
                          投稿日:2014/09/07、No.104

 島根県から県境を越えて広島県庄原市に入ってすぐ「道の駅たかの」へ立ち寄ったとき、土産物店舗横の倉庫のような建物にかけられた『雪室』の看板が目についた。近づいてみると、倉庫の立派な扉に「体験室はこちらです」との表示があった(写真:8月22日)。
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 前もって申し込めば見学ができるのだろう、と思いつつ、扉のノブを引いたら簡単に開いた。前室があり、奥のもう一つの扉を開けると、そこは「雪室」だった。雪の保管室と、そのとなりに食品保存庫があった。

 雪室(ゆきむろ)とは、地下に掘った穴や断熱性の良い倉庫に冬期に雪を入れ、その冷熱で食品等を保存するための施設である。電気のない時代から、雪国や寒冷地ではさまざまな形式の雪室や氷室(ひむろ)が利用されてきた。

 気象庁の高野アメダス(標高570 m)では年平均気温10.6℃、最深積雪(平年値)95 cmで、広島県としてはかなり寒冷、多雪地である。その気候特性を生かし、昨年春にオープンした道の駅に雪室が併設された。鉄筋コンクリート造りで、雪の貯蔵容量1000立方m、2月頃に2トントラックで300台分の雪を搬入し、12月頃まで保存可能とのことである。

     
『中国地方の雪室(後)』
                          投稿日:2014/09/09、No.105

 雪室内の金網戸の奥に大きな雪の塊があり、表面には土砂や草が凝縮していたので、正真正銘の自然の雪である(写真)。温度計は、乾球、湿球とも0℃を示しており、その表示に誤差がなければ、湿度は100%ということになる。
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 雪室は、温度が0℃一定、湿度が高いことが特徴であり、ある種の食品にとっては、普通の冷蔵庫で保存するより優れていると言われる。

 雪の保存庫のとなりのガラス張りの部屋に、りんご(雪美人)、りんごジュース、そばの3種類の地元特産の生鮮品が保存(陳列)されていた。

 道の駅の案内板に、雪室があるのは西日本の道の駅では初、と記されていた。たぶんそうだろう。西日本では広すぎるが道の駅と限定しなくても、中国・四国・九州で一般公開している本格的な雪室では初、と言えるのではないか。

 特別な施設を利用しなくても、積雪を断熱材で覆うことにより、雪室の効果を期待できる。北見工業大学の実験では(高橋等、2012)、野菜保存用の小さな物置の上に雪を厚さ3〜4 m積み上げ、その上に牧草を厚さ30〜40 cm敷き詰めると、春〜夏期間の融雪量は、牧草なしに比べて1/8〜1/9となり、北見市内で積雪を9月まで保存することができた。

 雪室は、食品の保存のみではなく、エネルギーを極力使わない冷房装置の冷熱源としても有効である。ただしその場合、雪室から冷風をとり出すために、その分暖かい外気を取りこみ、雪が融けることによってその空気を冷やすので、単なる保管庫に比べ、1日当りの雪の消失量はずっと多い。

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『Teachers' Day』
                           投稿日:2014/09/12、No.107

 10年ほど前の数年間、ある氷河プロジェクトに関して、成果解析から論文完成に至るまで、種々アドバイスや議論を通して研究支援した在北京の中国人研究者から、一昨日(10日)、“Happy Teachers' Day!”とのメッセージがメールで届いた。

 さて、「Teachers' Day」とは何か、うかつにも知らなかった。日本語で言えば、「教師の日」または「先生の日」であろう。ネットで調べたところ、Teachers' Dayとして祝日または記念日に定めている国は、中国、インド、韓国などほぼ全世界の85か国におよぶ(Wikipedia)。その日にちは、国によりいろいろであり、中国では9月10日、世話になった先生たちにカードを送ったりギフトを贈ることが多いそうである。

 これとは別に、UNESCOが、教師の地位や質の向上などを目的として1994年に“World Teachers' Day”(世界教師の日)を制定し、毎年10月5日に世界各地でさまざまなイベントが行われている。 

 なお日本では、母の日、防災の日とか、単に月日の語呂合わせの公的、私的の記念日は非常に多くあるが、「教師の日」は聞いたことがない。少なくとも現在の日本では、教師を特別な職業と見なそうという気運はないし、その必要もないだろう。
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 [写真:リスボンの博物館(2011年11月).ポルトガルにはTeachers' Dayの定めはないようだ.隣国スペインでは、1月29日]

   


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