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<<   作成日時 : 2015/01/01 10:00   >>

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[Photo] 鳥取砂丘(2015.1.3)

『山陰地方、冬到来』
         投稿日:2014/12/09、No.125

 12月6日(土)、鳥取市内で今冬の初積雪を記録した(積雪深3 cm)。中国地方の日本海側の平地では、米子の2 cmを除き、積雪0 cmまたは無だったが、島根県の標高300-450 mの山沿いでは6日の積雪深は30-50 cmで、12月としては大雪となった。山陰地方に冬の到来である。

 ちょうどこの期間、5日から8日にかけて、鳥取から松江、大田、浜田、益田を通って山口県の萩まで行ってきた。5日、6日は時おり霙(みぞれ)や小雪がチラチラ舞っていたが、低地の道路には積もるまでには至らなかった。
 今回の12月初旬の大雪は、徳島県も同様だが、山間地や山沿いに多かったようだ。
 
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 写真は、山口県北部の北長門海岸国定公園である(6日)。「隆起と沈降を繰り返したため、海岸線は屈曲に富み、海食景観が見もの」との触れ込みであるが、山陰海岸国立公園(または同ジオパーク)とは趣をやや異にし、それぞれ迫力がある。

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『鳥取、大雪』
               投稿日:2014/12/14、No.126

 夜中は静かだったが、今朝起きて外を見たら、大雪なのでびっくりした。鳥取市内の久松公園付近は、時おり車は通るが、歩く人はほとんどいない(14日07:45)。積雪深は、場所により17〜23 cm程度であった。
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 気象庁の速報値によると、本日10時現在の積雪深は、鳥取20 cm、倉吉、智頭0 cm(最少読み取り未満)、米子、境ナシであった。つまり、鳥取県内では鳥取市を中心とした大雪だった。

 なお、鳥取の今朝の積雪深は平年の1000%と付記されていた。これは、12月14日の鳥取の積雪深の平年値は2 cmだからである。

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『鳥取城跡に雪形』
                      投稿日:2014/12/23、No.128

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 3日前(20日)、鳥取城跡に「雪形」のようなものが現れた(写真:20日13時)。背嚢を背負っているか、あるいは槍を手にした侍が、城の方に向いているように見えた。

 雪形(ゆきがた)とは、山の斜面の残雪の形を、人や動物や物に見立てたもので、同一の山では毎年ほぼ同時期に同様な形が出現し、農村地帯では古くから農事の暦として親しまれてきた。

 鳥取の雪形はこれとは異なるが、どうしてこういう形になったのか、現場を見に行ってきた。この残雪は、二ノ丸の城壁の横の草付斜面にあり、特別な形を示しているわけではなかった。ただ、その手前の樹の幹、枝、葉、および城壁の柵が「形」を作る役割を果たしていることが分かった。

 なお、この雪形が見られる角度(横と縦)は狭い範囲内だったので、観察スポットは限られていたと思われる。また、同日夕には融雪の進行により単なる残雪となった。

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『温暖化により降雪量減少』
             投稿日:2014/12/28、No.129

 温暖化がこのまま進めば、西日本に現在降る雪の一部または大半が雨となるだろうし、北日本でも冬の初めとか春に降る雪は雨になることが多いと思われるので、温暖化により降雪量が減少することは、誰でも容易に想像できる。

 環境省はこのたび(12月12日)、「日本国内における気候変動予測の不確実性を考慮した結果について」という実験研究結果を報道発表した。「不確実性を考慮した結果」とは随分難解な言葉を使っているが、報告書を読んでみると、「数値実験を行う際、二酸化炭素濃度とか、海面水温や雲の効果など、分からないことがたくさんあるので、いろいろ数値を仮定した実験」ということが分かった。

 環境省は気象庁気象研究所の協力を得て、全球気候モデル(水平格子間隔60 km)による全地球の計算を行い、得られた日本周辺の気象条件を、よりきめの細かい地域気候モデル(水平格子間隔20 km)の境界条件として入力した。そして、地域モデル計算で得られた日本列島の将来(2080〜2100 年)の気候を現在(1984〜2004年)の再現結果と比較した。

 その結果、季節ごと、地域別の気温や降水に関するさまざまな予測結果が示された。その内、年間降雪量の変化を見ると、以下の通りである。なお、温室効果ガスの濃度は4通りのRCP(代表的濃度経路)シナリオにて計算されたが、そのうち濃度が2番目に高いRCP6.0シナリオの結果のみを示す。

 年降雪量は、ほとんどのケース(仮定)において減少すると予測された。特に東日本日本海側(新潟県〜福井県)では減少量が大きく、現在の平均273 cmから81 cm減る。西日本日本海側(京都府〜山陰〜九州北部)では、現在の52 cmから34 cm減り、概ね1/3になるとのことである。
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            [写真:鳥取市内、2014年12月14日]

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『新年を迎えて』
                 投稿日:2015/01/01、No.130

 あけましておめでとうございます。

 本年も、皆さま健やかで、実り多き年となるようお祈りいたします。

  * * *

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 今年の鳥取は、4年振りに新雪の元旦を迎えた(写真:久松山、仁風閣、外堀。09:00、積雪深7 cm)。

 「3か月予報」(2014.12.24、広島地方気象台発表)によると、今年の1,2,3月の中国地方の気温は、平年並み40%、平年より高い40%となっており、平年より寒くなる確率は20%と低い。

 一方、山陰地方の降雪量は、平年並み40%、平年より少ない40%、平年より多い20%である。

 以上をまとめると、山陰地方の1-3月は、暖冬気味、少雪と言えよう。
 しかし、昨年12月は、鳥取の月平均気温が4.9℃で平年値6.8℃より1.9℃も低く、すでに十分寒い冬を経験した。

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『雪の本陣山ウォーク』
                投稿日:2015/01/06、No.131

 鳥取の今年の正月3が日は、積雪深が26、31、26 cm(気象台)と、2011年の正月(54、38、24 cm)以来の大雪となった。そこで過去の正月の雪はどんな状況だったのか、ちょっとだけ調べてみた。

 1986年から30年間、鳥取にて正月3が日の平均積雪深が3cm以上だった年を*、平均2cm以下の年を0にて表すと以下のようになる(気象台の露場で積雪深が1ないし2 cmの場合、車道や人通りの多い歩道はほとんど雪がなくなり、人々の生活には大きな支障はないと思われるので、ここでは3cm以上、または未満で区切った)。

(1986-1995)*000*00000
(1996-2005)000000*000
(2006-2015)*0******0*

 以上によると、最近10年は雪が多いことは明らかだが、これは1月初めの3日間だけを見ているので、気候の変化傾向が云々などとは全く言えない。

 さて昨日(5日)、鳥取市内の本陣山(標高251 m)をウォーキングした。麓の樗谿(おうちだに)公園から、舗装された作業道が山頂(太閤ヶ平、たいこうがなる)まで片道3.5 km続いている。街中では積雪深が数cmだったが、山道は20-30 cmの積雪だった(写真)。
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 このコースは、急傾斜部分がないためウォーキングやジョギングに適しており、四季、老若を問わず訪れる人が多いのだが、昨日は晴天ながら積雪のため、往復で出会った人は10人程度であった。

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『砂丘の積雪』
                  投稿日:2015/01/10、No.132

 砂丘は風が強いので雪の積もり方は平野部とはかなり異なる。砂丘一面に雪が積もったのち、急斜面では時に雪や砂が崩れたり、人が歩いた跡は砂が露出する(写真)。湿った砂は雪よりも日射を多く吸収するので、砂の露出面周辺の雪の融け方は速い。
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 写真は1月3日正午頃の鳥取砂丘の状況である。市内(気象台)の積雪深は22 cmだったが、砂丘では砂が露出し始めている。翌4日にも砂丘に立ち寄ったが、積雪域は半分程度に減少していた(市内積雪深:14 cm)。このように、砂丘の雪は平野部の積雪に比べて変化が著しい。

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『雪の空山ハイク』
               投稿日:2015/01/15、No.133

 昨日(14日)、鳥取市南部の空山(そらやま、340 m)へハイキングに行ってきた。この10日あまり、鳥取では雨模様の日が多かったが雪はほとんど降らなかったので、空山も雪は大半融け、積雪があったとしても日陰など部分的だろうと思っていた。
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 しかし、標高250 mあたりから上部はほぼ一面雪で、積雪深は所により30 cmほどあった(写真)。ウォーキングロード上には3種類ほどの動物の足跡はあるが、ハイカーが往来した形跡はまったくない。標高300 mあまりの里山のようなところだが、雪の状況がこんなにも市街地と異なることにびっくりした。

 そこで、ちょっとだけ気象データを調べてみた。鳥取市内では9、10日に計35 mmの雨が降ったが、その雨降りの時間帯(夜と未明)の気温は0.8℃から3.5℃の範囲だった(鳥取地方気象台)。

 標高250 mでは低地より1.5℃程度低いので、9、10日の雨は空山では間違いなく雪または霙(みぞれ)として降ったと考えられる。その雪が、正月1、2日の雪の上に積もり、昨日まであまり融けずに残っていたのであろう。

 このように、温暖地の冬期では降雪時の気温は0℃前後のことが多いので、ちょっとした気温変化が雨か雪かという大きな変化を引き起こす。

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『砂丘散策』
                   投稿日:2015/01/20、No.134

 雨降りの翌日(16日)、鳥取砂丘を子供の国から観光砂丘(馬の背)まで往復3 kmほど散策した。前日のまとまった雨(25 mm)のため、砂はよく締まり、たいへん歩きやすい。
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 乾いた砂の上を吹く風によって形成される風紋(リップル)はほとんど消滅していたが、黒っぽい細い帯がほぼ等間隔に並んだ縞模様が見られた(写真)。その縞の間隔はおよそ13 cm前後で、鳥取砂丘の標準的な風紋の周期に一致している。

 この表面模様は、リップル(さざ波)のような谷と峰の凹凸はなく、ほぼ平坦であった。しかし、この黒っぽい帯の正体は、砂粒径の差異か、鉱物の相違か、あるいは砂以外の異物か、含水の程度が違うのか、ちょっと見ただけでは分からなかった。

 この縞模様の分布と周期性や気象データ(鳥取気象台)から判断すると、2、3日前の曇天・中程度の風(最大瞬間風速 8.8、5.5 m/s)の時に形成された風紋が、前日(15日)の雨と強風(15.5 m/s)により変形したものであろう、と思われる。すなわち、この模様は風紋の痕跡で、黒っぽい帯はかつてのリップルの峰に相当する。

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『大阪の博物館巡り』
                 投稿日:2015/01/24、No.135

 よその都市や町へ旅行した際、主たる目的(用件)の前後に時間の余裕ができた場合、まずは景勝地、公園、庭園、史跡などの見物を考える。しかし、時間が限られていたり、天気が屋外散策向きではないときは、しばしば博物館を訪れる。

 別に博物マニアとか、研究への参考にというわけではないが、地方の博物館では多くの場合、その地域独特の人文と自然の歴史が概観できるので、面白いと思うか、あるいは何か新しいことを知る喜びがある。

 去る1月11日は大阪万博公園内にある国立民族学博物館を、12日は大阪城近くの大阪市立歴史博物館を見学した。

 博物館は一般に、学芸員等が研究活動をも行うが、民族学博物館は文化人類学・民族学の研究と教育が主で、その成果を展示公開している特異な博物館である。同館の地域展示では、オセアニアを出発して、南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、東南アジア、中国、朝鮮、日本と、東回りに世界を一周する構成になっている。
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 各地域では、人びとの暮らし、具体的には衣食住などの生活用品と祭、音楽、宗教に関わる展示となっている(写真)。時間軸に沿った民族の盛衰や特徴の解説はないが、世界各地の「小物」を見て回ることは楽しい。

 一方、大阪歴史博物館では、(10階)「古代(難波宮)」、(9階)「中世・近世」、(7階)「近代・現代」の流れで「都市大阪のあゆみ」が展示されている。じっくり観賞するためには最低2時間は必要である。今回は下見の駆け足とし、いずれゆっくり訪れようと思う。

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『第10次南極観測隊OB会』
               投稿日:2015/01/28、No.136

 45-47年前に南極で活動した第10次南極観測隊(1968-70年)のOB総会が、1月26-27日、加賀(山代)温泉にて開催された。観測隊OB、同夫人、隊友など、計31名(内、女性13名)が参集した。

 日本の南極観測は、初越冬の第1次隊(1956-58年)から極点旅行を成功させた第9次隊までが「探検時代」とも言われた。そして、第10次隊は「探検から精査へ」という「観測時代」の初年度でもあった。

 しかし当時の私の感覚では、「探検時代」は内陸やまと山脈まで踏査した第4次隊くらいまでで、砕氷船「ふじ」が就航した第7次隊(1965年-)以降は、基地の設備もかなり整い、雪上車の性能も高まり、すでに「観測時代」に入っていた。
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 写真は、昭和基地前の海氷上に勢ぞろいした第10次越冬隊である(吉川ドクター撮影)。全員の集合写真を撮ることはめったにないこと、背景に雪上車があること、手前にコップと(氷入り)ボールがあることから、やまと山脈旅行出発時の1969年11月1日朝だと思われる。

 第10次隊の最若年だった隊員も70歳を超えた。時とともに欠けたり、遠出が難しくなる人がいるのはやむを得ないことだが、第10次隊OB総会は、OBでもOGでもないメンバーを含め、ほぼ毎年、日本各地で開催している。

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『京都小径散歩』
                投稿日:2015/02/01、No.137

 加賀の南極OB会に出席する前日(25日)、京都を半日観光することにした。

 札幌在住時の1980-90年頃は、パタゴニア氷河の研究リーダーが京大にいたので、平均すると1年に1回は出張で京都に来ていた。それ以降は、通過はしばしばあるが、市内に数時間以上滞在することは2、3年に1回程度であった。

 このような機会に、時間があれば努めて社寺や諸施設を見物、見学したので、京都市内の著名な観光スポットは大体(半分以下かも知れないが)行ったことがあるように思った。

 そこで今回は、銀閣寺から南禅寺まで「哲学の道」を、さらに南へ「ねねの道」を通って清水寺まで約4 km強を散歩した。

 もともとは「思索の小径」と呼ばれていたという「哲学の道」は水路(疏水)に沿った石畳または未舗装の遊歩道であり、北政所に由来する「ねねの道」は郷土雑貨店や食べ物屋がびっしり並んだ観光歩道であった。
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 南禅寺の境内で、ヨーロッパ中世の古城の門か橋の一部のようなレンガ造りの構造物があった(写真)。

 私は初めて見て、知ったのだが、これは水路閣と呼ばれるもので、琵琶湖の水を京都市内の生活、灌漑、防火、水力等に利用するための疏水(運河)の一部である。1890年(明治23)完成したこの水路橋は、南禅寺境内を通過するため景観に配慮して、アーチ型橋脚の風格ある建造物を設計したそうである。

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『鹿野断層』
                  投稿日:2015/02/05、No.138

 1943年9月10日の鳥取大地震(震源:鳥取市西部、M7.2、死者1,083人)の際に発生した地表面の断層の一つが、鳥取市鹿野町で見られる。
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 写真は、末用(すえもち)地区の民家の前の小道に沿う用水路である(2015.2.2)。地震前は、写真の矢印が1本の線となるよう手前から奥へ真っ直ぐ流れていたが、地震により奥(北)側が右(東)へ1.2 mずれ、水路は写真に示すように鉤型に曲がったのである。

 同時に断層を境に北側が約0.75 m低下し、水路に段差が生じた。水路の左側の民家の直下に断層が走ったが、家屋は倒壊しなかったそうである。この断層は、ほぼ東西方向に約8 kmにわたって出現した(西田良平、2010)。

 この写真の地点が、「鹿野地震断層の痕跡」として鳥取県の天然記念物に指定されている。また、昨年9月、山陰海岸ジオパークが再認定されたとき、青谷町と鹿野町など西部へのエリア拡大も認められた。その理由の一つに鹿野断層も含まれている。

 ジオパークの一部という位置づけなら、「ずれた水路」の1か所ではなく、数km離れた場所で、断層を示唆する小地形か地層の断面を観察、見学できるスポットがあると良い。

 実際は私有地であったり、田甫だったりのため保存や公開は難しいのかもしれないが、断層は一点のみを見るのではなく、空間的な広がりを認識することが重要である。

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『昨年の世界平均気温は史上最高』
                投稿日:2015/02/09、No.139

 アメリカのNASA/GISSとNOAAが、それぞれ独立した解析により、昨(2014)年の世界平均気温は1880年以来観測史上最高だったと先月発表した。

 NASAは、世界の6,300点の気象観測所における地上気温、南極観測基地の気温、および船舶やブイによる表面海水温のデータをもとに、観測点分布の不均質と都市過熱の影響を考慮して解析を行った。NOAAもほぼ同種の生データを用いたが、解析方法は若干異なる。(NASA Research News, Jan. 16, 2015)

 一方、日本の気象庁も、昨年の世界の年平均気温は、1891年の統計開始以降、最も高い値となった、と発表した(2月2日)。気象庁は、アメリカNCDCが整備したデータすべて(年、月により異なり約300〜3900地点)を使用しているが、都市化の影響や地域的な偏りは考慮していない。しかし、「史上1位」という結果は3機関とも同じである。なお、従来の1位は1998年、2位は2010年と2013年だった(気象庁)。

 我々日本人の多くは、昨年が特に高温だったという印象はないと思われる。気象庁によると、2014年の日本(15地点)の年平均気温は、特別高かったわけではない。例えば、昨年の年平均気温は、札幌9.3℃(平年8.9℃)、名古屋16.1℃(平年15.8℃)、鳥取14.9℃(平年、同)である。

 昨年の世界平均気温最高記録達成は、長期的な地球温暖化の一環であることは疑いないが、南・北半球、陸・海域、春夏秋冬をすべて平均した結果なので、全地球が均質に年々わずかずつ昇温しているわけではない。極端な場合、猛暑の夏に厳寒の冬が続けば、その地点の年平均気温は平年並みということになる。
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 [写真: 六本木ミッドタウン(2014年10月12日)]

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『島根半島の日御碕』
              投稿日:2015/02/14、No.140

 島根県東部の島根半島は、本土から海に突き出た一般的な「半島」ではなく、出雲から美保関にかけて、宍道湖と中海を包むような陸地の一部である。半島とは、「三方を海に囲まれて海に突き出した陸地」(地学辞典)だとすると、島根半島は半島とは言えない。

 しかし、大きな湖の中で「半島」と称している場所も国内外にたくさんあるので、上記の定義の「海」は「水域(海、湖沼、河川など)」と読み替えるべきなのだろう。そうすれば、島根半島は斐伊川−宍道湖−大橋川−中海−境水道を経て美保湾につながるので、れっきとした「半島」となる。
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 さて、その島根半島の付け根の西端が日御碕(ひのみさき)で、「出雲おすすめ観光スポット」には必ず載っている名所である。[写真:出雲大社付近から日御碕方向をみた海岸(2015.2.11)]

 この地域の見どころはいくつかあり、一つは、江戸時代初期に建てられた社殿14棟が国の重要文化財に指定されている日御碕神社。さらに、岬には明治期建設で灯塔が日本一高い(43.6 m)日御碕灯台、また日本で最も初め(大正期)に「ウミネコ繁殖地」として国の天然記念物に指定されたウミネコの越冬地がある。

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『弥生時代の銅剣遺跡』
                 投稿日:2015/02/20、No.141

 宍道湖周辺の観光マップに荒神谷(こうじんだに)遺跡というマークを見つけた。土器や石斧が出土しただけの遺跡なら、日本中いたるところにたくさんある。しかし、荒神谷には博物館が併設してあった。それならば、私が知らなかっただけで、歴史的に意味のある、重要な遺跡なのだろうと、敢えて予備知識を仕入れずに立ち寄ってみることにした。

 出雲市斐川町の荒神谷遺跡公園へ入るとすぐ、国指定史跡の遺跡があった(標高22 m付近)。そこは、1984年に358本の銅剣が発見された谷あいの南向き斜面であり、出土した状況を再現するため、銅剣358本のレプリカが4列に並べられ、その右に銅鐸5個、銅鉾16本のレプリカが展示されている(写真:2015.2.12)。
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 剣だが、戦に使ったものではない。4列に整然と並べて置かれていたことから、何らかの「儀式」のために埋設されたと考えられている。「これらの銅剣は、出雲で製作された可能性が高く、製作年代は紀元前2世紀末から紀元前1世紀、埋納された時期は紀元前後から紀元後の1世紀と推定されます」(足立克己、2012)。

 埋納時期が紀元0〜100年ということは、同じ弥生時代の妻木晩田(むきばんだ)遺跡(鳥取県大山町)や青谷上寺地遺跡(あおやかみじち)遺跡(鳥取市)よりやや古い。

 弥生時代の自然環境を大ざっぱに言うと、縄文時代に陸地の奥深く入り込んだ海岸線が後退し、出現した湿地や沖積平野で水田稲作が行われた。標高数メートル前後の斐川町平野部も稲作に適していたのだろう。

 しかし、荒神谷博物館のスタッフに尋ねたところ、この地域周辺では大部族の集落を示唆する物や、住居跡や人骨などは全く見つかっていないとのことである。このような多数の青銅器を、どこから、どういう人たちが、何のためにここに埋納したのかは、ほとんど解明されていないそうである。

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『井倉洞(鍾乳洞)』
           投稿日:2015/02/24、No.142

 岡山県北部の新見市、高梁川上流の石灰岩カルスト台地に井倉洞(いくらどう)がある。その鍾乳洞の出入り口は、高さ240 mの岩壁の途中にあり(写真:2月22日)、入口が下、出口が上なので、洞内で登ることになる。
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 鍾乳洞内の観察路は全長1200 mと、かなり長い。例えば、様々な点から日本のトップクラスの秋芳洞(山口県)は、総延長は約10 kmと言われているが、一般観光ルートは1kmである。ただし、井倉洞1200 mの約1/3は、歩行者用に掘られたただの通路(トンネル)である。

 井倉洞の特色は、洞内に落差50 mの滝があることである。冬のこの時期は水量が少なかったが、多いときなら迫力があるに違いない。観察路は、その滝の下部から上部へ、高低差およそ90 mを階段とスロープで登る。

 鍾乳洞内の主要なスポットに、**池とか##滝とか++千畳敷とか名付けるのはまあ良いが、ここ井倉洞には、銀すだれ、化粧褌、くらげ岩、だるま大師、月ロケット、地獄の釜、スフィンクス、等々の標識が多く目障りだった。こういう名札はもっと控えめにして、観察者のイマジネーションに任せれば良いのに、と思う。






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