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zoom RSS 『北欧の旅』 1〜8; 『南極紀行』 1〜5(竹内由香里)

<<   作成日時 : 2016/06/29 12:00   >>

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  {2016.6.29〜7.17に8回連載として投稿された旅行記に、写真9景を増補したものである}

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                ソグネ・フィヨルド(ノルウェー)

1. ストックホルム

 北ヨーロッパ各地をゆっくり旅行したわけではないので「北欧の旅」と称することはいささか憚れるが、「スカンジナビア三地域を巡る」では主タイトルとして長すぎるので、表記のままとさせていただく。

 今回の旅は、フィンランド航空(Finnair)のみを利用する。6月20日朝関西空港を発ち、ヘルシンキ(フィンランド)で乗り継ぎ、同日夕、スウェーデンの首都ストックホルムに着いた。

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 ストックホルムは、16−20世紀初頭に建てられた歴史的建造物を保存、利用しつつ、近代的に発展した大都市である。人口91万人は、スカンジナビアでは最大の都市である。

 まずはストックホルム観光の定番であるリッダーホルメン島のガムラ・スタン(Gamla Stan)地域にて、王宮、聖堂や13世紀からの旧繁華街を見てまわった。
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 写真は、市中央駅近くのナショナル・ロマンティシズム(民族的ロマン主義)建築の傑作と言われているレンガ造りの市庁舎(1911-23年建設)。毎年、ノーベル賞受賞記念晩餐会が開かれることでも有名である。

 建物(写真)の向こう側はメーラレン湖の一部。ストックホルム市街は、海、湖、川、運河が入り組んでいる水の都である。

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                       旧市街ガムラ・スタン


2. スカンセン野外博物館

 ストックホルム市街に隣接するユールゴーデン島にスカンセン(Skansen)野外博物館がある。1891年設立の世界最初のOpen-Air Museumと称しているので、行ってみることにした。

 ガムラ・スタンからフェリーにて10分で着く(21日)。同島に入った途端、場違いなところに来てしまったかな、と思った。船着場の横には観覧車やジェットコースターなどがあり、子供連れのファミリーが大勢いたからである。

 しかし、数分ほど奥に歩くと、野外博物館の入り口があった。
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 30 haの広いスカンセン敷地内には、他所から移設した18、19、20世紀初頭の歴史的建造物、館、開拓民の住居、農場など150箇所が点在している。この部分は、犬山市の明治村(100 ha、展示建造物67件)や北海道開拓の村(54 ha、展示建造物52棟)に似ている。
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 写真は、フィンランド国民を構成する主要な民族フィン(Finn)人の住居(ログハウス)である。民族衣装をまとった一人は、白樺の表皮の木工品を作り、もう一人は訪問者が質問すると説明してくれる。フィン人は、かつてはスェーデンの中央部にも広く居住していたそうである。

 さらにスカンセンには、スカンジナビア野生動物園、家畜放牧場、花苑、遊びの広場など多彩な施設がある。入館料に2日間券という割引があり不思議に思っていたが、家族連れでじっくり見てまわったら確かに1日では足りないだろう。


3. 港町ベルゲン

 22日、ストックホルムから直行便でノルウェーのベルゲン(Bergen)へ飛んだ。海運業と漁業で栄えてきた港町である。
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 べルゲンはノルウェー第2の都市だが、人口で見ると首都オスロの約66万人に比べ28万人と(2016.1: Statics Norweyによる)、1位と2位以下に格段の差がある。

 ノルウェーの輸出品は石油・天然ガスが最も多く、次いでノルウェー海や北海で捕れる水産物である。サケ(天然と養殖)、タラ、ニシン、オヒョウが主だが、その内ある種の魚はベルゲン港で水揚げされ、日本にも送られているのだろう。

 ベルゲン港に面したブリュッゲン(Bryggen)地区では、14〜16世紀にドイツ等の貿易商人が建てた事務所や家屋が保存されており、世界文化遺産に登録されている。三角屋根の木造建築物(写真)の正面港側は、現在レストランやブティックになっており、その奥の建物は土産物店、工房、事務所、物置などに利用されている。
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 写真でも分かるが、レンガ色の木造建物はやや傾いている。奥を覗いてみたら、頑丈そうな鋼鉄製の柱で耐震補強がされていた。取り壊して完全復元すると世界遺産としての価値は低下してしまうだろうが、このような補強でいつまで持つのだろうか。


4. フィヨルド遊覧

 ノルウェー南西端のベルゲンは、フィヨルドや周辺の山、氷河、森林、動植物などの見物、散策、体験などのため、海外や国内からの旅行者の観光と余暇活動の拠点となっている。6月はすでにハイシーズンになっており、2か月前にネットでホテルを予約したが、すでに選択の幅は狭められていた。

 フィヨルド(fjord)とは、かつて存在した氷河の流動によって浸食された谷が海に没した峡湾である。最終氷期の例えば2万年前頃、スカンジナビア氷床という大きな氷の大陸が、スカンジナビア半島をすっぽり、バルト3国、ポーランド、ドイツ北部、デンマークからイギリス、アイルランドに至る地域を覆っていた。

 この氷床が縮小しつつある時代は、山岳地の氷帽や氷原から、現在のフィヨルドに谷氷河が流れ下っており、このようなときにフィヨルドの地形が作られたと考えられる。

 数多いノルウェー・フィヨルドで最大規模はソグネフィヨルド(Sognefjord)で、その中ほどのフィアランドという小さな村で、1996年6月国際氷河学会のシンポジウムが開かれた。シンポジウムの中日と終了後、研修旅行にて付近の4つの氷河を実地見学することができた。

 一方その時は、フィヨルドの中をゆっくり観光する機会がなかったので、20年後の今回は遊覧船にてソグネフィヨルド最奥のアウランズ(Aurlands)フィヨルドをクルージングすることにした。

 23日朝、ベルゲンを列車で出発し、1時間強でヴォス(Voss)着、そこからバスにて1時間強でグドヴァンゲンという小さな港へ到着した。
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 いよいよそこから、メインイベントに位置づけていたフィヨルド遊覧が始まった。フェリーボートは、ゆっくり巡航し(写真<上>)、2時間半でフラム(Flam)へ着いた(写真<下>)。フィヨルド内から氷河は確認できなかったが、山の稜線近くには多くの残雪が見られた。
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5. フラム山岳鉄道

 フラムは人口450人の小さな村である。現在はオスロからの道路が開通している上に、ホテルや別荘もあり、小ぢんまりと賑わっている。

 ここで暫し休憩した後、フラム(標高2 m)からミールダル(Myrdal, 866 m)までフラム山岳鉄道に乗った(写真)。総距離20 kmなので、平均勾配は4.3%と、かなり急である。しかし、このフラム鉄道は、普通の線路と車輪の摩擦で走るアドヒージョン(粘着)式である。

 フラムの案内冊子には「全行程の80%が勾配5.5%(=1/18)で、アドヒージョン式鉄道では世界に類がない」と述べられている。本当にそうかと調べてみたら、粘着式線路で世界一急勾配はリスボンの路面電車の13.8%ということが分かった。

 確かにリスボン市街は坂道が多く、急だが、この13.8%は部分的だし、車輌も1、2両である。したがって、10両以上連結したフラム鉄道(写真)は、実質的に世界一だろう。なお、これ以上の急勾配の登山列車などは、歯車を利用したり(ラック式)、ケーブルカー(鋼索式)となることが一般的である。
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 写真の中央右、斜めの白い線は、コールダール集落付近の滝である。正しくは鉛直の滝ではなく、急峻な渓流だが総落差は500〜700 m位ある。

 大きな瀑布ヒョースホッセンでは、滝の正面展望テラスで、観光のため列車は5分間ほど停車する。6月は山岳地の融雪期なので、滝の水量は多い。
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 ノルウェーでは電力の95%を水力発電によっている。氷河や積雪からの融け水を、全国いたる所で発電に利用している。

 山岳鉄道1時間弱の後、普通の列車に2時間あまり乗り、同日夕ベルゲンに帰着した。列車−バス−船―山岳鉄道−列車と、5種類の乗り物を利用した内容の濃い日帰り旅行であった。

                    
6. ヘルシンキ

 ベルゲンを発ち、ストックホルムでワンストップの後、24日ヘルシンキへ移動した(写真:ヘルシンキ中央駅)。
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 5日間で3か国目である。同じスカンジナビア半島の近隣国なので似た国かな、と思いたくなるがそうではない。言語は各国それぞれで、私には聞き分けられないが、単語の綴りや字句がはっきり異なる。

 スウェーデンとフィンランドはEU加盟、通貨はノルウェー・クローネ、スウェーデン・クローナ、そしてフィンランドはユーロである。大変複雑で旅行者泣かせのようだが、3か国とも多くの一般市民はクセのないきれいな英語を話すし、バスの券売機やコンビニでもカードが使えるので、必ずしもポケットから小銭を取り出して数える必要はない。

 フィンランドとスウェーデンでは、毎年6月20日〜26日の間の土曜日を真夏祭(Mid Summer)として国民の休日としている。ヘルシンキへ着いた日の翌25日(土)がその祭日、前夜(金)が真夏祭イヴで、あちこちで催しがあり賑わったようだ。なお、天文的な真夏(夏至)は今年は6月21日、そのとき滞在していたベルゲンの日の出は04時10分、日没は23時11分であった(timeanddate.com)。
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 さて、初めての町へ行ったとき、まずは土地勘を身につけるため、なるべく歩いて主要な広場や建物を見てまわる。写真は、市街中心に近いルーテル派本山の教会、ヘルシンキ大聖堂である。正面の大階段は、石畳の元老院広場を見渡すベンチの役割を果たしている。
  

7. ヌークシオ国立公園

 今回の旅を計画している段階で、どこかで1日は、その国らしい自然の中でハイキングをしようと考えていた。実は、これは思い立てばどこででも可能というわけではない。その理由の第一は、現地までのアクセスの問題である。

 自動車や団体バスを使わないとすると、移動手段は列車と乗り合いバスである。ヘルシンキの観光案内所にていろいろ相談した結果、いち推しはヘルシンキ近郊のヌークシオ国立公園(Nuuksio National Park)であった。

 25日、ヘルシンキから列車30分でエスポー着、バスに乗り換えて30分で、ヌークシオ国立公園内のバス停で下車した。辺りには家など何もない。道路標識にしたがって、簡易舗装の道を2 km歩くと、広い駐車場があり、その奥のハウッカ池(Haukkalampi)の畔に自然情報センター小屋とトイレと水場があった。

 情報センターのガイドに尋ねると、ここを出発点とするハイキングの周回トレールは、2.5 km、4 km、7 kmコース他があり、これらを組み合わせることもお薦めだ、とのことだった。
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 4 kmコースを歩くことにした。平坦な森林内(写真<上>)や、丘を越えたり、湖畔(写真<下>)をたどる。全般的に、厳しくはないが、ある程度のアップダウンがある。
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 フィンランドの森林関係ウェブサイトの記事などを総合すると、この国の森林はほとんど全て、ヨーロッパトウヒ、ヨーロッパアカマツ、カバ(白樺)の3種が主である。何となく日本のどこかに良く似ている。

 1時間45分で4 kmを一周した。やや物足りない気がしたが、もう一つ行くには、帰りのバスの時間に際どくなるかも知れず、断念した。結局、車道4 km+林内4 kmのハイキングであった。


8. エストニア

 ヘルシンキに着いてから観光パンフレットを見ていて、バルト海対岸のエストニアへ簡単に行けることを知った。これは予定外だが、面白そうである。幸いヘルシンキ滞在の内1日は、休養日というか予備日というか、特に目的を定めないフリーな日としていた。

 ヌークシオから帰った日の夕方、ヘルシンキの埠頭へ乗船券の予約に行った。エストニアの首都タリン(Tallinn)まで、普通のフェリーだと片道2時間半、高速艇だと1時間40分である。しかし、翌日(26日)の高速艇はエコノミークラスが満席のため、プレミアムの往復券を買った。

 エストニアは、ラトビア,リトアニアとともに「バルト三国」と呼ばれ、その3か国の最も北に位置する。バルト三国は、近代以前はそれぞれ独自の歴史を歩んでいたが,18世紀には帝政ロシアの支配下となり、その後独立するが,1940年に今度はソ連に併合された。そして1991年、バルト三国は独立を果たし、ソ連崩壊に至った。

 タリンの旧市街区域が世界文化遺産に登録されており(1997年)、北のスカンジナビアから、東に接するロシアから、多くの観光客が集まる人気の地域となっているようである。
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 旧市街の石畳の道路の両側は、織物、刺繍、工芸品などエストニア民芸品店や、みやげ物店、カフェ、資料館、博物館などが並んでいる(写真)。観光シーズンさ中で人は多いが、騒がしくはなく、落ち着いた可愛い雰囲気を感じさせる古都だった。
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 旧市街を3時間半ほどゆっくり歩いて見て廻り、同日夕方ヘルシンキに戻った。翌28日夕、ヘルシンキを発ち、29日朝、関西空港へ帰着した。予定外のこともあり、北欧4か国の旅となった。

                   [完]


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『南極紀行』1〜5
           
     投稿者:竹内由香里[森林総合研究所十日町試験地.NPO法人氷河・雪氷圏環境研究舎会員]

      投稿日:2016,7.19〜7.31


南極紀行1

 第57次日本南極地域観測隊(夏隊員)として初めて南極へ行ってきました。

 南極観測船「しらせ」で2015年12月6日にオーストラリアのフリーマントルを出港,12月23日に氷海上の「しらせ」から大型ヘリコプターで昭和基地に到着した。

 57次隊では「南極域から探る地球温暖化」の研究に重点をおき,地球全体を一つのシステムと捉えて地球環境問題を解明する観測が行われた。私は微気圧計を用いて,南極周辺の波浪や氷山,氷床の動きにより発生するインフラサウンド(人には聞こえない20 Hz以下の低周波の空気振動で,減衰しづらく遠くまで伝わる)を長期にわたって観測し,気候変動との関連を明らかにする研究を担当した。

 太陽が沈まない白夜の南極で,職種も性格も多様な隊員らと一緒に生活し,忙しく動き回っているうちに,短い夏はあっという間に過ぎていった。

 南極での体験の一部を露岩地域,昭和基地,氷床上,しらせ船内に分けて,紹介させていただきます。写真は,ケーシー基地沖にて「しらせ」から撮影した海氷上のコウテイペンギンとアデリーペンギン(2016年3月12日)。
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南極紀行2

 南極大陸は、大部分が氷床に覆われているが、沿岸部にはわずかながら岩盤が現れた露岩地域がある。私はインフラサウンド(低周波の空気振動)のデータ回収や観測機器の保守のために、昭和基地からヘリコプターでリュツォ・ホルム湾沿岸の露岩地域4箇所(ラングホブデ,スカルブスネス,スカーレン,ルンドボークスヘッタ)へ出かけた。

 野外では4〜5人のメンバーでテントや小屋に泊まってキャンプ生活しながら,協力してそれぞれが担当する調査や観測を行なう。露岩地域では南極氷床の末端を見ることができ,岩盤が風化して蜂の巣状に穴のあいた岩石や,宝石として知られるザクロ石(ガーネット)などを見ることができた。また,アデリーペンギンの営巣地で,子育て中のペンギンを間近で見ることもできた。
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 写真は,スカーレンのアイスフォール(2016年1月10日)。近くの観測点では,氷が崩落する際に発生するインフラサウンドも観測している。


南極紀行 3

 夏の昭和基地は砂埃の舞う工事現場のようだと聞いてはいたが,ヘリコプターで初めて昭和基地に降り立って目にした光景は本当にそのとおりだった。しかし,顔も服も(顔は日焼けして服は汚れて)真っ黒になった56次越冬隊の隊員が並んで1人1人握手して満面の笑顔で出迎えて下さった光景は,殺風景な昭和基地を打ち消して余りあるほど深く印象に残った。

私は「しらせ」へ戻るまでの48日間のうち約半分を昭和基地で過ごした。南極大陸沿岸へ数日出かけては,昭和基地に戻り,また出かけるという生活だったので,昭和基地では観測機材や食料,装備など野外へ出かける準備と,ゴミ処理など野外から帰った後始末とを繰り返していた。

 昭和基地内においても3箇所でインフラサウンドの観測を行なっているので,その点検や保守の仕事もあった。

 57次隊では夏期の主要な設営作業の1つとして昭和基地に風力発電2号機を建設する仕事があった。私も風力発電機のブレーキの取り付けや,高い足場の最上部に上がって,クレーンでつるしたブレード(風を受ける羽根)をボルトで固定する作業を手伝い,得難い体験と達成感を共有させてもらった。
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 写真は,建設中の風力発電2号機と57次隊が運び込んだ35 tラフタークレーン(1月24日)。


南極紀行4

 57次夏隊では気水圏チームが,氷床上のH128という地点(昭和基地から約100 km)に滞在してアイスコアの中層掘削を行なっていた。昭和基地において56次隊から57次隊への越冬交代が済んだ2月初め,私は「しらせ」へ戻る前に,掘削地点の撤収支援のため,野外支援担当の隊員らに同行してヘリコプターでH128へ向かった。

 12月下旬に「しらせ」を離れて以来,1ヶ月以上にわたって氷床上でアイスコアの掘削とエアロゾルの観測を行なってきたメンバー7名と久々に再会し,3台の雪上車で昭和基地に近いS16地点へ戻るまで行動を共にすることができた。

 360°見渡す限りどこまでも続く雪原を見つめて過ごした南極での最後の6日間は忘れられない日々になった。写真は掘削したアイスコアを「しらせ」へ空輸したS30地点(2016年2月5日)。
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南極紀行5

 57次夏隊と56次越冬隊を乗せた「しらせ」は2月14日に北上を開始し帰路についた。海洋観測のためにケープダンレーを目指していたところ,オーストラリアの南極観測船「オーロラ・オーストラリス」が悪天のためにモーソン基地で座礁したとの情報が入った。

 やがてオーストラリアからの正式な救援要請があり,モーソン基地に避難している観測隊員らが帰国できるよう,同じくオーストラリアのケーシー基地まで「しらせ」で輸送することになった。

 日本の観測隊員60名のところへ突然66名のオーストラリア隊を受け入れることになったのだから,寝る場所を確保するだけでも大変である。2段ベッドを3段ベッドに改造し,倉庫から寝具を運んで準備した。

 思いがけず船内で1週間の同居生活をして友好を深めたオーストラリア隊をケーシー基地沖で見送った後,「しらせ」は北上を続けて予定通り3月24日にシドニーに入港した。私たち観測隊員はシドニーから空路で帰国した。
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 写真は海氷原の日没と「しらせ」の航跡(2016年2月11日)
                             
                                  [おわり]







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