アイルランドの旅(1)-(6)、英ナショナルトラスト

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     (アイルランド西部Burren高原のドラムリンの丘.2008.8.20)
     アイルランドの旅(1) 成瀬廉二、2008/08/31(Sun)、No.1700
 アイルランド(Ireland)はイギリス(Great Britain)の西隣り、北海道とほぼ同じ面積の島国である。同島の北5/6(北アイルランド)はイギリス領であり、残りがアイルランド(共和国とも言う)である。
 アイルランドは平坦な島で、最高峰でも海抜1038mしかない。アイルランド国の人口(2007年)は440万人、その内の170万人は東岸の首都ダブリン(写真)およびその周辺に居住している。

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 民族的には、紀元前に中央ヨーロッパから渡来したケルト(Celts)人をベースに、その後ヴァイキング、ノルマン人の支配や影響を受け、イギリスとの幾度かの戦争、紛争を経て、1949年イギリス連邦から独立した。

 大半のアイルランド人は英語を第1の言語としているが、島の西部ではケルト人のゲール語(Gaelic)も使われ、両者ともアイルランドの第1公用語とされている。

 8月下旬、アイルランド西部のリムリック(Limerick)大学にて氷河の国際シンポジウムが開かれ、それへの出席とおまけの観光のため、8月16日から29日までアイルランド-イングランドの旅を行った。


アイルランドの旅(2)  

                     成瀬廉二、2008/09/04(Thu)、No.1701

 そのシンポジウムは、国際氷河(雪氷)学会(International Glaciological Society: IGS)主催で、"氷河のダイナミクス(Dynamics in Glaciology)”を主テーマとして8月17日から22日にかけて開催された。

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 ダイナミクスとは、力学または動力学が第1の意味であるが、ここでは氷河の動的挙動とか動的特性を指している。具体的には、氷河や氷床の流動、それに影響をおよぼす底面の状態、氷河の崩壊、氷河からの出水、氷河変動、氷河地形などを含む。

 私が初めてIGSの国際会議に出席したのは、1978年にカナダ・オタワで開かれた、同様な“氷体のダイナミクス(Dynamics of Large Ice Masses)”のシンポジウムであった。当時は氷河に関するシンポジウムが開かれるのはほぼ年1回だったので、世界的に著名かつ活発な研究者の多くが一堂に会したものである。

 近年は、氷河の研究といっても専門が細分化し、それぞれのシンポジウムやワークショップ(研究会)が個別に開催されている。今年(2008)、IGS主催または共催の国際研究集会をあげると、3月ノルウェー「質量収支」、6月スペイン「電波氷河学」、8月アイルランド「ダイナミクス」、9月中国「氷河分布」がある。

 世界中の氷河研究者の数は着実に増加しつつあるが、各シンポジウム等に分散するので、一集会の出席者はそれ程多くはない。アイルランドのシンポジウムの出席者は、アメリカとヨーロッパ各国が多く、全18カ国から計73名であった。日本からは、北大のR.グレーベ、S.杉山、D.西村、R.成瀬の4名であった。発表された研究成果は、口頭46件、ポスター21件であった。


アイルランドの旅(3) 

                         成瀬廉二、2008/09/08(Mon)、No.1702

 氷河学の研究で顕著な業績をあげた人に与えられるセリグマン (Seligman) 賞が、今年はオハイオ州立大学のロニー・トンプソン(Lonnie Thompson)教授に授与された。シンポジウムの中で、その受賞記念講演が行われた。

 トンプソン氏の功績は、低-中緯度の高山の氷河を数多く掘削し、その氷コアの精密分析により、最終氷期の終り頃(約2万年前)から現代までの地球環境の変遷を詳細に明らかにしたことである。特別講演では、この一連の研究経過と成果を1時間半ほどにわたって話し、その内容の”すごさ”で出席者を魅了した。

 トンプソン氏は、1974年ペルーのケルカヤ(Quelccaya)氷帽の予備掘削から始め、本年までの35年間に計49回の高山氷河の掘削オペレーションを行った。それらの内主なものを拾ってみると、1983年Quelccaya(標高5670m)、1987年中国Dunde(5325m)、1992年中国Guliya(6200m)、1993年ペルーHuascaran(6048m)、1997年ボリビアSajama(6542m)、1997年チベットDasuopu(7200m)、2000年タンザニアKilimanjaro(5893m)、2000年チベットPuruograngri(6072m)、2002年アラスカBona-Churchill(4300m)となる(Vol. 298, www.sciencemag.orgより)。

 高山では空気が薄いためヘリコプターは飛べず、機材はヤク、ラバ、ロバ、馬の背に、人は徒歩で登ることになる。講演後キャンパス内を歩きながら、トンプソン氏にオペレーションに関していくつか尋ねた。

 数多い高山のエクスペディションの内、登山が厳しい等の理由のため、トンプソン隊長は低高度のキャンプ地から指揮をとることもあると思ったのだが、すべて実際に掘削現場まで行って一緒に作業をしたそうである。そして酸素については、
「緊急時以外は、決して酸素を使わない。そのために、オペレーション毎に3週間から1ヶ月以上をかけて高度順化を行うんだ」とのことであった。

 研究の材料(サンプル)の採集のためにこれだけ多くの困難を切り抜け、膨大なエネルギーを注ぐトンプソン氏の研究の進め方は、やはり“すごい”という以外に適当な言葉が見当たらなかった。

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 写真は、記念講演後、キャンパス内のパブ(?)で開かれた夕食会におけるアイルランド音楽のショー。


アイルランドの旅(4) 

                       成瀬廉二、2008/09/12(Fri)、No.1703

 シンポジウム中日の20日は、朝から夜まで日帰りのエクスカーションである。バス2台とワゴン車で、同伴者を含めて総勢80余名、行き先はアイルランド西部のバレン(Burren)高原方面であった。

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 まず最初の見ものは、ドラムリン(drumlin)という地形である。その一つが、写真に見られるなだらかな丘である。こんな丘は日本の平野や山間地のどこにでもありそうなので、「これがドラムリンだ」との専門家の説明がなければ、ぼんやりと田園風景を眺めるだけで、特段の注意を払うことは決してなかっただろう。

 ドラムリンとは、かつて氷河で被われていたとき、氷河によって運ばれてきたティル(微細な岩屑など)が堆積して形成された丘である。形は、過去の氷河の流動方向に細長く、長さは数百mから1km強、高さは数十m程度である。丘の上流側がやや急な傾斜、下流側が緩やかな斜面になることが特徴的である、というような解説が、フォウラー教授(Andrew Fowler、リムリック大学)よりあった。

 最終氷期の2万年前頃は、海面は現在より120m低下しており、アイルランドとブリテンは一つの島だったし、ヨーロッパとは部分的に陸続きだった。その当時、アイルランドのほとんどの地域はスコットランドから南西に伸びる氷床に被われていた。そして1万年前には、アイルランドからすべての氷河が消失した[このパラグラフ、"Ireland in the Ice Age” (http//wesleyjohnston.com/)より]。

 ドラムリンの丘は、地上から見るとポツポツと点在しているようだか、航空写真や人工衛星画像で見ると、数多くの丘が同じ方向に整列していることがよく分かるとのことである。drumlinの語源はアイルランド語であり、この地方はドラムリン研究の発祥の地というか、世界で最も多くドラムリンが残っている宝庫だそうである。


アイルランドの旅(5)   

                     成瀬廉二、2008/09/18(Thu)、No.1706

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 ダブリンやリムリック(写真)の位置は北緯53度付近なので、日本列島近辺では樺太島の北端あるいはカムチャツカ半島の南部に相当する。しかし、イギリスやその周辺地域は、メキシコ湾流のおかげで高緯度の割には温暖であることを、日本でも中学校で学んでいると思う。

 シンポジウムの案内に「(この地域の)8月の平均気温は15-17度C」とあった。札幌よりはだいぶ涼しく、北海道で最も涼しい都市、根室に近い。30度を超える鳥取を発ってから1日後に着いたダブリンでは、その涼しさというより秋深いような肌寒さにびっくりした。町を歩く人は、Tシャツの若者とウールのコートを羽織った老婦人とが混在しており、やや奇妙な光景だった。

 昼間は涼しいので夜は冷え込むだろうと思いきや、それ程寒くならないことに気がついた。そこで、リムリック付近の気象観測所(Shannon)のデータを調べてみたら、私達がここに滞在していた1週間のうち最も高い気温が19度C、低い気温が11度であった。両者の差があまり大きくない。つまり、気温の日較差が非常に小さい。

 年間の気温変化はどうかというと、ダブリンの最暖月7月の平均気温(平年)は15.4度、最寒月1月の平均気温は5.3度で、その差は10度しかない。ダブリンの年平均気温(9.7度)に近い札幌(8.5度)を見てみると、8月の平均気温が22.0度、1月が-4.1度で、その差は26度もある。両者のコントラストは著しい。

 以上の気象データから、アイルランドは典型的な海洋性気候にあるといえる。すなわち、アイルランドは中緯度の強い偏西風帯にあり、大西洋のメキシコ湾流の上を吹く気団の影響下にあるため、夏は涼しく、冬もそれ程寒くはならない。したがって、同島西岸のシャノンでは、雪が降る日は年間10日程度で、ほとんど積もることはない。


アイルランドの旅(6) 

                    成瀬廉二、2008/09/20(Sat)、No.1707

 エクスカーションでは、ドラムリン地形を見学した後、バレン地方にて石灰岩のカルスト(karst)高原を走り抜け、中世・近世の史跡に立ち寄ったり、大西洋海岸の観光名所を見物した。

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 写真は、巨石を積み上げた太古の墓である。このような墓は、新石器時代に西ヨーロッパでは広く作られたが、写真の巨石は紀元前4,000年頃建造で、墓の門と考えられ、最も保存状態の良いものだそうである。

 さて、シンポジウムに戻ろう。研究発表は以下のテーマのセッションにより行われた。
18日:「氷河底の水文(すいもん)学」、「(南極・北極)氷床と気候変動」.
19日:「氷の流動モデリング」、「ポスター発表」.
21日:「氷流(氷床内の流れの速い部分)」.
22日:「氷河サージ」、「ヨコロウプ(Jokulhlaup:氷河からの突発的出水)」、「氷河地形」.

 私は、最終日の「ヨコロウプ」セッションにて、パタゴニアの氷河ダム決壊の発表を行った。現役時代から、国際シンポジウムには1、2年に1回のペースで参加してきたが、口頭で発表するのは5年ぶりであった。今さら”あがる”ということもないのだが、自分としては”上出来"に一歩およばず、まあまあというところであろう。

 午前のセッションの最後に、大村あつむIGS前会長(スイスETH)の締めくくり挨拶でシンポジウムのすべての行事は終了した。同日午後、列車でダブリンへ、23日夕、ロンドンへ向かった。
                    (おわり)


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英のナショナルトラスト  

              成瀬廉二、2008/10/05(Sun) 、No.1709

 ナショナルトラストとは、優れた自然景観や、歴史的建造物を取得し、それらを保存、管理、公開することを目的とした市民ボランティア活動または組織を意味する。

 日本では、北海道の知床で離農した旧開拓農民が土地を開発業者に売却しないよう、100平方メートルを一口として購入する募金活動「知床100平方メートル運動」(1977~1997年)が、「夢を買う」ということで全国的に広まったナショナルトラストの成功例として挙げられる。

 ナショナルトラストの発祥の地はイギリスである。現会員数340万人で、約300箇所の歴史的施設、家、館、庭、公園等を保有し、一般に公開している。それらの多くは、従来の所有者が、維持管理が困難になったり、税の負担が重荷になったため、英ナショナルトラスト(The National Trust)に寄贈したものである。そして、そのトラストは国からの財政支援はまったく受けず、会費と寄付とボランティアで運営している。

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      (英国西北部湖水地方ウィンダーミアーのナショナルトラスト観光案内所.2008.8.26)

 これらの中には、貴族の宮殿とか、ピーターラビットの作者の家とか、著名なものも数多くあるが、ごく普通の広場(草原)もある。その内の一つが、写真の公園である。これは特別な景勝地と言うものではない。National Trustの看板と、境界のフェンスと、遊歩道があるだけであった。

 ナショナルトラストというと、重要文化財とか、国定公園のようなものと漠然と思っていたが、本場では様々な種類、規模、形態の文化遺産・自然空間があることを知ったのである。

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     (イングランド西北部Lake District, Bownessのナショナルトラストの一つ.2008.8.26)

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