『氷河はなぜ青い?』『氷河はなぜ流れる?』『雪は解ける?』

氷河の氷はなぜ青いのか?
 氷河を訪れたとき、あるいは氷河のカラー写真をながめたとき、しばしばその鮮やかな青さに魅入られます(写真1:ウプサラ氷河から崩落した氷山)。「氷河の氷はなぜ青い?」は、多くの人が抱く疑問だと思います。

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 まず、氷河がどういう時に、どういう所が青く見えるのかについて経験的事実をまとめてみます。
① 気泡の非常に多い氷は白く見える(写真2)。
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② 土砂等のデブリ混じりの氷は黒く見える(写真3)。
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③ 氷河上の裸氷域を上から見たときはうす青色だが、湖等に流出している氷河末端の氷の壁は鮮やかな青に見える(写真4)。
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④ 氷河上のクレバスをのぞきこむと、底の方は暗いが中層の両壁は青く見える(写真5、6)。
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⑤ 青空が広がり直射日光が当たっているときばかりではなく、全天まっ白な雲におおわれていても氷は青い。
⑥ 氷が青いのは、氷河のタイプや地域によらない。
⑦ 青色の氷からブロックや板を切り出して透かして見ると、(当然のことながら)普通の透明な氷である(写真7:サンクラスト)。
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 以上のことから直感的に明らかなことは、日射または雲からの散乱光が氷河の中に入り、再び外に出てきたときに青い光に変わっていた、ということです。
 さて、類似の現象として「空が青い」ことが思い浮かびます。この原因については、多くの書物でかなりきちっと説明されています。大気中の空気分子や、光の波長に比べて充分小さい粒子は、光を受けるとRayleigh散乱を起こします。散乱光の強さは光の波長の4乗に逆比例しますので、青っぽい光の方がより強く側方に散乱されます。したがって、空は青く、まっすぐ透過した光(たとえば夕陽)は赤く見えます。
 次に、もう一つ「水が青い」ことの説明です。底面が白いプールを考えます。水が濁っているときは、粒子による吸収と散乱が大きく、プールの底は見えず水は黒っぽかったり白っぽかったりします。しかし、きれいな水だと、プール内は全体に青く、しかも底がよく見えます。
 底が見えるということは、底からの反射光を見ているわけです。つまりこれは、水中を往復した透過光です。もし水中でRayleigh散乱が強く起こったとしたら、透過光は赤っぽくなるはずで、プールの底が青く見えることはありません。
 したがって、水が青いのは吸収に原因があります。水素結合の水は、波長3μmの電磁波を強く吸収します。この波長の光は近赤外領域ですが、可視光線の領域でも赤に近い光はいくらか吸収されます。そのため、白色光が水を通過する間に、次第に青い波長の光が卓越することになります。
 氷も紫外線や赤外線に対しては強い吸収を示し、可視光線に対してはほとんど透明な物質として知られています。しかし、可視領域でもわずかに吸収し、しかも純氷の吸収係数は0.7μm(赤)の光が0.4μm(紫)の光より約1桁大きいという測定結果があります。したがって水と同じように、可視光線でも選択吸収が起こり、氷の塊りを透過した光は青くなると考えられます。
 ところで、氷河の表面から入射した光は、少しずつ吸収されながら進みますが、光が氷河内で反射か屈折を起こして再び氷河外へ出てこないと青くは見えません。この作用をするのは氷体内の気泡が最も重要でしょう。ただし、気泡が小さく、かつ非常に多い場合には、光の選択吸収が充分進行する以前に、氷河表面付近の気泡にて反射、屈折が繰り返され、全ての波長を含む光が戻ってくるでしょう。だから、白く見えることになります(①)。不純物も気泡も全くない純粋な氷だったら、氷河は外から見るとかなり黒く、氷河の中にもぐって上方を見上げると青いことでしょう。
 氷河に入射した光が青くなるまでには、ある程度の距離が必要です(⑦)。吸収係数の値から見積もると、そのオーダーは数mから十数mです。光のみちのりがこれよりはるかに長いと、全ての光が吸収されて暗くなります。氷河の側壁やクレバスの中は、上から入った光が深部まで達する前に横へ出てくるので、より鮮やかで明るい青に見えるのでしょう(③、④)。

 写真1.ウプサラ氷河(Upsala Glacier, Patagonia: (January 2007, by R. Naruse)

 写真2.エクスプロラドーレス氷河(Exploradores Glacier, Patagonia, February 1967, by R. Naruse)

 写真3. シルコ氷河(Circo Glacier, Patagonia, February 1967, by R. Naruse)

 写真4.ペリート・モレノ氷河(Perito Moreno Glacier, Patagonia (December 2003, by R. Naruse)

 写真5.ペリート・モレノ氷河(Perito Moreno Glacier, Patagonia (January 2007, by R. Naruse)

 写真6.ペリート・モレノ氷河(Perito Moreno Glacier, Patagonia (January 2007, by R. Naruse)

写真7.海氷表面の薄い氷の膜<サンクラスト>(南極、1993年1月、by R. Naruse)

[日本雪氷学会誌「雪氷」第49巻1号、1987年3月、質問箱『氷河の氷はなぜ青いのか?』に写真を追加(2010.3)]

                                              成瀬廉二
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氷河はなぜ流れるのか

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1) 氷河とは

 氷河であるための必要十分条件としては、陸上の大氷塊、降雪起源、流動の3つの要素があげられる。大陸や山々をおおう氷床や氷原、山の頂を包む氷冠、山腹や谷を埋める谷氷河(Photo 1)などを総称して氷河と呼ぶ。
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         Photo 1. メールドグラス氷河(Mer de Glass, France: 1989.8, by T. Kameda)

 氷河は、秋-冬-春に降り積もる雪が、春-夏-秋に融ける量よりも多いところに成長する。したがって、寒冷な高緯度や高山地域、あるいは温暖であっても著しい多雪地域に氷河は存在している。毎年、融け残った古い雪の上に新雪が積もり重なると、内部の雪は圧縮され、空気は吐き出され、隣り合う雪結晶は結合し、ついには氷へと変化する。雪が融けることがほとんどない極地や高山の氷河では、毎年の積雪のために氷は限りなく厚くなってしまいそうである。しかし実際は、氷河の高いところから低いところへ氷が流れ、下流域で融解する氷の量を補っているのである。

2) 氷が流れるしくみ

 「流れる」ということは気体や液体に特有な性質であるが、固体である氷河も以下の2つのしくみにより流動する。一つは、氷河内部の氷の結晶が、その上にのった厚さ数10 mから数1,000 mの氷の重みよる大きな力を受け、塑性変形を起こすことによる。その結果として氷河全体が自らの形を変えるように流れるが、その運動は非常に粘度の高い非ニュートン粘性体の性質を示す。氷河の深部の氷の方が、大きな力がかかり変形(歪み)率は大きいが、上層の氷は下層の氷の上にのって流れているので、流動速度は上層ほど大きい。また、氷河の側岸は摩擦が大きいので、流動速度は中央ほど大きい。
 もう一つの流動は、氷河が形を変えず塊(剛体)として、岩盤の上を滑る動きである(底面滑り)。氷河の底面の氷が岩に凍りついていると滑らないが、氷の融点に達し岩との境界面に水の膜や層が存在すると、摩擦が非常に小さく滑り速度が大きくなる。底面滑り速度は、四季や昼夜で数倍も変動することが知られており、それは底面の水圧の高低に起因することが分かっている。
 氷河表面の流動速度は、塑性変形と底面滑りの足し算である。南米パタゴニア・ウプサラ氷河では、夏季に3.6m/日という非常に速い流動速度が観測された(Photo 2)。この速度の大部分は底面滑りによると考えられている。

3) 氷河の形を決める要素 

 氷河流動を起こさせる駆動力(応力)は、
 (応力)= (氷密度)・(重力加速度)・(氷厚)・(氷河表面傾斜)
で表される。したがって、一般に氷が厚い大氷河は流動速度が大きく、氷が薄くても傾斜が急峻な場所は速度が大きい。
 一方、氷河の形(氷厚と表面傾斜の分布)は、質量収支(降雪量と融解量の差)と流動速度の分布によって決定されている。年により形が変化しない(定常状態)氷河では、1年間に差し引き積もる氷の厚さだけ表面の氷が下向き成分をもって流れたり、あるいは融解により減少する氷の厚さだけ上向き成分をもって流れ、結局すべての地点で氷厚は変化しない。つまり、ある定常的な気候下にて、氷厚・傾斜が不変となる様な流動分布を生じさせる氷河の形が安定なのである。気候が変化し、別の質量収支分布に変わると、それと釣り合う次の安定な形に徐々に変化する。これを、氷河の消長と言う。

4) 氷河の模様

(a) オージャイブ(ogive)

 氷河のアイスフォールより下流の氷河表面にみられる下流側に凸の白黒(または明暗)の縞模様のこと(Photo 1)。オーギブとも言う。オージャイブは氷河上を歩いている時はほとんど識別できず、尾根の上から見下したり飛行機から観察すると明瞭に認められる。オージャイブの成因については、氷河の流動、融解、岩屑の集積に起因するなど、諸説あり充分には明らかにされていないが、氷河により主な成因が異なると思われる。
 世界各地の山岳氷河には、種々の形態のオージャイブが存在するが、いずれもアイスフォールから一年に一組の明暗の縞模様が生成される。すなわち、この縞模様は氷河の下流域(消耗域)の年輪とも言える。この年輪は、氷河の流れとともに下流に移動し、流動速度の大きい地域では縞の間隔が開き、速度の小さい地域では間隔が狭くなる。したがって、縞模様の一つの間隔が、その地点の一年間の表面流動速度を示し、氷河の流動速度が可視化されている希少な氷河表面模様である。

(b) メディアルモレーン(medial moraine/median moraine)

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   Photo 2. パタゴニア(Patagonia)地方ウプサラ氷河(Upsala Glacier)の下流付近。氷河は奥から手前へ流れ、湖に流出(calving)している。氷河の全表面にクレバス(氷割れ目)が見られる(Photo: December 1994, by Pedro Skvarca)。

 氷河が支流と合流する地点の露岩やモレーンから出発し、氷河の流動方向に沿って末端付近まで伸びる氷河上のモレーンの帯を指す。メディアンモレーンとも言う。氷河の合流点から氷河に取り込まれた大小の岩屑や土砂が、氷河の流れによりベルトコンベヤーの様に下流に運ばれる。モレーンは氷河表面のみを被うこともあるが、氷河の内部まで鉛直下方に連なって含まれていることもある。
氷河表面のメディアルモレーンは氷河の流線(stream line)に一致し、その曲線の接線が氷河の流動方向を示す。写真(Photo 2)は、パタゴニア南氷原から湖に流出するウプサラ(Upsala)氷河であり、本流(U)と支流のCono氷河(C)およびBertacchi氷河(B)と合流する地点から氷河末端まで伸びるメディアルモレーンが見られる。
 
 [「形の科学」百科事典、朝倉書店、2004年8月初版、3215『氷河はなぜ流れるのか』を加筆、改稿(2010年3月)]


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雪は解けるか、溶けるか、融けるのか? 

 雪氷68巻3号(May 2006)に小島賢治会員が表記のタイトルのエッセーを寄稿した。その論旨は、『(私は)雪は「融ける」を好むけど、常用漢字表では「融」はユウとしか示されていないので、極力「解ける」を使うよう心掛けている』というものであった。融雪の専門家の小島氏なので『雪は「融ける」でなければならない』という結論を期待して読んだのだが、ずいぶん腰が引けた論調になってしまったので、一言コメントしたい。
 常用漢字表(1981年)には、「融」の訓読みがないことは確かである。一方、広辞苑、大辞林、大辞泉とも、「とける」には2つの項目があり、「とける(1)」は「解ける」で、「結び目が━ける」、「問題が━ける」と使う。「とける(2)」は、辞書によって多少表記が異なるが、「溶ける、融ける、解ける」であり、「塩は水に━ける」、「雪が━ける」の例が示されている。以上から、「雪が融ける」では学童には読みにくいからといって、「雪が解ける」、「南極の氷が解ける」と記述するのは、誤用だと思う。なお、「溶ける」は現象が異なるので、やはり、雪や氷は「融ける」であるべきである。
 小島氏も引用している「常用漢字表、前書き」の1項には「...漢字使用の目安...」、2項には「...科学...の専門分野...の表記にまで及ぼそうとするものではない」と明記されている。したがって、専門誌や専門書はもちろん、一般向け書物や解説でも、「融ける」が適切だと思えば、なんら遠慮することなくそれを使うべきである。そうすることにより、国語審議会も「融ける」を認知するようになり、将来常用漢字表の改訂時に「融(と・ける)」が採用されることになるかも知れない。

                  成瀬廉二(NPO法人 氷河・雪氷圏環境研究舎)

[日本雪氷学会誌「雪氷」第69巻5号、2007年9月、会員の広場『「雪は融けるのか、あるいは解けるのか?」へのコメント』より]



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