氷河辞典;Norwey; Jorge氷河;氷山;Mer de;Iceland;スバル;氷河溶水

『氷河・雪氷圏辞典』と改称   成瀬廉二、2009/05/03(Sun)、No.1789
 2006年3月に初版を公開して以来、『氷河・雪氷圏ミニ辞典』は皆さまのご愛顧、活用、支援の下で成長、発展してきましたが、このたび辞典の名称から「ミニ」をとり、『氷河・雪氷圏辞典』(略称:氷河Web辞典、ウェブ辞典)と改称することにしました。あわせて、2009.5.3付けで4th Edition(第4版)といたします。

 増補、改訂の経緯は以下の通りです。
[版: 年.月, 項目数, 写真(含、図)点数]
First: 2006.3, 43項目, 13景
Second: 2007.2, 92項目, 39景
Third: 2009.3, 141項目, 127景
Fourth: 2009.5, 151項目, 145景

 本ウェブ辞典は、解説内容の正確性、信頼性を第1に考えていますが、イメージとして捉えやすいこと、氷河や極地へ親しみを持ってもらうことも重視し、可能な限り多くの写真を掲載する方針にしました。日本では入手し難い写真は、私がかつて3年x3期務めた国際学会誌(Journal of Glaciology)の編集委員のときに築いた人脈を活用させて、外国の氷河研究者等に依頼しました。

 コンタクトできた人は皆、大変協力的でした。その内の一人のメッセージを参考のため以下に転記しましょう。
“Your Web-site is very impressive and full of fascinating photographs and insightful information; congratulations on this achievement. Matthew”
(あなたのウェブサイトはとても素晴らしい。魅力的な写真が豊富で、識見豊かな情報が満載されています。この成就おめでとう。マッシュー)

 以上の結果、第4版は文庫本サイズの冊子にしようとすると、優に200ページを超える内容となりました。もう「ミニ」ではない、ということが今回の改称の理由です。

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 写真は、アイスランド・ヴァトゥナヨックル(Vatnajokull)氷帽。2つの矢印は氷カルデラ(ice cauldron)を示し、この凹地の下に氷底湖(ウェブ辞典参照)が存在します(Photo: by courtesy of Matthew J. Roberts, Icelandic Meteorological Office)。

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ノルウェー極地研究所へ

                 松岡健一、2010/03/19、No.2012

 住み慣れた米国シアトルを離れ、2月1日付でノルウェー極地研究所 (Norwegian Polar Institute, NPI) に着任いたしました。2002年に北海道大学で学位を頂いたあと、ワシントン大学での研究生活は7年半に及びました。合計3年間のポスドク生活の後、2005年からはresearch assistant professorとして活動しておりました。Facultyになったそのときから、いきなり完全な自立を求められるアメリカならではの環境で、恵まれた自由とともに多くの責任を負う生活は刺激的でした。しかしながら、研究費を取り自分と学生たちに給与を払いながら研究グループを維持する毎日は、グラントが取れなくなれば食い扶持がなくなるという点で、長期的に安定した研究活動を展開するには望ましい状況ではありませんでした。


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 これからのNPIでの仕事は、私を含め3人いる終身雇用の雪氷研究者の中で、私は南極を主に担当することになります。NPIは「極地」研究所と名前がついていますが、ノルウェーの土地柄から、従来は北極の研究を中心 になされていました。しかし、歴史的には南極点に初めて到達したアムンゼンがノルウェー出身であるように,探検を中心とした南極の黎明期にはノルウェーは輝かしい成果を上げています。その黄金時代の復活にはまだほど遠い状態ですが、国家の威信に加え、近年注目を浴びる地球環境問題への真摯な取り組みの一環として、IPYをひとつの契機として、ノルウェーは南極観測への大幅な投資を始めました。このようなタイミングで、一国の南極雪氷研究プログラムを引っ張る機会を得られたことを、大変光栄に思っております。
 NPIはオスロから飛行機で2時間ほど離れた、北緯69度に位置する6万人の都市トロムソにあります。ノルウェーでは第6位の規模を持つ、北部ノルウェーの基幹都市になります。政府研究機関の計画的な移動や、伝統的な漁業、緯度が高いという利点を生かした人工衛星関連企業の誘致などにより、ノルウェーで一番の人口増加率を誇るそうです。北極圏に入るため毎年2ヶ月づつ白夜と極夜があります。我々が到着したときには既に日照時間が5時間ほどあり、2月22日にはそれが9時間にまで伸びました。朝焼け夕焼けの時間を入れれば思いのほか長い日中と、夜には時々現れるオーロラを楽しんでおります。この緯度にある都市として一番温暖といわれており、1月の月平均気温は札幌のそれと同程度です。市当局の除雪に対する情熱は過剰すぎるぐらいで、「スキーで通勤」を夢見ていた私は、今朝初めて挑戦し、遊歩道で自転車通勤の人に何度も抜かれながら何とか職場にたどり着きました。
 添付の写真はトロムソ市街の外れにある市民スキー場から、沖合の島々の山を眺めたところです。こういう近場に来る人は,歩くスキーを楽しむ人か子連れが殆どです。札幌だと年老いた熟練スキーヤーが居ますが,こちらではそれが歩くスキーのおじいさんに取って代わります。

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ホルヘ・モン氷河の著しい後退

                    成瀬廉二、2010/03/25、No.2015

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が人工衛星「だいち」の画像(2007年)を解析し、ランドサット5号(1986年)の画像と比較し、南米パタゴニアの代表的ないくつかの氷河の近年の変動の実態を調べ、JAXAのウェブページに発表した。その内、南パタゴニア氷原の最北端で北側のフィヨルド(海の奥湾)へ流出しているホルヘ・モン氷河(Jorge Montt Glacier)の画像(*)を示す。

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 左の図は1986年のホルヘ・モン氷河であり、氷河の末端付近に印した黄色の矢印付近に、氷河横断方向に黒い線が認められる。これは、クレバスと言うには大きすぎ、むしろ水路であり、ここから下流(写真では上方)部分はフィヨルド内に浮く棚氷または氷山と思われる。JAXAの解析者はこの矢印位置を1986年の氷河末端と判定したのは妥当である。
 一方、右の図が2007年の姿であり、大きく後退したとともに、氷河がやせ細っていることが良くわかる。矢印から矢印までの距離を測り、同氷河の末端はこの21年間に8.5~10.6 kmも後退した、と報告されている。平均をとると、1年間に450 mという著しい後退速度である。
 安仁屋政武(**)による空中写真とランドサットデータの解析では、同氷河の後退量は、1945年から1986年の41年間に2.2 km(54 m/年)となっている。両者の結果をつなげてみると、1986年以降のある時期から氷河の後退が加速したことが分かる。
 従来、後退が最も激しかった氷河は、南パタゴニア氷原から東側の湖へ流出しているオヒギンス氷河(O’Higgins Glacier)の1945-1986年の13.4 km後退(平均330 m/年)であった(**)。ホルヘ・モン氷河の450 m/年はこれを超え、まさに世界最高レベルである。
 では、この急速な氷河後退は近年の地球温暖化の影響か、と思われがちだが、かなりの確信をもって「そうではない」と言える。それは、こういうことである。
 右の図にて氷河が後退した部分(濃い水色)はフィヨルドの海水である。したがって、左の図の氷河の氷舌部(矢印~矢印の間)の底面は海水面以下であった。こういう場合、一般には氷河底部と岩盤との間に水膜または水脈が存在し、フィヨルドの海水につながっている。そのため氷河の底面に水圧がかかり、氷体が水に浮くまでには至らないが、浮力を受けている。こういう状態の氷河は、流動速度が非常に大きくなり、氷河の末端から氷塊が崩壊したり、氷山が分離(カービング)しやすくなる。ある時期から、何らかの原因で(それが何かは未解明だが)、氷河のカービングが激しく起こるようになると、その結果として氷河は後退することになる。
 1986年までのオヒギンス氷河、およびそれと入れ替わるように1986年以降のホルヘ・モン氷河がこのような後退活発期であったと言える。

(*)http://www.eorc.jaxa.jp/imgdata/topics/2010/tp100324.htmlより.宇宙航空研究開発機構地球観測研究センターの許可を得て転載.
(**)Aniya et al., 1997, Arctic and Alpine Research, 29/1.
Aniya et al., 2000, Institute of Geoscience, University of Tsukuba.

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巨大氷山が氷河に衝突(前)

                      成瀬廉二、2010/04/01、No.2018

 去る2月12-13日、南極のメルツ(Mertz)氷河先端の浮氷部分に巨大氷山が衝突し、その衝撃で氷河の氷舌部が崩壊、分離(カービング)し、もう一つの巨大氷山が誕生した。このニュースは日本の新聞でも報道されたが、オーストラリア南極局(AAD)および南極気候・生態システム共同研究センター(ACE CRC)のウェブサイトに掲載された記事を要約して、この「事故」の顛末を紹介しよう。
 東南極の氷床から海へ流出しているメルツ氷河は、東経145度、オーストラリア・メルボルンの真南に位置し、デュモン・デュルビル基地(仏)に近い。この氷河では、豪仏の共同研究(“CRACICE”:Cooperative Research into Antarctic Calving and Iceberg Evolution)により、人工衛星観測とともに氷河上にGPSを設置して、カービング等の監視を行っていた。

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 写真は、2010年1月7日の衛星写真(ESA ENVISAT)によるメルツ氷河(左)と氷山(ニックネームB9B:右)である(Neal Young提供)。この画像に写っている氷河の部分は全て海に浮いている浮氷舌である。氷舌の中央に矢印でRiftsと記された淡い線が見えるが、これは氷河横断方向の裂け目(割れ目)である。この裂け目は約20年前に発生が認められており、数年前に反対側からも裂け目が生じ、この写真の時点では両者がまさに合流、連結しようとしているときであった。
 一方、右の氷山B9Bは、長さ97km、幅20-35kmあり巨大氷山の部類に入る。これは、1987年にロス棚氷からカービングした氷山であることが確認されており、20年近く座礁および定着氷に囲まれほとんど静止していたが、最近西向き(写真では左向きに)漂流を始めたものである。 
                       (つづく)
Mertz MODIS images by Neal Young
Antarctic Climate & Ecosystems Cooperative Research Centre (ACE CRC) and Australian Antarctic Division (AAD), Commonwealth of Australia


巨大氷山が氷河に衝突(後)

                         成瀬廉二、2010/04/05、No.2021

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 写真は、2010年2月20日、メルツ氷河氷舌の崩壊直後の衛星(ESA ENVISAT)画像である(Neal Young提供)。氷山B9Bが氷河に衝突したのは2月12-13日と推定されているが、衝突とともに氷山が分離(カービング)したか、衝突が分離を促進したか、衝突自体は大きな影響を与えず分離は必然だったのか、は定かではない。しかし、氷河上に設置してあったGPS位置測定装置は後日回収され、分析される予定なので、衝突と分離の因果関係が明らかにされるだろう。
 メルツ氷河からカービングによって誕生した新氷山は、長さ78 km、幅 33-39 km、面積は2500平方kmに達する。ヨーロッパのウェブニュースではルクセンブルグの大きさと表現されているが、日本なら東京都よりは大きく神奈川県を少し越える程度となる。新氷山の平均の厚さは400 mと見積もられており、10の12乗トンの氷は、世界の総人口が消費する家庭用水4年分に相当する(平均1人1日100リットルと仮定)。
 さて、この2つの巨大氷山の出現と漂流により、さまざまな影響がCRACICEの研究等によって懸念されている。1)は、海洋の循環の変化(南極低層水の弱体)で、これが局地的な気候変化、海洋生態に影響を及ぼすこと。2)は、メルツ氷河周辺には大きな開水面(ポリニヤ,polynyas)が存在し、そこが鳥類、哺乳類(アザラシ等)、ペンギン等の格好な餌場となっているが、これが乱されるか、破壊されること。3)として、特に、デュモン・デュルビル基地付近にはコウテイ・ペンギン(emperor penguin)の重要な営巣地(ルッカリー)があり、餌場がなくなると重大な危機となること。
 南極氷床の歴史においては、このような大氷山と氷河の衝突は幾度もあったに違いないが、衝突前から継続して、宇宙と地上から挙動を監視、観測したことは始めてのことである。
(Photo: Neal Young、ACE CRC and AAD, Commonwealth of Australia)

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メール・ド・グラス氷河の模型

                      石川芙紗子、2010/04/09、No.2024

{英国建築家協会建築大学(Architectural Association School of Architecture, London, UK)にてDiploma(修士)研究として、メール・ド・グラス(Mer de Glace)氷河を題材とした設計・論文に取りくんでいる石川芙紗子さんから、研究の途中経過の報告がありましたので、ご本人の了解を得て、その抜粋を本欄に掲載します。 成瀬廉二}

 すっかりご無沙汰しております。お返事をいただいてから、ずいぶんと時間があいてしまい、失礼いたしました。現在、プロジェクトはゆっくりとではありますが前進しております。
 テーマは、現在Mer de Glaceの氷の下に設置されているEDF(Electricite de France/フランス電気)の水力発電取水口の設置場所移動に関する建築的アプローチです。
 ご存知とは思いますが、現在Mer de Glaceは年間約30メートルずつ短縮、厚みも10メートルずつ減少の傾向にあり、1970年に設置された取水口(標高約1470メートルの氷河の底)は、現在では地表面に出てきてしまいました。EDFは暫定的な対策として、200メートル上方に、この取水口を移動し、2年間をかけて、新しい取水口の設置場所(約1000メートル上方)を選定、設置する計画にあります。
 谷底のシャモニーの村はずれには水力発電用のタービン、291メートルの垂直のシャフト(タービンに水力を送り込む落差を生み出すため)などが設置されており、年間115,000,000kWhの電力が供給されます。
 現在のEDFのアプローチは、その一時的な取水口から、37℃のぬるま湯を5バールほどの圧でホースから射出し、一日に15~20メートルずつ氷を溶かし、もっとも効果的であろうと思われる地点を探っていると同時に、垂直シャフトをその新しい取水口と結ぶため、谷の掘削作業を行っています。
 私の論は、こうした下から溶かして穴を掘るアプローチではなく、上から(つまりより標高の高い地点から)のアプローチを考えられないのか、その中で建築的アプローチはできないであろうか、といったものです。
 たとえばmoulin(ムーラン)など、夏季に継続した水の流れがあるときに出来る氷河表面と氷河の底の融解水の流れを結ぶことからヒントを得て、取水口に必要な物資(具体的には、パイプや漏斗といったものです)を流し込むことです。
 物質の熱性質や、圧力融解などを利用することを材料学の面から考えています。一方で、私のアプローチもEDF同様、氷を一定量溶かすことに変わりはありません。そのことが文化・社会的にどう影響するのか。また、不確定要素の大きいプロジェクトになるがゆえに、建築学的にどこまでが科学的に考えうること、どこからが条件がそろったときのみに可能なこと(建築学的に表現にこだわった"representational"なプロジェクト)とするのか。など、課題は山積しております。
 私の実験では、ガーデニングに使用するWaterGelと呼ばれている、水分を大量に吸収するゲルを使っています。(1グラムのゲルパウダーに対して、700ミリリットルの水を目安としてます)。Mer de Glaceの流動実験の一例を写真に示します。

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 これから、どんどん模型試験を繰り返し、不確定要素たっぷりな設計(では困るのですが)に、narrative(ストーリー)をつけていけたらと考えています。
 成瀬先生が運営されているウェブサイト、いつも参考にさせていただいております。


Re: メール・ド・グラス氷河の模型(続)

                     成瀬廉二、2010/04/12、 No.2025

 氷河の研究に関わっている人にとっては、氷河の模型(モデル)と聞くと、実験室あるいはコンピュータの中に模型をつくり、自然の現象に近いことを再現させることを思い浮かべる。その場合の目的は、現象のメカニズムを明らかにしたり、検証や将来予測のためである。
 氷河の流動模型実験では、20、30年前、パテ(建築のコーキング剤)を使用した研究があり、その他にゲルの1種を氷の代用とした実験例をどこかで見たか、聞いたか、読んだ記憶があるもののその報告の所在は不詳だったが、そのウェブサイト
http://www.geology.um.maine.edu/geodynamics/analogwebsite/Projects2003/Sterns_Osterberg_2003/index.html
を石川さんが偶然見つけて教えて下さった。これは、アラスカ・マラスピナ氷河の表面モレーンの形成をある程度再現でき、代用氷の模型実験としては成功例と言えるであろう。

 一方、石川芙紗子さんが行っているのは、このような物理実験ではなく、建築学的模型実験である。つまり、あるシステムを設計するために、その前段として、あるいは併行して、形のある物を作ることだと想像している。そしてその模型は、石膏や張子ではなく、流れる氷河を表現するために、流動性のある材料を使っているのであろう。
 実験環境をきちっとコントロールすることが重要な物理実験とは違うので、前報No.2024の写真では実験状況や条件の説明がなかったので、その補足と今回の添付図の説明文を以下に示そう。
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[前回の写真] 10℃の室内で30分ほどゲル(WaterGel)を置いた状態。ゲルの上にビーズを置いた理由は、この模型が氷河の動き方に近い状態を作り出せるのか(ワーキングモデルになるのか)を試みたこと、および最良な試験体(ビーズの変わりになる物体)を模索することです。なお、この模型実験は、あくまで建築学の題材(扱う敷地およびその現象の特性と、減少していく氷河の社会的警鐘)としての氷河の考察になります。

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[今回の図] 実際のMer de Glaceの流速データを元に、ライノセロスというソフト内でグラスホッパーというツールを使ってシミュレーションしたものです。ただし、温度変化や氷河の後退などの設定はしていませんので、この図は主に、氷河の持つ特性のうち、設計に特に考慮すべき事項をまとめたもの、と思っていただけると幸いです。
                      石川芙紗子

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アイスランドの氷河火山の噴火

                  成瀬廉二、2010/04/18、No.2026

 アイスランドで4月14日に噴火した火山灰の影響で、ヨーロッパでは空前の航空まひが起こっている。観光旅行がキャンセルになるのは残念でしたで済むことだが、外国で帰れなくなった人の中には、本当に困っている人も多いだろうと同情を禁じえない。大雪とか暴風雨とかの気象要因なら、1,2日もすれば普通は復旧するが、火山噴火は長期化するかもしれないので、心配である。
 このたび噴火した山は、アイスランド南部のエイヤフィヤトラヨックル(Eyjafjallajokull)火山で、その頂上(標高1666 m)はエイヤフィヤトラ氷河(氷帽とも言う)で被われている(写真:注*)。エイヤフィヤトラ氷河は総面積107平方kmで、アイスランドで6番目に大きい氷河である(注**)。
 噴火はこの氷河の下で起こり、溶岩や灰、煙は氷を突き破って噴出している。火山の氷河は、地熱が高いために底の氷が融け、融け水が氷河と岩盤の間に水の層として溜まり、氷下湖を形成していることが多い。噴火が起こると、この多量の水が一気に流出し、下流に洪水を起こすことがある。また、この水とともに溶岩、火山灰、氷塊の混合物が流れると、破壊力の大きい土石流または火山泥流(lahar、ラハール)となる。
 アイスランドには現在も活発な火山が約20個あり、その約半分は氷河におおわれている。人々が住み着いた9世紀以降、平均5年に1回どこかの火山が噴火している。したがって、過去の災害経験を踏まえ、ハザードマップ(危険予測地図)が完備されており、今回の噴火でも約700人に避難勧告が出されたとのことである。そのため、幸いなことに、現在まで犠牲者や行方不明の報道はない。

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*写真:2006.6.25、アイスランド南部のルート1号を走行中のバス車窓から撮影.山の麓は牧場.
**IAHS/UNEP/UNESCO (1988) の氷河台帳にはこの氷河のデータがない。Wikipediaによると、英語版、アイスランド語版とも、項目により107平方kmと78平方kmの異なる数値が載っている。大きな氷帽から流出する氷河や氷舌にも名前が付いているので、前者はその火山を覆う氷河の総面積、後者は流出氷河等を除いた氷帽の面積だと思われる。どちらをとっても、面積では第6位である。


アイスランドの氷河火山の噴火(続)

                   成瀬廉二、2010/04/29、No.2030

 ヨーロッパの航空まひがほぼ回復したので、アイスランドのエイヤフィヤトラヨックル火山の噴火が沈静化に向かっているように思われるが、火山活動は依然続いている。ただし、外電やWebニュースによると、最盛期に比べれば火山灰の噴出は少なくなっているらしい。
 アメリカのある火山専門家は、「以前は、溶岩に氷河の融け水が混ざり爆発性が高かったが、今は噴出孔周辺の氷は融けてなくなったため、ガスの噴出は続いているが火山灰の噴煙は少なくなったのではないか」とのコメントを述べている(4.21、Los Angeles Times)。もっともらしい話だが、観測されているわけではないので推測に過ぎない。
 一方、アイスランド気象局のレーダー観測によると、4月23日、火山灰の雲(plume)がアイスランド付近にとどまり、上空1 kmから部分的には10 kmの範囲を被っている。そして同日から3日間、アイスランド首都にあるレイキャビック空港が火山噴火(4月14日)以来初めて閉鎖された。つまり、火山噴火直後は、火山灰の雲は強い北西の風に乗りイギリスからヨーロッパ中央部に達し、航空網に著しい影響を及ぼした。
 実はその頃、アイスランドとか、ノールウェー、北極では支障なく飛行していたのである。本欄No.2029にて松岡氏が「普通に,ビックリするぐらいに普通に,定期便をSASが普通の中型ジェット機で運行しています」と述べているが、これは普通に解釈すれば「北緯78度の北極の島へも......」となるが、この記事の投稿時期がヨーロッパ空路の大混乱のときだったので「北極では何ごともなかったかのように.....」とも読みとれる。

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 写真:アイスランドの首都レイキャビック市街(2006年6月26日).
 霞んでいるが夕暮れ時(20時頃)のもやか霧のためで、火山灰とはまったく関係がない.

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スバールバル諸島にて

                        松岡健一、2010/04/22、No.2029

 スバールバル諸島に調査のために来ています。ここは国際条約により条約加盟国の非軍事活動に解放されているノルウェー領土という、ちょっと風変わりなところです。
 トロムソからは飛行機で1時間半ほどです。普通に,ビックリするぐらいに普通に,定期便をSASが普通の中型ジェット機で運行しています。この諸島の一番(というか、殆ど唯一の)街であるロングヤービンにあるノルウェー極地研のオフィスで、更に北にあるニーオルスンへのフライト待ちです。

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 写真は、そのロングヤービンの目抜き通り。今は夜中に30分ほど日が沈む状態ですが,春秋の3週間ずつを除いては極夜/白夜になる、人口は2000人程度の街です。
 ここで、オスロ大学のハーゲン教授と一緒になりました。2005年に氷河グループに滞在されたそうで,当時の写真を見せて貰いました。成瀬先生を始め皆さんによろしくお伝えくださいとのことでした。
 私はニーオルスン周辺の氷河に調査に向かいます。ハーゲン教授のグループはスバールバル諸島東の氷帽に調査に向かいます。どちらも、近年の氷河の質量収支が調査の目的です。

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氷河の溶け水(その1).

                      三上真穂、2009/06/20、 No.1800

 こんにちは。2年前に氷河の自由研究で成瀬先生にいろいろ教えていただきました。私は、もうすぐスイスのインターナショナルスクールでグレード6が終わります。

 このあいだグリンデルワルトに行きました。そこを流れるリュチューネ川の水をお父さんが汲んでくれました。この写真は、家に持ち帰って何日か静かに置いておいたものです。ペットボトルの底には細かな石のかけらや、粉のようなものがたまっています。上の方の水はきれいに透き通って見えます。
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<つづきます>


氷河の溶け水(その2).

                     三上真穂、2009/06/20、No.1801

 この写真はペットボトルを振った後の写真です。底にたまっていた粉が水と一緒に混ざってミルクのように白く濁りました。これは水をすくった時の様子に似ています。
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 グリンデルワルトの周りには高い山が一杯あるので、そこの山から氷河の溶け水が流れてきているのだと思います。ペットボトルの中の粉は山の上の方の岩が削られたものだと思います。

 今年の夏の自由研究はまた氷河を調べようと思います。


Re: 氷河の溶け水(その2). 

                  成瀬廉二、2009/06/22、No.1804

三上真穂さん

 投稿ありがとうございます。

 この2枚の写真は、氷河から流れてきた川の水の濁りの原因をとても良く示していますね。白濁していた水が、1日か数日静かに置いておくと透明になる。氷河が削った細かい岩の屑(粉)は、水に溶けていたのではなく懸濁(けんだく、浮遊)していた(suspended)ということが良く分ります。

 また、自由研究で氷河を調べてください。そして、トピックとかニュースとか感想を、また投稿してください。

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