極シンポ、南54報会、南氷減少、ペンギン減少、10次OB会、南55報会、南極船、南氷増大

『極域シンポジウム』  [投稿:2013年 11月14日] #2471
画像
  [東南極氷床から流出する白瀬氷河。写真手前は海に浮いた棚氷、その先端が崩壊、分離すると氷山となる(Photo:T. Sa., 1993)]

 みなとみらい地区(横浜)にて11-12日に開催された第10次南極観測隊(1968-70)のOB総会(同窓懇親会)に出席した後、立川の国立極地研究所にて極域科学シンポジウムに参加した。

 数年前から北極関係の大型プロジェクトが推進されているため、北極の研究者数は南極のそれを大きく上回っている。このシンポジウムでは、北極と南極における気象、気候、雪氷、地学、地球物理、海洋、生物など、広い分野の最新の研究成果が発表される。4日間にわたり10個のセッションが設けられていたが、その内「極域アイスコア・地形地質・モデリングから迫る古環境変動とそのメカニズム」セッション(12-13日)にのみ出席した(写真)。
画像


 南極ドームふじやグリーンランド氷床各地にて得られた氷コア解析の進展には目を見張るものがある。数十万年前から現代までの地球環境変遷の概要の解明はひとまず達成し、次は、その間に起こった個別のイベントや特徴的な傾向、およびそのメカニズムを探る研究ステージに入ったようだ。

 多彩な話題の中で、私が最も面白いと感じた発表は、アメリカ人とベルギー人による「地球最古の氷の存在場所」に関する二つの考察・提案である。現在まで南極氷床で掘削された最古の氷の年齢は70-80万年であるが、もっと本格的に探せば、さらに古い氷、100~150万年前の氷が見つかる可能性がある、というものである。

 年齢の古い氷が存在し得る場所の条件は、1)氷が厚いこと、2)年間積雪量が少ないこと、3)氷の流れが大きくないこと、4)底面が融けていないこと、である。これらは、雪上の観測やアイスレーダにより概ね分かる。大きな問題は、氷が厚いと断熱作用のため氷床底面は融解点に達しやすいことである。すなわち、条件1)と条件4)は両立し難いのである。しかし、地殻熱流量(いわゆる地熱)が低い場所なら、実現が可能である。

 選点のための現地調査、数値実験、試掘を経て、2019-22年頃、最古氷の掘削を行う計画だそうである。もしこれが成功すれば、地球の古環境復元が現状の2倍へと伸びることになる。


『南極観測隊帰国報告会』
    (上)
        
                    投稿日:2014/04/10、No.69

 2代目「しらせ」が東京晴海に帰港した翌日の4月8日、東京市ケ谷の私学会館にて第54次南極越冬隊および第55次南極夏隊の帰国報告・歓迎会が国立極地研究所の主催により開催された。

 54次越冬隊(30名)は、長期間にわたり継続してデータを取得する定常観測とモニタリング観測を順調に実施するとともに、重点研究観測として、大型大気レーダを用いた対流圏~電離圏の中・高層大気総合観測を行った。

画像

 写真は越冬中の昭和基地の雪景色である(橋田元54次越冬隊長の報告における映写画像を撮影したもの)。一般にヘリコプターから見た基地全景は夏期に限るので、普通は雪がなく露岩と建物のみである。そういう意味で、これは珍しい写真である。カメラ付の凧を揚げて撮影したとのことである。中央の赤い線が凧の紐と思われる。


(中) 
 
                      投稿日:2014/04/12、No.70

 帰国報告会に出席した極地研外部の委員や元役員等の最大の関心事は、第55次航海においてどのような状況で首尾よく昭和基地に接岸できたのか、ということであったと思う。私も一番知りたかったことは、それである。

 過去2年間は、厚い強固な海氷のため砕氷航行が難航し、53次隊では昭和基地の西北西21 km地点にて、54次隊では18 km地点にてさらなる進入を断念し、そこからヘリコプターによる空輸を行い、昨年は671トンの物資を輸送した(予定の62%)。

 54次隊越冬中の秋頃、昭和基地から十数km以遠の厚い多年の海氷が割れて流れ去り、そこに1年生の薄い氷が成長した。そのため、「一昨年の53次行動において接岸を断念した位置まで短期間に進出することができました。それでもそれ以降は厚さ約6 mの氷と2 mに及ぶ雪のために往路で2227回のラミングを行い、氷との格闘には18日間を要しました」(JMSDF)

 以上の結果、「しらせ」は3年ぶりに昭和基地に接岸を果たし、全物資1160トンの輸送を完了し、一方約500トンの物資(半分強は廃棄物)を持ち帰った。写真は、昭和基地のあるオングル島沖に接岸した「しらせ」(宮岡宏55次夏隊長の映写画像より)。接岸と言っても岩や地や桟橋にではなく、厚くて動かない海氷(定着氷)にアイスアンカー(錨)を打って停泊することである。
画像


 (下) 
 
                       投稿日:2014/04/14、No.71

 昭和基地および周辺における夏期オペレーション終了後の2月16日、「しらせ座礁」というびっくりするニュースが新聞各紙に小さめの記事として報じられた。防衛省は、17日ウェブサイトにて以下の様に発表した。

=第55次南極地域観測に協力中の海上自衛隊砕氷艦「しらせ」は、南極地域観測隊からの依頼を受け、南極のロシア・マラジョージナヤ基地(現在無人状態)周辺の状況を調査するため、同基地沖(約700 m地点)を砕氷航行中のところ、平成26年2月16日(日)日本時間13時40分頃、暗礁に接触し、座礁しました。現在、「しらせ」船体に一部浸水が認められるものの、人員への被害はなく、油の流出はありません。また、浸水部は二重底となっており、艦の構造上、離礁できれば航行に支障はありません。=

 なぜ座礁したのか、どうやって脱出したのか、詳しい状況を知りたかったが、両隊長とも報告の中では一切触れなかった。艦の運航には観測隊は関与しないので、詳細な事情は知り得ないし、うかつに批判じみたことを言うわけにはいかないからだろう。

 そこで、歓迎会(写真)の会場にて、2、3人の関係者に実情を尋ね、取材した。まず、座礁地点は大型船が初めて進入したという未知の場所ではない。ロシア製の海図はある。また2代目「しらせ」には、最新式のマルチビーム音響測深装置が搭載されている。

 したがって、浅い水深の海域を航行するなら、測深のデータを監視しながら超低速で進むのが普通だろうが、何らかの誤認、不注意や連携ミス等があったのだろうと思う。

 座礁から脱出するために、船内前部の水を捨て、後部に水を集め、満潮時に最大の後進をかけ、18日朝、めでたく離礁することができた。事故から2日後、3回目の満潮時に脱出作戦が成功したわけで、かなり際どく、幸運であったと言えよう。
画像

           [写真: 歓迎会にて紹介される越冬隊・夏隊の隊員たち]


   ~~~~~~~~~~~


『南極の氷の減少(IPCC, 2013):(上)』投稿日:2014/07/11、No.88

 昨(2013)年末に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のAR5(第5次評価報告書)におけるWG1(第1作業部会:自然科学的根拠)報告のSPM(政策決定者向け要約)には、雪氷圏の章の冒頭に「過去20年にわたり、.....南極の氷床の質量は減少しており、.....」との記述がある。その結果、1993-2010年の期間、南極氷床の変化は世界海水面の上昇にプラスに寄与している、と述べている。

 その結論は良いとして、このSPMは要旨なので、なぜ南極の氷床が質量を減じている(losing mass)かについての説明はない。そのため、一般には、メディアの論調がそうなので、温暖化→南極氷の融解→質量減少→海水面上昇、と受けとられている。AR5・WG1の報告だけでも1535ページにおよぶ大作なので、科学者や環境問題の関係者でも、本論に当たらないで要約しか読まないことも大いにあり得るし、その場合はそのような誤解に陥りがちとなる。

 実情は以下の通りである。1992年から南極氷床の表面高度が人工衛星からのレーダにより観測されるようになり、その結果、西南極(図のロス海から南極半島にいたる氷床)のいくつかの氷河地域にて、表面高度が低下しつつあることが明らかになった。すなわち、氷が薄くなった(thinning)のである。この原因は、温度条件から見て氷の融解のためとは考えられず、氷河の流れが速くなって、氷山としての流出量が増えたことによる。したがって、この現象は、温暖化→氷融解ではないが、氷厚が減少した分の質量が、氷山として海に出るので海水面の上昇に貢献する。
画像

                         [南極大陸地図]

 以上のしくみは、一般の人にとっては容易には理解し難い。各地の公民館の講座や高齢者大学などで、「温暖化と南極の氷」に関する講演をすることがよくあるが、この問題を正確かつ丁寧に話したら聴講者の多くはくたびれて何も耳に入らなくなるだろうし、かといって適当にごまかすわけにはいかない。「そばを打つとき、引っ張ると細くなるように、氷河も流れの方向に伸びると薄くなり、伸びた先端部がちぎれて氷山となり、海へ出て行く」なんて話すこともある。

『南極の氷の減少(中)』
                               投稿日:2014/07/14、No.89

 100年後の全地球平均気温が現在より2℃から4℃程度上昇(IPCC, 2013)したとしても、南極氷床の内陸地域の年平均気温は-20℃から-50℃程度と低温なので、沿岸部を除いては雪や氷が融け始めることはない。一方、温暖化が進むと、海水の表面温度が高まり、海からの蒸発が活発となり、その結果雲が増え、氷床上に降る雪の量が増加することが、数多くの数値モデル実験で示されている。

 それをふまえて、AR5・WG1報告は次のように述べている。
 「グリーンランド氷床では表面融解の増加が降雪量の増加に勝るので、降雪と融解の差し引き(表面質量収支)は世界の海面水位を上昇させる寄与となるだろう。ところが、南極氷床では表面融解は少ないままである一方、降雪量の増加が予想され、差し引き表面質量収支の変化は海面水位を低下させる結果となるだろう」

 ここまではIPCC-AR3(2001)と、数値は別として傾向は同じである。AR4(2007)以降は、これに前報で紹介した、氷山として流出量が増えることによる海面水位の上昇分が加わる。AR5・WG1・SPMでは、「南極とグリーンランド氷床からの流出量の変化の合計は、2081-2100年までに0.03~0.20 mの範囲で海面水位を上昇させる可能性が高い」と結論している。

 すなわち南極は、表面質量収支では海面を下げ、氷山流出では海面を上げ、差し引き僅かに上昇させる予測となるようである。

『南極の氷の減少(下)』
                         投稿日:2014/07/17、No.90
                          
 IPCC-AR5(2013)・WG1報告の要約(SPM)において、海面水位の章の最後は次のパラグラフで締められている。

 「現在の理解に基づくと、世界平均海面水位の上昇が21世紀において可能性の高い範囲を大幅に超えて引き起こされ得るのは、南極氷床の海洋を基部とする部分の崩壊が始まった場合のみである。しかしながら、この追加的寄与については、中程度の確信度で、21世紀中の海面水位上昇が数十cmを超えないだろうと見込まれる。」(気象庁訳、原文のまま)

 これは、南極氷床の専門家やこれに関する論説を読み慣れている人以外にとっては、何を言っているのかよく分からないと思われる。気象庁によるSPMの訳は、一般的に原文に忠実に翻訳しているが、上記文中の「南極氷床の海洋を基部とする部分」は意味不明である。このフレーズは、”marine-based sectors of the Antarctic ice sheet”に相当するが、「南極氷床の基盤が海水面以下の地域」とするのが良い。

 西南極氷床の広い領域の基盤は海水面以下にある。さらに、基盤の高度が、氷床縁辺から内陸に向かって低くなっている(氷床表面と逆傾斜)。こういう状況の氷床では、棚氷の大規模な分離が起こると、氷床が加速度的に分解、崩壊に向かうという「西南極氷床不安定説」が1960年代に提唱され、その後さまざまな議論が行われてきた。

 上記SPMの「崩壊」とはこれを指す。もしこの崩壊が始まるとすると、海水面上昇は(熱膨張+氷河融解+両氷床の表面質量収支と氷山流出)として予測されていた「可能性の高い範囲」(2100年:+0.44~+0.74 m程度)を超えて起こるかもしれない、と述べているのである。

 西南極氷床には、世界の海水面を約4.3 m上昇させる量の氷が存在しているが、崩壊が始まっても21世紀中の海水面上昇の追加は、定量的な予測は難しいが、数十cmを超えることはないだろう、ということである。

 この氷床の挙動は、気候変動に間接的には影響を受けるが、直接的な結果ではなく、未解明な点も多く残されている。南極雪氷学の力学的分野では現在最も重要な研究課題と言えよう。

画像

   [南極リュツォ・ホルム湾沖を漂流するテーブル型氷山.砕氷船「ふじ」にて(1968年12月)]

       ~~~~~~~~~~~~~~~~~

『ペンギン減少の予測』
                         投稿日:2014/08/01、No.93

 報道各紙は先月末~今月初め、南極のコウテイペンギンが温暖化のため減少する、と報じた。一例は、「地球温暖化がこのまま進むと、今世紀後半には南極のコウテイペンギンの数が2割ほど減り、絶滅危惧種となる恐れがあるとする試算を米ウッズホール海洋学研究所などのチームがまとめ、29日付の英科学誌ネイチャー・クライメート・チェンジに発表した」(共同通信、6月30日)という記事である。

 コウテイペンギン(Emperor Penguin)は体長110~120 cm、ペンギンの中ではもっとも大きく、南極周辺に生息する5種類の内で、唯一南極の厳冬期に繁殖を行う。すなわち、1~3月は海で過ごし、3月末~4月初めに海氷上のコロニー(繁殖地)に集まり、5月下旬~6月に卵を1個だけ産み、冬から春にかけて抱卵、孵化し、夏になるとヒナは一人前に海で小魚、イカ、ナンキョクオキアミなどの餌を採れるようになる(国立極地研究所「南極豆事典」などより)。

 先日、南極関係の講演後、出席者から「南極でペンギンが減るというニュースを見たが、あれは単に推測しているだけですよね?」と質問を受けた。私は、「新聞記事以上のことは知らないが、推測ではあっても根拠のない単なる推論ではなく、温暖化によるペンギン生息環境の変化を予想し、その結果、ペンギン個体数がどう増減するか、というコンピュータ予測を行ったのだと思う」と答えた。

 それが妥当なコメントだったかどうか、原論文を読んでみたいとインターネットで探していたところ、Nature Climate Change (Letter, 29 June 2014)の論文の要旨と小縮尺図のみ無料で読むことができた。

 この研究は、現在南極大陸の周囲にコウテイペンギンのコロニー(群れ)が45箇所知られているが、個々のコロニーの特性とその地域の海氷状況の変化から、モデル計算により将来のペンギン総個体数を予測したものである。

 その結果、2050年までは個体数はやや増加するものの、その後は減少に転じ、21世紀末には、45の内30のコロニーは個体数が半分になり、全体としては現在より19%減少する、と結論された。
画像

     [昭和基地付近の海氷上のコウテイペンギン(1992-93, by T.Sa.)]

   ~~~~~~~~~~~~~~~~

『第10次南極観測隊OB会』
               投稿日:2015/01/28、No.136

 45-47年前に南極で活動した第10次南極観測隊(1968-70年)のOB総会が、1月26-27日、加賀(山代)温泉にて開催された。観測隊OB、同夫人、隊友など、計31名(内、女性13名)が参集した。

 日本の南極観測は、初越冬の第1次隊(1956-58年)から極点旅行を成功させた第9次隊までが「探検時代」とも言われた。そして、第10次隊は「探検から精査へ」という「観測時代」の初年度でもあった。

 しかし当時の私の感覚では、「探検時代」は内陸やまと山脈まで踏査した第4次隊くらいまでで、砕氷船「ふじ」が就航した第7次隊(1965年-)以降は、基地の設備もかなり整い、雪上車の性能も高まり、すでに「観測時代」に入っていた。
画像

 写真は、昭和基地前の海氷上に勢ぞろいした第10次越冬隊である(吉川ドクター撮影)。全員の集合写真を撮ることはめったにないこと、背景に雪上車があること、手前にコップと(氷入り)ボールがあることから、やまと山脈旅行出発時の1969年11月1日朝だと思われる。

 第10次隊の最若年だった隊員も70歳を超えた。時とともに欠けたり、遠出が難しくなる人がいるのはやむを得ないことだが、第10次隊OB総会は、OBでもOGでもないメンバーを含め、ほぼ毎年、日本各地で開催している。

  ~~~~~~~~~

『南極観測隊報告会』
 (55次越冬隊)
投稿日:2015/04/17、No.155

 第55次南極越冬隊(2013-15年)および第56次夏隊の帰国報告・歓迎会が、4月13日、明治記念館において開催され、南極観測を推進・支援する関係者および各種委員会委員等が出席した。

 報告会では、まず牛尾収輝55次越冬隊長が1年間の観測と設営の概要について報告した。第55次隊の前の2年間(53次夏、54次夏隊)は、昭和基地沖のリュツォ・ホルム湾にて厚くて固い海氷のため砕氷航行が難航し、基地まで21~18 km地点からヘリコプターによる空輸を行い、越冬に必要最少限の物資輸送を行った。

 そのため、昭和基地における燃料の備蓄が十分でなくなり、55次越冬隊はエネルギーの節減を図る必要が生じ、越冬隊の規模を縮小することにした。すなわち、観測や作業内容を減らし、隊員数を削減した。

 日本の南極越冬隊の人数は、第10次隊で30名に、第34次隊で40名に達し、以降は30~40名の間を推移してきた。ところが、第55次隊では越冬24名とし、観測は継続が重要な定常気象と、大気や宙空圏のモニタリングが主となった(写真:「報告」のスライドから)。
画像

 一方、設営14名の中で目を引いた点は、調理1、医療1だった。いずれも通常の隊では2名ずつである。牛尾隊長によると、調理は、一般隊員が適宜協力することにより大きな支障はなかった。また、フィールドアシスタントに消防本部の救命救急士がいたので安心していた、とのことである。

 確かに、越冬隊が基地と内陸旅行(または内陸基地)とに二分されることがある場合は、医師2名が望ましいが、やむを得ないときは、怪我等の応急処置の経験豊かな者が一般隊員の中にいると心強い。


  (56次夏隊)  
投稿日:2015/04/22、No.157
 昨(2014)年11月下旬に日本を出発した第56次夏隊(野木義史隊長)は、「しらせ」乗船の観測隊員27名(内、女性5名)、「海鷹丸」乗船の観測隊員7名(内、女性2名)、両船同行者(技術者、大学院生、学校教員、等)27名(内、女性2名)、総計61名におよぶ大部隊であった。

 「しらせ」は厚い海氷に苦労したが、本年1月12日に昭和基地沖の定着氷に接岸することができ、燃料・食糧・観測・設営物資のすべて(1トン余)を無事、基地へ輸送した。これで「昭和基地の燃料事情は一息ついた」(白石所長談)ことになる。

 しかしながら、接岸に至るまで往路のラミング(船が勢いをつけて氷板に衝突すること)回数は過去最多の3187回、復路も(往路のルートが閉じてしまったので)2219回、総回数は過去最多の5406回となった。

 このような「自然」に対し力ずくで攻めるラミングという航法は、時間的にも、人的にも、燃料的にも大変な無駄である。大型ヘリコプターの2機体制に早く戻し、氷状が厳しいときは空輸と氷上輸送を主に考えるべきである。
画像

 なお、帰路の航路図(写真:「報告」のスライドから)に、「2/3自衛隊士官1名逝去」との注記がある。メディアで報道があったかどうか私は知らなかったが、事故ではなく、2月3日輸送作業中、船外での病死だったそうである。

  ~~~~~~~~~~~~~~

『南極観測船ふじ』
                          投稿日:2015/10/31、No.202

 「ふじ」は、日本の南極観測において「宗谷」を引き継いだ2代目観測船であり、南極観測再開の1965年11月(第7次隊)から1983年4月(24次隊)まで、18年にわたって南極で活躍した。現在は、名古屋港ガーデンふ頭に係留され、「南極の博物館」とし一般公開されている(写真)。
画像


 去る10月18日、名古屋港ポートビルにて南極OB会主催による「ふじの時代」公開講演会・パネル討論会が開催され、筆者も『南極隕石第1号の発見談(1969年)』を講演した。終了後、参会者全員で「ふじ」船内を見学した。

 筆者にとっては、第10次隊と第14次隊で「ふじ」にて南極を2往復、計5か月ほど生活したので、大変懐かしい。船内では、観測隊員室などがあるB1Fから3F(ブリッジ=操舵室)まで見学できる。

 海上自衛隊の砕氷艦だった「ふじ」は、退役後、希望する自治体に払い下げることになった。北海道からも網走市ほかが名乗りを上げたが、最終的に名古屋港と決まり、現在、公益財団法人名古屋みなと振興財団が運営している。

 名古屋市や愛知県が南極観測と特に関わりが深かったわけではないが、博物館あるいは記念施設として公開しつつ経営し、保存し続けるためには、人気の名古屋港水族館(2013年度入館者数204万人)に隣接するガーデンふ頭は望ましい場所だったと言える。

       ~~~~~~~~~~~~~

『南極の氷が増えている!』
                         投稿日:2015/11/06、No.203

 昨(5)日、市内のある会館で会った知人が「今朝(NHK)テレビで言っていたけど、南極の氷が増えているんですって?びっくりした」と話しかけてきた。

 そんなニュースは聞いていない。さっそく、インターネットで調べてみた。するとすぐ、出所はNASA(米航空宇宙局)のズワリー(J. Zwally)他により国際氷河学会誌(Journal of Glaciology, No. 230, 2015)に発表された論文ということが分かった。幸い、同論文をダウンロードできたので、まず、さわりだけを読んだ。

 その論文は『南極氷床の質量獲得は欠損を凌ぐ』(”Mass gains of the Antarctic ice sheet exceed losses”)というものである。ズワリーは、人工衛星データ解析による南極やグリーンランド氷床の変動の研究では世界の第一人者という大御所(現在70歳代)であり、一流誌に掲載された論文なので、一般的には内容は信頼できる。

 同論文の要旨の始めの5行を翻訳すると以下の様になる。

 “気候変化にともなう南極氷床の質量変動は海面上昇に影響を与えるが、近年の質量変動率は不確かだった。人工衛星(ICESat)による氷床表面高度データによると、2003~2008年は、降雪に起因する氷床の質量増加が氷の流出による質量損失を82 (+-25) Gt/年上回り、その結果海面上昇を0.23mm/年だけ弱めている。人工衛星(ERS)でも、1992~2001年に、同様な質量増加112 (+-61) Gt/年が得られた。”

 南極氷床を細かく区分し、従来あまりよく分からなかった地域も、詳細に質量の増減を明らかにした、という点が非常に大きな成果である。本論文によると、氷の質量増減は、南極全体で一様に起きているわけではない。南極半島を含む西南極の一部で質量減少が進む一方、東南極氷床や西南極の一部地域では質量は増加傾向にあり、この全増加分が全減少分を上回っている、ことが主要な結果である。

 この結論は、「従来の説が覆される」というものではない。おおよその傾向は従来の知見と大きく食い違うわけではなく、むしろIPCCレポート(2013)が「西南極氷床の崩壊が海面上昇に寄与している」ということを、やや強く書き過ぎたのではないかと思う。それを世界のメディアがさらに強調して報道し、「温暖化で南極の氷が融けつつある」とかの誤った考えが蔓延しているのであろう。

画像

       [写真]南極氷床の内陸氷原と山脈(1973年頃撮影)


     (続)           投稿日:2015/11/12、No.205

 前報を多少補足しよう。

 IPCC(2013)第1作業部会報告書の中の「政策決定者向け要約 (SPM)」の「B.3 雪氷圈」章の冒頭の一文は、“過去20 年にわたり、グリーンランドと南極の氷床の質量は減少し、氷河もほぼ世界中で縮小し続けてきた。”となっている(注:本記事の“******”は成瀬訳、他に気象庁訳が公表されている)。

 ここだけを読んだ人は、南極氷床がグリーンランド氷床や世界中の山岳氷河と同様に縮小し続けている、との思いを抱くであろう。

 しかし、同章の本文では次のように記述されている。
 “南極氷床の氷の平均減少率は、1992年~2001年に年間 30 [-37~97] Gtであったものが、2002年~2011年には年間147 [72~221] Gtに増加した可能性が高い。これらの減少が主に南極半島北部と西南極のアムンゼン海地域で起きていることの確信度は非常に高い。”

 つまり、氷が大きく減少しているのは南極氷床の一部地域である。これらの詳細な結果のみを合計すると、確かに、氷はかなり減少しつつあり、それは世界の海水面を上昇させる。

 一方、ズワリー・他の前の論文(2006)では、1992~2003年の南極氷床表面高度変化図にて、南緯82度以南の円形区域はデータのない空白域となっている。今回のズワリー・他(2015)の論文では、これらの高緯度地域、すなわち南極氷床の内陸域の氷の増減も詳細に明らかになったのである。

 ズワリーはNASAのサイト(10月31日)で以下の様に語っている。
 “我々の今回の結果は、南極半島や、西南極のズウェイツ(Thwaites)とパイン島地域における氷の流出量の増加を示す他の研究者たちの結果と、本質的には一致している。”

 “大きく異なる点は、東南極と西南極の内陸部である。そこの氷の増加の全量が、他地域の氷の損失の全量を上回ったということだ。”

 今までは、限られた地域の大きな氷床高度低下(氷減少)の結果が知らされていたが、このたび、従来未調査だった内陸部を含む広大な地域にて小さい高度上昇(氷増加)が検出され、氷の全量としては後者が前者を凌ぐ、ということである。

画像

  [写真]南極氷床から流出する氷河(1993年、Photo: T. Sawagaki)

    
$

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0