北大WV;開拓館;植物園;扇ノ山;鯉が窪;満奇洞;新見甌穴;松本城下町

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『北大WV創部60周年記念』 投稿日:2015/07/25   去る7月18日、北海道大学工学部において北大ワンダーフォーゲル(WV)創部60周年祝賀会が開催され、10代OBの成瀬廉二が『パタゴニアから南極へ-氷河とともに50年-』と題し記念講演を行った。

 同部のOB+現役(60~63代)の計約690名のうち300余名が出席し、同窓会としては43%という高い出席率であった。[Photo:北海道大学工学部と理学部の間の大野池、7月18日]

 ワンダーフォーゲル(Wandervogel)とは、「(渡り鳥の意)青年・学生のグループによる山野徒歩旅行の運動。20世紀初頭、ドイツに始まる。ワンゲル」(広辞苑)。我が国の大学のワンダーフォーゲルは、1928年明治大学にて始まった「駿台あるこう会」が起源となり、本格的なワンダーフォーゲル部は1935年に立教大学と慶應義塾大学に設立された(「日本ワンダーフォーゲルの起源と歴史」城島紀夫、2009)。国立大学では第1番が1950年の東京大学、次いで1955年にお茶の水女子大学と北海道大学に創部された(城島)。女子大が先駆的だったことに注目される。

 その後、大学のワンダーフォーゲル活動は急速な発展期、成熟期を経ているが、現在、ワンダーフォーゲルと称する部(クラブ、会など)が存在している大学は220校ある(大学サークル・クラブ活動支援・コミュニティサイト)。同サイトによると、山岳132、サッカー981、テニス1733大学となっているので、概ね予想に近い数字である。

 ワンダーフォーゲルの活動内容は、大学、時代によりかなり変容を遂げてきたが、一般的には、中心は登山である。しかし難度の高い、未踏(未登頂)のルートを求めるのではなく、川(沢)、平地、海、島などにおけるアウトドア活動や自然体験にも及んでいる。

 現代の各部の活動内容をインターネットから拾い順不同で列挙してみると以下の様に多岐にわたる。
 縦走登山、岩登り、フリークライミング、ボルダリング、歩くスキー、バックカントリースキー、川下り、カヌー、カヤック、ダイビング、海岸歩き、サイクリング、ハイキング、スパルタハイク(100 km)、里ワン、等。

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『旧北海道開拓記念館』
投稿日:2015/07/30、No.183 

 札幌にて半日(17日)暇ができたので、久しぶりに野幌森林公園にある北海道開拓記念館に行ってみようと、地下鉄新札幌駅からバスに乗った。行き先は間違っていなかったのだが、「開拓記念館」というバス停がなく、その近くと思われる「北海道博物館」にて下車した。

 その博物館に入ってリーフレットを見て事情が分かった。従来の北海道開拓記念館(1971年開館)と道立アイヌ民族文化研究センター(1994年開所)の2つの道立施設を統合して、本年4月新たに北海道博物館としてオープンしたのであった。

 開拓記念館は、明治初めの「開拓使」設立から昭和までの北海道の開拓と発展を主にあつかった歴史博物館だった。北海道博物館では、これにアイヌ民族の歴史、暮らし、言語、物語、歌、踊り等の展示を充実させるとともに、「北海道120万年物語」として考古学的な紹介を含めている。

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 写真はマンモスゾウ(中央)とナウマンゾウ(左奥)の骨格復元模型である。

 1975~78年に野幌丘陵(北広島市)から発見されたゾウの臼歯化石の最新の研究により、3点がナウマンゾウ、1点がマンモスゾウであることが判明した。また、化石中の放射性炭素分析により約4.6~4.5万年前という年代が得られた。従来、北海道には、氷期(寒冷期)に北方系のマンモスゾウが、間氷期(温暖期)に南方系のナウマンゾウが生息していたと考えられていたが、両種が4.5万年前頃に北海道で共存していた可能性が示された(「北海道開拓記念館だより」2013より)。

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『北大植物園』
投稿日:2015/08/04、No.184

 北大植物園は、北大キャンパスの南門や札幌駅から歩いて約10分、札幌中心市街地に接する広さ13 haの「緑のオアシス」である。園内には、北海道の自生植物を主に約4,000種類の植物が育成されている(写真:7月18日)。
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 同園は、1886(明治19)年札幌農学校に設置されて以来、同校および後の北海道大学の教育、研究に貢献するとともに、札幌市民の憩いの場としての役割をも果たしてきた。

 むかし(50年前頃)、筆者が学生~大学院生だったとき、植物を観賞する目的というよりは、散歩、読書、話し合い(打ち合わせ)等のため、しばしば来園したものだ。現在は入園料(大人)420円だが、むかしは一般市民でもすごく安かったと思われ、天気の良い昼休みなどはOL等でにぎわっていた記憶がある。

 さて、無人の昭和基地で1958-59年の1年間「奇跡」的に生存したカラフト犬2頭のうち、タロは1961年5月第4次越冬隊とともに帰国し、以後9年間、北大植物園で余生を送った。とくに「特別展示」されていたわけではないと思うが、一般の来園者もタロを近くで見たり、写真を撮ることができた。

 なぜ植物園に犬が、かと言うと、南極越冬隊の犬ゾリ用犬の飼育と訓練に尽力した北大農学部の動物学者犬飼哲夫が、長く植物園内の博物館長を務めていたこと、および植物園にカラフト犬の世話に熟達したスタッフがいたためと思われる。

 その後、老衰のため死去したタロは、剥製となって現在も北大植物園内の博物館展示コーナーの一角に座している。一方ジロは、1960年7月昭和基地で病死し、その剥製は東京の国立科学博物館にて展示されている。

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『扇ノ山ブナ林トレック』
                       投稿日:2015/08/14、No.186

 3か月ぶりに山に登った(8月11日)。鳥取県で8番目に高い扇ノ山(おうぎのせん、標高1310 m)だが、登山というほどではなく、河合谷高原上の登山口(標高1000 m)から山頂まで往復6.4 kmの尾根トレックである。

 今回は、「涼しいところへ行こう」ということが目的の一つだったので、温度計を携行し見ながら歩いた。同日鳥取市(気象台)の最高気温は昼過ぎ(13:53)の33.3℃だったが、トレッキング中観測した最低気温は尾根上のブナ林内(約1200 m)の24.9℃だった(写真、12:45)。
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 ブナは温帯を代表する樹種で、北海道では渡島半島のみに分布し、“黒松内低地帯”を北限として、本州から連続的に分布してきたブナの森が途切れ、ここから北には北海道特有の森“針広混交林”が広がる(黒松内町HPより)。

 つまり、北海道中央山地にはブナは皆無、一方本州ではどこにでもあるシンボル的な落葉広葉樹だが、分布範囲は標高600 m~1600 mの、暑すぎず寒すぎない狭い冷温帯に限られている。そして中国地方ではブナは標高700 m以上に見られ、1000-1200 mが良好な生育を示す(橋詰隼人)。

 黒松内町の年平均気温は7.4℃、鳥取市は14.9℃、その差7.5℃を標準的な高度差に換算すると1250 mとなる。ブナの生育条件が平均気温のみでは決まらないだろうが、単純な試算によると、道南を除く北海道にブナが存在しないことと、鳥取県では標高1300 m以上にはブナが見られないこととの傾向が整合する。

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『鯉が窪湿原』
投稿日:2015/08/28、No.189

 岡山県の西端、新見市の高原の一角に鯉が窪(こいがくぼ)池があり、その周囲とくに上流側に湿原が広がり、その鯉が窪湿原は国により天然記念物に指定されている。

 鯉が窪池(満水時2.7 ha)は17世紀末(元禄8年)に築造された灌漑用水地であり、池と湿原を含めた総面積は3.6 haある(新見市哲西町)。そこをぐるりと一周する木道などの遊歩道が全長2.4 kmにわたり整備されている(写真:8月21日)。
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 ここは標高550 mのところにあり、中層湿原(または中間湿原)に区分される。低層湿原は周囲より標高が低く周辺から水が流れこんでいる湿原、一方高層湿原は周囲より標高が若干高く雨水や雪解け水のみによって供給されている湿原を指す。中層湿原とはその中間、あるいは移行段階のものを言う(環境省釧路自然環境事務所、NPO法人日本国際湿地保全連合)。

 鯉が窪湿原および木道は、きれいに良く管理されていることが見て分かる。新見市が保護管理に当たっているが、地元住民の自然保護活動も活発で清掃ボランティアなどに取り組んでいるそうである。

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『満奇洞』
投稿日:2015/09/03、No.190

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 鍾乳洞が特に好きというわけではないが、旅先で近くを通り、時間があれば立ち寄ることが多い。このたびは、新見市の満奇洞(まきどう)である(写真:8月21日)。

 洞窟ポータルサイト「洞窟どっとこむ」によると、日本にて観光用に公開、非公開、入洞禁止などの洞窟は計128個ある。そこには、鳥取県は一つもないが、岡山県は15箇所あり、沖縄県と並んで西日本では格段に多い。岡山県では以前に訪れた備中鍾乳穴、神庭鬼の穴、井倉洞に次いで4つ目となる。

 満奇洞の見学ルートは全長約450 mで、観光用鍾乳洞としては大きい方だが、トップの部類ではない(例:井倉洞、全長1200 m)。しかしここの特徴は、つららや石筍が非常に多く、仏像などに見える自然の造形が見事なことである(写真)。

 なお、洞内に設置されていた温度計は14℃を指していた。同時刻(12:00)の気温は新見アメダス25℃、高梁アメダス27℃だった。

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『新見駅前の甌穴』
投稿日:2015/09/08、No.191

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 JR姫新線の新見駅前を流れる高梁川の護岸上部に「甌穴」という表示板があった(写真上部の黄色の楕円:8月21日)。

 甌穴(おうけつ、ポットホール)とは、「河底や河岸の硬い岩面にできる大きな円形の深い穴。(岩盤)のくぼみに小石などが入り込むと、渦流のため小石がくぼみの中を転がって、円形の穴に拡大する。」(新版 地学辞典)

 そう思って河床に目をやると、不規則形の穴やくぼみがたくさん見られた(写真の赤色の楕円)。しかし、「大きな円形の深い穴」のようなものはない。

 表示板の反対面(道路側)に、「・・・(約2 kmにわたって)きれいな丸い形態のもの、二つの甌穴が合体したもの、土砂が穴を埋めたもの、すでに甌穴が浸食により破壊されてしまったものなど、観察することができます。(新見市;新見駅前の鯉を育てる会)」と解説されていた。なるほど、完璧な形ではないが、甌穴と形成要因が同じと考えられたのだろう。

 甌穴はそんなに珍しいものではない。1、2年前にも本欄で取り上げたが、岡山県鏡野町奥津渓の甌穴群は観光的にも有名になっており、一方、美作市の山村部(余野付近)の甌穴群は個人的な認定のような感がする。

 鳥取県では、用瀬町赤波川渓谷の甌穴群を地元が売り出しと維持管理に力を入れており、鳥取市岩坪の砂見川の甌穴は山陰海岸ジオパークのジオサイトとなっている。また、三朝町高釜の甌穴群は発達過程などが研究されている(小玉・井上、2014)。

 新見甌穴の様に純粋な完成品ではない、出来かけや壊れかけの甌穴を含めたら、あちこちの山地、山間地にたくさんあるに違いない。しかし、新見甌穴は、新見市の中心に近い市街地の中にある、という点に特色がある。河川の両岸は立派に護岸されているが、甌穴郡が存在する河床は保全のために手をつけなかったのだとしたら、賞賛されるべきことである。

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『雪氷研究大会(2015・松本)』
投稿日:2015/09/17、No.193

 9月13~16日、松本市の信州大学にて(公益社団)雪氷学会と雪工学会との共催により、雪氷に関する研究発表大会が開催された(写真)。
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 研究発表件数は、口頭発表147(昨年148)とポスター発表146(昨年141)で、昨年(八戸)、一昨年(北見)とほぼ同数である。毎年新しい研究者が増えているはずだし、実行委員会が発表を制限することはないのに、発表総件数が年によりあまり変わらないことに驚く。雪氷の研究者数がほぼ定常になっているということだろう。

 参加者は、プログラムを見てこれらの中から聴きたい講演のみを拾い上げ、上手に会場を渡り歩ければよいのだが、実際はそれは至難のことである。さらに、「氷河」と「気候変動」、あるいは「積雪」と「降雪」のセッションが重なったりすることもあり得る。

 雪氷研究大会では、口頭発表は3会場併行で、各講演12分+質疑3分、計15分で行われてきたが、計10分(7分+3分)にして2会場方式にしたらどうだろうかと思う。発表者にとっては、時間が短くて不満があろうが、一方より多くの研究者に聴いてもらえる、という利点もある。

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『松本城下町の“食い違い”』
                   投稿日:2015/09/26、No.195

 『松本城下の時代再発見』というリーフレットに、「一ツ橋小路の食い違い」が以下の様に解説されていた。「城下町の道路は前方遮断の原則により作られています。“食い違い”と“丁字路”と“鉤の手”です。ここは今もそのまま残る典型の食い違い。」

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 さっそくその現場を見に行った(9月16日)。写真の中央奥の一方通行小路から手前の小路に進もうとする車は、丁字路で一時停止ののち右折し、すぐに左折する。自動車教習場のクランク路と同じだ。

 これを、“食い違い”と言うそうだが、どこにでもたくさんありそうである。鳥取市でも、軽自動車しか入れないような細い小路にはある。しかし、それがかつての城下町の名残か、その後に作られたものかは分からない。

 鳥取県立公文書館所蔵の「鳥取御城下全図」(原図、1858年)を調べてみたら、鳥取市街に食い違いがいくつか認められた。しかし、それらの内の主要道路のほとんどは、現在は真っ直ぐな格子状になっている。

 一ツ橋小路の食い違いは、意識して街並みを保存したためか、道に接して商店や家屋が密集しているため区画整理ができなかったためか知らないが、かなり交通量の多い場所に、昔のままの形で残っている事例は全国的に珍しいことなのだろう。

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『松本城下町の名水』
                 投稿日:2015/10/01、No.196

 松本城下町の見所は、日本最古かつ当時のままの姿で残る松本城の五重天守閣(1593-94年築造が有力)が第一であることは言うまでもない。

 第二は、市街のあちこちに名水が非常に沢山あることである。観光マップ『松本城下町湧水群』には、24箇所の井戸、湧水、泉、清水が示されている。写真は、その内の一つ、市街中心付近の大名町大手門井戸である。
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 同マップには、「松本は、女鳥羽川と薄川の複合扇状地によって、豊富な地下水が湧出する湧水地帯です。市街地中心部には、今なお多くの自噴井戸や湧水が点在し、市民の手により手厚く保全されています。」と解説されていた。

 寺や神社には、手と口を清めるための手水場があることもあるが、街中に写真のような水飲み場が多数あるところは他の市町では知らない。

 散歩の途中で、手軽に水を飲み、手を洗えることは旅行者ばかりではなく地元民にとっても嬉しいことに違いない。いつまでも、水が枯れることなく、清水を保つことを願いたい。






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