北欧の旅 (1~8)

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ソグネ・フィヨルド(ノルウェー,  2016年6月)
1. ストックホルム
 今回の旅は、フィンランド航空(Finnair)のみを利用する。6月20日朝関西空港を発ち、ヘルシンキ(フィンランド)で乗り継ぎ、同日夕、スウェーデンの首都ストックホルムに着いた。

 北ヨーロッパ各地をゆっくり旅行したわけではないので「北欧の旅」と称することはいささか憚れるが、「スカンジナビア三地域を巡る」では主タイトルとして長すぎるので、表記のままとさせていただく。

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 ストックホルムは、16-20世紀初頭に建てられた歴史的建造物を保存、利用しつつ、近代的に発展した大都市である。人口91万人は、スカンジナビアでは最大の都市である。

 まずはストックホルム観光の定番であるリッダーホルメン島のガムラ・スタン(Gamla Stan)地域にて、王宮、聖堂や13世紀からの旧繁華街を見てまわった。
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 写真は、市中央駅近くのナショナル・ロマンティシズム(民族的ロマン主義)建築の傑作と言われているレンガ造りの市庁舎(1911-23年建設)。毎年、ノーベル賞受賞記念晩餐会が開かれることでも有名である。

 建物(写真)の向こう側はメーラレン湖の一部。ストックホルム市街は、海、湖、川、運河が入り組んでいる水の都である。

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                       旧市街ガムラ・スタン


2. スカンセン野外博物館

 ストックホルム市街に隣接するユールゴーデン島にスカンセン(Skansen)野外博物館がある。1891年設立の世界最初のOpen-Air Museumと称しているので、行ってみることにした。

 ガムラ・スタンからフェリーにて10分で着く(21日)。同島に入った途端、場違いなところに来てしまったかな、と思った。船着場の横には観覧車やジェットコースターなどがあり、子供連れのファミリーが大勢いたからである。

 しかし、数分ほど奥に歩くと、野外博物館の入り口があった。
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 30 haの広いスカンセン敷地内には、他所から移設した18、19、20世紀初頭の歴史的建造物、館、開拓民の住居、農場など150箇所が点在している。この部分は、犬山市の明治村(100 ha、展示建造物67件)や北海道開拓の村(54 ha、展示建造物52棟)に似ている。
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 写真は、フィンランド国民を構成する主要な民族フィン(Finn)人の住居(ログハウス)である。民族衣装をまとった一人は、白樺の表皮の木工品を作り、もう一人は訪問者が質問すると説明してくれる。フィン人は、かつてはスェーデンの中央部にも広く居住していたそうである。

 さらにスカンセンには、スカンジナビア野生動物園、家畜放牧場、花苑、遊びの広場など多彩な施設がある。入館料に2日間券という割引があり不思議に思っていたが、家族連れでじっくり見てまわったら確かに1日では足りないだろう。


3. 港町ベルゲン

 22日、ストックホルムから直行便でノルウェーのベルゲン(Bergen)へ飛んだ。海運業と漁業で栄えてきた港町である。
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 べルゲンはノルウェー第2の都市だが、人口で見ると首都オスロの約66万人に比べ28万人と(2016.1: Statics Norweyによる)、1位と2位以下に格段の差がある。

 ノルウェーの輸出品は石油・天然ガスが最も多く、次いでノルウェー海や北海で捕れる水産物である。サケ(天然と養殖)、タラ、ニシン、オヒョウが主だが、その内ある種の魚はベルゲン港で水揚げされ、日本にも送られているのだろう。

 ベルゲン港に面したブリュッゲン(Bryggen)地区では、14~16世紀にドイツ等の貿易商人が建てた事務所や家屋が保存されており、世界文化遺産に登録されている。三角屋根の木造建築物(写真)の正面港側は、現在レストランやブティックになっており、その奥の建物は土産物店、工房、事務所、物置などに利用されている。
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 写真でも分かるが、レンガ色の木造建物はやや傾いている。奥を覗いてみたら、頑丈そうな鋼鉄製の柱で耐震補強がされていた。取り壊して完全復元すると世界遺産としての価値は低下してしまうだろうが、このような補強でいつまで持つのだろうか。


4. フィヨルド遊覧

 ノルウェー南西端のベルゲンは、フィヨルドや周辺の山、氷河、森林、動植物などの見物、散策、体験などのため、海外や国内からの旅行者の観光と余暇活動の拠点となっている。6月はすでにハイシーズンになっており、2か月前にネットでホテルを予約したが、すでに選択の幅は狭められていた。

 フィヨルド(fjord)とは、かつて存在した氷河の流動によって浸食された谷が海に没した峡湾である。最終氷期の例えば2万年前頃、スカンジナビア氷床という大きな氷の大陸が、スカンジナビア半島をすっぽり、バルト3国、ポーランド、ドイツ北部、デンマークからイギリス、アイルランドに至る地域を覆っていた。

 この氷床が縮小しつつある時代は、山岳地の氷帽や氷原から、現在のフィヨルドに谷氷河が流れ下っており、このようなときにフィヨルドの地形が作られたと考えられる。

 数多いノルウェー・フィヨルドで最大規模はソグネフィヨルド(Sognefjord)で、その中ほどのフィアランドという小さな村で、1996年6月国際氷河学会のシンポジウムが開かれた。シンポジウムの中日と終了後、研修旅行にて付近の4つの氷河を実地見学することができた。

 一方その時は、フィヨルドの中をゆっくり観光する機会がなかったので、20年後の今回は遊覧船にてソグネフィヨルド最奥のアウランズ(Aurlands)フィヨルドをクルージングすることにした。

 23日朝、ベルゲンを列車で出発し、1時間強でヴォス(Voss)着、そこからバスにて1時間強でグドヴァンゲンという小さな港へ到着した。
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 いよいよそこから、メインイベントに位置づけていたフィヨルド遊覧が始まった。フェリーボートは、ゆっくり巡航し(写真<上>)、2時間半でフラム(Flam)へ着いた(写真<下>)。フィヨルド内から氷河は確認できなかったが、山の稜線近くには多くの残雪が見られた。
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5. フラム山岳鉄道

 フラムは人口450人の小さな村である。現在はオスロからの道路が開通している上に、ホテルや別荘もあり、小ぢんまりと賑わっている。

 ここで暫し休憩した後、フラム(標高2 m)からミールダル(Myrdal, 866 m)までフラム山岳鉄道に乗った(写真)。総距離20 kmなので、平均勾配は4.3%と、かなり急である。しかし、このフラム鉄道は、普通の線路と車輪の摩擦で走るアドヒージョン(粘着)式である。

 フラムの案内冊子には「全行程の80%が勾配5.5%(=1/18)で、アドヒージョン式鉄道では世界に類がない」と述べられている。本当にそうかと調べてみたら、粘着式線路で世界一急勾配はリスボンの路面電車の13.8%ということが分かった。

 確かにリスボン市街は坂道が多く、急だが、この13.8%は部分的だし、車輌も1、2両である。したがって、10両以上連結したフラム鉄道(写真)は、実質的に世界一だろう。なお、これ以上の急勾配の登山列車などは、歯車を利用したり(ラック式)、ケーブルカー(鋼索式)となることが一般的である。
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 写真の中央右、斜めの白い線は、コールダール集落付近の滝である。正しくは鉛直の滝ではなく、急峻な渓流だが総落差は500~700 m位ある。

 大きな瀑布ヒョースホッセンでは、滝の正面展望テラスで、観光のため列車は5分間ほど停車する。6月は山岳地の融雪期なので、滝の水量は多い。
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 ノルウェーでは電力の95%を水力発電によっている。氷河や積雪からの融け水を、全国いたる所で発電に利用している。

 山岳鉄道1時間弱の後、普通の列車に2時間あまり乗り、同日夕ベルゲンに帰着した。列車-バス-船―山岳鉄道-列車と、5種類の乗り物を利用した内容の濃い日帰り旅行であった。

                    
6. ヘルシンキ

 ベルゲンを発ち、ストックホルムでワンストップの後、24日ヘルシンキへ移動した(写真:ヘルシンキ中央駅)。
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 5日間で3か国目である。同じスカンジナビア半島の近隣国なので似た国かな、と思いたくなるがそうではない。言語は各国それぞれで、私には聞き分けられないが、単語の綴りや字句がはっきり異なる。

 スウェーデンとフィンランドはEU加盟、通貨はノルウェー・クローネ、スウェーデン・クローナ、そしてフィンランドはユーロである。大変複雑で旅行者泣かせのようだが、3か国とも多くの一般市民はクセのないきれいな英語を話すし、バスの券売機やコンビニでもカードが使えるので、必ずしもポケットから小銭を取り出して数える必要はない。

 フィンランドとスウェーデンでは、毎年6月20日~26日の間の土曜日を真夏祭(Mid Summer)として国民の休日としている。ヘルシンキへ着いた日の翌25日(土)がその祭日、前夜(金)が真夏祭イヴで、あちこちで催しがあり賑わったようだ。なお、天文的な真夏(夏至)は今年は6月21日、そのとき滞在していたベルゲンの日の出は04時10分、日没は23時11分であった(timeanddate.com)。
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 さて、初めての町へ行ったとき、まずは土地勘を身につけるため、なるべく歩いて主要な広場や建物を見てまわる。写真は、市街中心に近いルーテル派本山の教会、ヘルシンキ大聖堂である。正面の大階段は、石畳の元老院広場を見渡すベンチの役割を果たしている。
  

7. ヌークシオ国立公園

 今回の旅を計画している段階で、どこかで1日は、その国らしい自然の中でハイキングをしようと考えていた。実は、これは思い立てばどこででも可能というわけではない。その理由の第一は、現地までのアクセスの問題である。

 自動車や団体バスを使わないとすると、移動手段は列車と乗り合いバスである。ヘルシンキの観光案内所にていろいろ相談した結果、いち推しはヘルシンキ近郊のヌークシオ国立公園(Nuuksio National Park)であった。

 25日、ヘルシンキから列車30分でエスポー着、バスに乗り換えて30分で、ヌークシオ国立公園内のバス停で下車した。辺りには家など何もない。道路標識にしたがって、簡易舗装の道を2 km歩くと、広い駐車場があり、その奥のハウッカ池(Haukkalampi)の畔に自然情報センター小屋とトイレと水場があった。

 情報センターのガイドに尋ねると、ここを出発点とするハイキングの周回トレールは、2.5 km、4 km、7 kmコース他があり、これらを組み合わせることもお薦めだ、とのことだった。
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 4 kmコースを歩くことにした。平坦な森林内(写真<上>)や、丘を越えたり、湖畔(写真<下>)をたどる。全般的に、厳しくはないが、ある程度のアップダウンがある。
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 フィンランドの森林関係ウェブサイトの記事などを総合すると、この国の森林はほとんど全て、ヨーロッパトウヒ、ヨーロッパアカマツ、カバ(白樺)の3種が主である。何となく日本のどこかに良く似ている。

 1時間45分で4 kmを一周した。やや物足りない気がしたが、もう一つ行くには、帰りのバスの時間に際どくなるかも知れず、断念した。結局、車道4 km+林内4 kmのハイキングであった。


8. エストニア

 ヘルシンキに着いてから観光パンフレットを見ていて、バルト海対岸のエストニアへ簡単に行けることを知った。これは予定外だが、面白そうである。幸いヘルシンキ滞在の内1日は、休養日というか予備日というか、特に目的を定めないフリーな日としていた。

 ヌークシオから帰った日の夕方、ヘルシンキの埠頭へ乗船券の予約に行った。エストニアの首都タリン(Tallinn)まで、普通のフェリーだと片道2時間半、高速艇だと1時間40分である。しかし、翌日(26日)の高速艇はエコノミークラスが満席のため、プレミアムの往復券を買った。

 エストニアは、ラトビア,リトアニアとともに「バルト三国」と呼ばれ、その3か国の最も北に位置する。バルト三国は、近代以前はそれぞれ独自の歴史を歩んでいたが,18世紀には帝政ロシアの支配下となり、その後独立するが,1940年に今度はソ連に併合された。そして1991年、バルト三国は独立を果たし、ソ連崩壊に至った。

 タリンの旧市街区域が世界文化遺産に登録されており(1997年)、北のスカンジナビアから、東に接するロシアから、多くの観光客が集まる人気の地域となっているようである。
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 旧市街の石畳の道路の両側は、織物、刺繍、工芸品などエストニア民芸品店や、みやげ物店、カフェ、資料館、博物館などが並んでいる(写真)。観光シーズンさ中で人は多いが、騒がしくはなく、落ち着いた可愛い雰囲気を感じさせる古都だった。
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 旧市街を3時間半ほどゆっくり歩いて見て廻り、同日夕方ヘルシンキに戻った。翌28日夕、ヘルシンキを発ち、29日朝、関西空港へ帰着した。予定外のこともあり、北欧4か国の旅となった。

                   [完]


    





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