尾道;生名島;門司;低山、貝塚、牛臥山;飛龍滝;鷲峰山;京都

『日本遺産 尾道』                投稿日:2016/03/02、No.240
 広島県南東部の尾道は、「尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市」というタイトルで、昨(2015)年4月、「日本遺産(Japan Heritage)」18件の一つとして文化庁により認定された。

 世界遺産(文化遺産)は既存の文化財の価値付けや保護・保全のための新たな規制を図ることを目的としているが、日本遺産は、地域に点在する遺産を「面」として活用し、発信することで、地域活性化を図ることを目的としている(文化庁)。

 具体的には、地域に受け継がれている有形や無形の多くの文化財をパッケージとし、ストーリーを組み立て、その地域の市町村が、都道府県教育委員会を経由して文化庁への申請し、審査を経て認定される。

 尾道三山と対岸の島(向島)に囲まれた尾道は、町の中心を通る「海の川」とも言うべき尾道水道の恵みによって、中世の開港以来、瀬戸内随一の良港として繁栄し、人・もの・財が集積した。その結果、限られた生活空間に多くの寺社や庭園、住宅が造られ、それらを結ぶ入り組んだ路地・坂道とともに中世から近代の趣を今に残す箱庭的都市が生み出された。(「尾道ストーリー」概要の抜粋)
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 写真は、尾道三山(浄土寺山、西国寺山、千光寺山)の一つ、千光寺から見下ろす(手前から)尾道市街、尾道水道(幅200~300 m)、向島(2月27日)。

 日本遺産は、世界遺産登録を目指しながらそれが叶わなかった「一歩手前」という感がしないでもないが、地元では観光資源として地域創成に活用しようと力を入れている。しかしながら、日本各地で、世界遺産(19件)、世界(文化)遺産暫定リスト(10件)、世界ジオパーク(8地域)、日本ジオパーク(39地域)とかなり乱発気味のため、地域外の一般人にとっては、日本遺産の盛り上がりは今一つの状況のようである。

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『瀬戸内海、生名島』
                    投稿日:2016/03/06、No.241

 本州と四国を結ぶ橋は、神戸市(兵庫県)~淡路島~鳴門市(徳島県)、倉敷市(岡山県)~坂出市(香川県)、および尾道市(広島県)~島々~今治市(愛媛県)の3本ある。いずれも、本州四国連絡高速道路会社が管理する有料高速道路である。

 10年前から現在までの間に、これらの3つの道路を自分の車で通ったことがある。しかし車を運転していると、高速道路が高架区間を通過している感じがするだけで、「海を渡った」という感覚はほとんどない。次に機会があったらバスがいいな、と思っていた。

 1週間前の日曜日(2月28日)、尾道から路線バスにて向島、さらに因島へ渡り、因島南端の終点、土生(はぶ)港へ着いた。ここから対岸の愛媛県生名(いきな)島へは橋がなく、正味航行時間3分のフェリーで渡る他はない(写真)。
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 この生名島にて「ゆめしま海道いきなマラソン」が開催された。瀬戸内海の島を走ることは初めてである。10 kmの部は、生名島を1/3周した後、橋を渡って佐島へ、そこを縦断してからさらに弓削島に入り、その入口で折り返す。

 海に架かる2つの橋を往復4回渡り、車窓からではなく道路の上から、煙霧気味ではあったが瀬戸内の海と島々の眺望を堪能した。

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『レトロ門司港』
                 投稿日:2016/03/10、No.243

 生名島から尾道に戻って、福山から新幹線で九州へ渡った。随分おかしな旅行ルートと思われそうだが、実は今回、JR西日本管内3日間フリーパスを利用したため、今まで行ったことのない小倉と門司港を観光した。

 JR門司港駅は、関門(下関-門司)海峡ルートから少し外れているので、本州から列車で九州へ向かう人は通らない。しかし最近は、レトロな街並みとして、北九州市の重要な観光スポットとなっている。

 門司港は明治の後半から国際貿易港として栄え、大正期や昭和初期の各種の建物が、現在も資料館、ギャラリー、カフェなどに利用され、旅行者に親しまれている。
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 写真の右のレンガ色の建物は、1917年建築の旧大阪商船支店で、現在は美術館となっている。

 左は三井物産の社交倶楽部として1921年に建築されたヨーロッパ風の木造建物で、1994年に市街中心の現在地に解体再建、移築された。

 2階には、アインシュタイン夫妻が宿泊した居間や寝室が当時に近い姿で公開されていた。同博士は、1922年日本各地にて講演を行い、最後の福岡講演の前後に門司三井倶楽部に連泊したそうである。

 芸術、文化、音楽に造詣が深かったアインシュタインは、日本で一般市民向けの公開講演か、あるいは先端物理学に関し専門家や学究の前で特別講義を行ったのか知りたかったが、いろいろ調べてみた限りそれは分からず、ただ日本旅行の目的と概要を、『アルベルト・アインシュタインと日本』(中澤英雄、2005)から以下に抜粋する。

 「アインシュタインは、雑誌・改造社が企画した日本講演旅行を承諾し、1922年10月8日、妻のエルザとともにマルセーユで日本郵船の北野丸に乗船した。彼がまだ香港から上海に向かう船上にいた11月10日、1921年度のノーベル物理学賞が彼に授与された。このニュースは、相対性理論という神秘的な学説を樹立した世紀の天才物理学者に対する日本人の熱狂的崇拝をいやが上にも高めた。
 11月17日に神戸に上陸したその瞬間から、日本中、彼が行くところ、アインシュタイン・フィーバーが巻き起こった。
 (略)
 神戸に上陸したときの記者会見で来日の目的を聞かれて、彼はこう答えている。”それは2つあります。1つは、ラフカディオ・ハーンなどで読んだ美しい日本を自分の目で確かめてみたい――とくに音楽、美術、建築などをよく見聞きしてみたい――ということ、もう一つは、科学の世界的連携によって国際関係を一層親善に導くことは自分の使命であると考えることです。”(金子)
 (略)
 日本で数々の心あたたまる歓待を受けて、12月29日、アインシュタイン夫妻は門司港から日本郵船の榛名丸に乗船し、帰国の途についた。」

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『日本一低い山』     
              投稿日:2016/03/14、No.244

 世界/日本一大きい湖、長い川、高い山はどんな地図帳やデータブックにも載っているが、世界/日本一小さい湖、短い川、低い山はそもそも存在しないはずである。これらは限りなくゼロに近い小さいサイズがあり得るので、世界/日本一を決定できないからである。

 先日インターネットで、大阪に「日本一低い山」があることを知った。「日本一夕日が美しい浜/スポット」と同様に地元が勝手にそう呼んでいるのか、あるいは何らかの基準を定め、それに合致する範囲内の最小なのだろうかと興味をそそられた。その基準とは、例えば、日本庭園や公園内の小山のような人工構造物は除くとか、ある面積の領域内にて抜きん出た高まりを山と呼ぶとか、……。

 3月1日、大阪で時間があったので、その山を見に行った。目指すは天保山。地下鉄中央線が地上に出て間もなく、海に近い大阪港駅から安治川に向けて歩くとすぐ天保山公園があった。その片隅の川岸に「日本一低い山」(標高4.53 m)があった(写真)。
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 写真の左に、基本測量/三角点と記した杭が見られ、その手前に四角の標石が埋められていた。これは、国土地理院の基準点(二等三角点)であることは間違いない。その基準点の名称は天保山なので、国土地理院に山として認定されたようにも感ぜられる。

 天保山公園の入り口に次の解説板があった。
「天保山跡 天保二年(1831)安治川をさらった土砂でできた山 目印山ともいい大阪名所の一つであった」

 川をさらった、とあるので浚渫した土砂を積み上げてできた山である。当初は標高20 mを超えていたが、戦後の地盤沈下の影響などにより低くなったそうである。つまり、天保山は自然の山ではないが、200年近く前からサクラやカエデの名所として親しまれてきた歴史があるので、山として認めても良いのではないかと思う。
     
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『佐太講武貝塚(島根県)』
                 投稿日:2016/02/20、No.238

 佐太講武(さだこうぶ)貝塚は、松江市北部の鹿島町にて、宍道(しんじ)湖と日本海を結ぶ佐陀(さだ)川の下流の両岸に広く分布する貝塚遺跡である。ここは、縄文時代前期(約6,000年前)に形成された貝塚で、国内では非常に古い。

 鳥取県には貝塚はないか、または発掘されていない。島根県は、縄文時代から古代以前の各種遺跡は数多くあるが、貝塚は少ない。

 先週(2月10日)、出雲への途次、佐太講武貝塚を見に行った。佐太や講武は、鹿島町内の地名である。地図で目星をつけた付近へ行くと、鹿島中学校のグラウンドに隣接する私有地の畑の前に、「史跡 佐太講武貝塚」の解説板があった。しかし、畑の周辺を探したが、貝塚の露頭とか、覗き見るような観察サイトはなかった。

 その代わり、この貝塚から採取された貝層の大きな剥離標本(写真)が鹿島歴史民俗資料館にて展示されていた。貝層はヤマトシジミが圧倒的に多く、当時この付近には汽水の潟湖があったことが推察される。
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 また、貝層(写真)の中に「江戸時代の杭」「魚の骨」「イノシシの牙」が見られるとともに、各種の土器、石器も出土している。土器類の遺物は、九州や朝鮮半島の影響を受けたものだそうである。

 なお、同貝塚は1933年に国の史跡に指定され、1990年下水管埋設事業にともない、全長110 mにおよぶ大規模な発掘調査が行われた。

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牛臥山、軽登山
               投稿日:2016/11/04、 No.299
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 山の紅葉にもまだ少し早い時期だが、10月20日、秋の軽登山として智頭町の牛臥山(うしぶせやま、729 m)へ行ってきた。
 標高の6合目相当(448 m)に牛臥公園があり、そこが登山口である。写真は、同公園から見た牛臥山、低い山だがどっしりと構えている。

 登山ルートの初めはやや急な斜面を直登し、尾根に出てから緩い傾斜をたどると片道50分で頂上に達する。

 山頂の樹木は伐採されており、見晴らしは非常に良い。頂上から西側の眼下に智頭の町並みと周辺集落が、その奥に篭山(905 m)を望み、南西方向の遠くに那岐山(1265 m)および連山が霞んでいる。さらに、頂上から南に穂見山(976 m)、北に洗足山(736 m)が見える。

 頂上の看板に、牛が伏せた姿に似ているため牛臥山と命名された(1923年)、と解説されていた。その横の石碑には、「宇し婦世山」と彫られており、これは1932年智頭町内で最高齢だった山崎すゑ氏(91歳)による書、と記されている。「宇し婦世」とは、何か意味があるのか、単なる当て字なのか、どこにも説明がなかった。

 山の名前は、例えば東山、高山、大山のような単純なものではなく、山の姿・形から連想される、あるいは歴史的な由来のある名のほうが、親しみがわくとともに惹きつけられる。そういう意味では、鳥取県内では鷲峰山、扇ノ山、那岐山などが秀逸な名で、牛臥山はそれに次ぐ感じである。

 なお、国土地理院ウェブ地図で調べたら、牛臥山は高山市(標高720 m)と沼津市(70 m)にあった。さらに、牛伏山は上田市美ヶ原(1990 m)と高崎市(491 m)にある。やはり、良い名は多くの人が思いつくのであろう。

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飛龍の滝 
投稿日:2016/11/14、No.301

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                     Photo: 西播磨富満高原(2016.11.13)

 昨(13)日、紅葉を求めて兵庫県西播磨の富満(とどま)高原を車で巡った。行楽地としてはあまり有名ではないので、日曜日の昼間ながら、訪れる人には時々しか出合わない。
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 写真は、智頭急行久崎駅から3 kmほど山に入った佐用町櫛田地区の「飛龍(ひりゅう)の滝」である(標高220 m付近)。落差は20 m余りで、滝としては規模が小さい。

 しかし、三段に分かれた滝の水は岩肌の上をなめるような渓流となり、その姿は華麗である。ただし、流量が年間で最も少ない季節なので、迫力が欠けることは致し方ない。

 なお、この滝は兵庫県文化財に指定されている(1987年)。しかし、その割には、佐用町観光協会のウェブサイトにて簡単に紹介されている他は、リーフレット等でもほとんど見かけない。山道としては立派な舗装路が滝まで整備されているが、あまり観光地としては力を入れていないようである。

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紅葉の鷲峰山登山 
投稿日:2016/11/20、No.303

 鳥取市鹿野町の鷲峰山(じゅうぼうさん)は、高い山ではないが(標高921 m)、北側の気高町や鹿野などの里から見ると鷲が翼を広げているような形をしているため鷲峰山と名づけられている。

 鳥取市街や砂丘からも、西の方向にその雄大な姿を望むことができる。どの方角から見ても裾が広いということは、標高の割には山の体積が大きいことを示している。

 紅葉の盛りと思われる時期の好天日(11月17日)に、その鷲峰山を登ってきた。鷲峰山の登山ルートには、北側から入る最も主流の古仏谷コース(上り2時間30分)と小畑コース(2時間)、西の小別府付近からの林道山王線コース(1時間30分)、南西からの河内コース(2時間)、および南の鳥取市安蔵森林公園から入るコースがある(所要時間は鹿野山紫苑による)。

 これらの内、森林作業道を標高420 mまで車で行ける、最も簡単な山王線コースを利用した。標高差はちょうど500 m、上り1時間35分、下り1時間05分のトレッキングだった。
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 鷲峰山は、鳥取県の他の多くの山と同様に、戦後から20数年間、国有林にてブナ・ナラ等の広葉樹を大掛かりに伐採し、スギやヒノキの針葉樹を植林した。写真はその典型例で、稜線上(600-900 m)の登山道を挟んで、左(西)側はスギ、ヒノキの人工林の緑であり、一方、右(東)側は落葉樹の天然林で紅(黄)葉が鮮やかであった。

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京都散歩 
投稿日:2017/03/27、No.343

 京都で小さなイベントに参加した折に、2時間ほど金閣寺エリアを散歩した(3月25日)。
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 前回は、銀閣寺から南禅寺まで「哲学の道」を歩いたので、今回は金閣寺~龍安寺(写真)~仁和寺の「きぬかけの路」を辿った。遊歩道や小径としては前者が格段に優れているが、後者は全長2.5 kmの観光道路沿いに3つの世界遺産文化財(寺)を巡るという特徴がある。

 京都に限らないが、大都市や著名な観光地は外国人旅行者が多い。国別訪問者数(2016年)は、中国、韓国、台湾が僅差で1~3位、それに香港、アメリカ、イギリスなどが続く(日本政府観光局)。

 私の限られた経験に基づくと、大阪は中国、韓国などのアジア系が多いが、京都は欧米系が凌ぐ(写真)、という印象であった。

 ネットで探していたら、これを裏づけるデータを見つけた(観光局)。外国人旅行者の訪問先都道府県の10傑(2014年)は、東京、大阪、京都、神奈川、千葉、愛知、福岡、北海道、兵庫、奈良である。

 この内、大阪府は中国・台湾が42%、韓国・香港・タイが28%と、アジア系が70%以上を占めている。一方、京都府は、中国・台湾が32%、米・英・独・仏・濠が29%で、欧米系がアジア系に切迫している。

 民族性や国の事情などにより、旅行の動機や主たる目的の相違が大阪と京都の数字の差に現れているのだろう。

 
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