スイス・アルプスの旅 (1)-(13)

 (投稿日:2018/07/13~08/21)
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               [Photo] アレッチ氷河(2018.7.7)
(1) *はじめに*
 スイスには今までに3回行ったことがある。いずれも国際研究集会に出席した後、研究打ち合わせとか氷河予察などの名目で、個人的な旅行をしたものだった。

 1987年は、ドイツ北部ブレーメルハーベンにおける南極氷河シンポジウムの後、オーストリー、スイスを数日間鉄道にて移動した。1999年はチューリッヒの雪氷圏シンポジウム、2003年はダボスの雪崩シンポジウム終了後、スイスの観光名勝地を駆け足で訪れた。

 これらの旅の断片的な場面々々は鮮明な印象があり、スケールの大きな自然と、そこになじんだような自分の姿を思い出すと、静かな感動を覚える。いつかもう一度行きたい、行こうと思っていた国である。

 今回の旅のコンセプトは、「スイス・アルプスの氷河を眺めながらハイキング」と明確に定めた。難易度、体力度など多種、多数のハイキング(トレッキング)コースの中から、4、5個を選び、3か月前から旅行計画を練ってきた。

 7月4日朝鳥取発、昼羽田発の予定だったが、4日の鳥取は西日本豪雨災害の前兆の大雨の可能性が僅かにあったので、前日(3日)急遽鳥取を発ち、4日予定通り羽田発、ミュンヘン経由、同日夜チューリッヒに着いた(写真:チューリッヒ駅前通り、5日朝)。
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(2) *モルテラッチ氷河*

 チューリッヒから列車を3回乗り換え、4つ目はイタリア・ティラノ行ベルニナ線の鈍行である。向かう所はモルテラッチ駅。

 スイスの鉄道のローカル駅の多くでは、“Stop on Request”(リクエストがあれば止まる)という方式である。今回これは初めての経験で、やや緊張したが、日本のバスや路面電車では当たり前にあるので、“次は○X駅”との表示が出たら、すぐにボタンを押せば良い。

 モルテラッチ駅前には、ホテル1軒とレストラン1店があるのみで、付近に家屋や集落があるのかどうかは分からない。そもそもこの駅は、モルテラッチ氷河観光の拠点として設けられたものである。

 今回の旅では、まず足慣らしとして、最も平易でポピュラーなコースのここを選んだ。駅裏からモルテラッチ氷河へ向かって、ほぼ真っ直ぐな林道を、片道2.5 km、高度差110 mほど上ると、約50分で氷河の末端に達する。

 現在は、氷河から流れ出る川に遮られ、特別な装備と技術のある人以外は、氷河の上に登ることはできない。

 家族連れ、高齢者、若者カップル、高校生や大学生の研修グループなど、この氷河見物に訪れる人は途切れることがない(写真:5日夕方)。
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(3) *ピッツ・ベルニナ*

 モルテラッチ氷河は、一見人里から程近い山間の氷河のように感じられる(写真:モルテラッチ駅付近から望む同氷河)。

 しかし、氷体としては、スイス南東部山群の最高峰(4049 m)ピッツ・ベルニナ(Piz=山頂 <ロマンシュ語>)の頂上付近からつながっている。ただし、写真(5日)では、山頂は右上隅の雲の中である。
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 世界の氷河台帳(WGMS, 2012)によると、同氷河の最高点は4020 m、最下点(末端)は2085 m、全長は7 kmで、数多いスイス・アルプスの氷河の中でも大きい部類である。

 この氷河では、近年の氷河後退の詳細な記録が多く残されている。
 前報(No.459)の写真をクリックして拡大することができれば、写真右端の柱の頂部に「1990」と記されていることが見える。これは、1990年に氷河の末端がここにあったことを示している。

 実は1987年、スイス雪崩研究所のB. Salmの案内でこの氷河へ来たことがある。その際、アイゼン(靴底の爪)などがなくても氷河の上に簡単に登れた、という記憶がある。そのときの氷河末端位置が、前報の写真撮影点である。この30年間で、激しく氷河が後退したことが分かる。

 遊歩道のモルテラッチ駅付近に、「1860」の標識があった。氷河の後退が等速度だと仮定すると、158年で約2.5 km後退だから、1年に約15 mということになる。

 この15 m/年はかなり大きい速さだが、現在は氷河末端が急斜面に達したので、これからは、氷河の後退速度は穏やかになるのではないかと思う。氷河末端の鉛直方向の後退速度が同じ場合、緩斜面では水平方向の後退が大きく現れるからである。

(4) *ベルニナ峠*

 スイス最大の私鉄ベルニナ線は、東部の高級リゾート地サン・モリッツ(標高1775 m)から南東方向の山岳地に向かう。モルテラッチ駅(1896 m)を過ぎてから傾斜がきつくなり、ベルニナ峠(2253 m)を越えるとティラノ(430 m)まで一気に下る。

 この鉄道は、2本線路の上を普通の車輪で走るため、急勾配を上り下りできず、そのため線路のヘアーピンカーブやループが何か所かあり、また鉄橋や石橋も多くある。

 このような鉄道の特殊性、およびその結果として車窓からの景色が右に左に変化に富むことが評価を得、「レーティッシュ鉄道アルブラ線/ベルニナ線と周辺の景観」が2008年世界文化遺産に認定された。      

 6日、このベルニナ峠にある駅オスピツィオ・ベルニナで列車を降り、そこからイタリア方向の次の駅アルプ・グリュム(2103 m)までハイキングすることにした。
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 写真はベルニナ峠。手前の建物はオスピツィオの駅舎と貨物車両、その向こうはラーゴ・ビアンコ(白い湖)である。

 湖水は、周囲の氷河の融け水が集まっているので、岩盤を削った微細な鉱物粒子を含み、白ではないが、白っぽい青色となっている。なお、峠に湖はめったに見ないが、このラーゴはダムでせき止められた人造湖である。

 オスピツィオ駅から湖沿いに歩き、ダムを過ぎるとトレールは150 m下のグリュム駅を目指して下っている。しかしそれでは、1時間余りのハイキングで終わってしまうので、途中から丘を一つ登り、氷河を眺めるポイントに向かった。

(5) *サッサル・マソンとパリュ氷河*

 やがて前方に石造りの山小屋(ヒュッテ)が見えてきた。それから5分、最後の坂道を上って到着。

 ここは、サッサル・マソン(2355 m)で、ピッツ・ベルニナ~ピッツ・パリュ(3900 m)と連なる峰から東に伸びる尾根の肩である。自然の展望台のような、素晴らしい眺望地点である。

 この地点は、スイスの観光マップには山岳ヒュッテの記号で示されているが、日本のガイドブックにはレストランと記されている。主人とおぼしき人がヒュッテの外で忙しそうに仕事をしていたので、何らかの営業はしているようだった。
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 ヒュッテの山側に回ると、正面に、向き合うようにパリュ氷河があった(写真)。この氷河の源頭はピッツ・パリュの頂上直下3870 m、末端は2640 m、全長は4 km(WGMS, 2012)で、アルプスでは中規模な氷河である。しかし、幅広く、岩壁に張りついた氷河は迫力がある。

 ヒュッテに隣接して石積の円錐形の小屋(写真)が2戸あり、入り口の上に手書きの「1876」と「1881」が認められる。これは建立年を示しているのだろう。

 この石室は、ヒュッテができる前の登山者のための避難小屋だろうと思った。しかし、ネットで調べていたら、この石室の写真が見つかり、「昔の羊飼いの小屋」とタイトルがつけられていた。

 サッサル・マソンの展望テラスからは、山や氷河のみではなく、谷底のアルプ・グリュム村が良く見える。草つきの急斜面をジグザグのトレールに沿い、高度差250 mを下って、グリュム駅に着いた。今日一日のハイキングは、峠の駅を出発してから丁度3時間だった。


(6) *氷河急行と普通列車*


 翌7日、スイス中南部のフィーシュへ向かった。08:43モルテラッチ駅発、途中5回乗り換えで、普通列車に6つ乗り、14:53フィーシュ駅着、所要6時間10分だった。

 この区間を氷河急行(Glacier Express:特急とも言う)利用の場合、同時に出発し、サン・モリッツにて1回乗り換えのみで、15:10フィーシュ駅着、所要6時間27分である。この例では、急行より普通列車の方が速い。

 その理由の一つは、この路線の多くの部分は山岳地を通るため(最高点2033 m)、傾斜の急な区間の線路は3本、中央の1本は歯車のラック鉄道(写真)のため、スピードを出せないことによる。
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 また、氷河急行はパノラマ車両の観光列車であり、「世界一遅いエクスプレス」を売り言葉として、車窓からの景色と食事をゆっくり楽しんでもらうため、あえて普通列車を追い越すようなことをしない。

 なお、急行の名称に「氷河」がついているが、この路線からは氷河を間近に見ることはない。遠くの氷河をいただいた山々を望み、峡谷をぬう291個 の橋を渡り、教会がある山間の村落、放牧地など、スイスらしい景観が次々に見られる。  

 氷河急行は座席指定制であり、夏の観光ハイシーズンは、前日や当日では予約が難しい。しかし一方、普通列車は1時間に1本は確実にあり、乗り継ぎ時間は3~10分程度で無駄がなく、自由席の方が柔軟に行動できる。

 外国人旅行者にとっては、乗り換え駅を見過ごさないよう注意を払うことは精神的な負担であり、大きなバッグを持ってホームの階段を下って上ることは楽ではないが、これも旅の一部と思えば、良き思い出となる。

(7) *アレッチ氷河*

 フィーシュは人口900人の山間の小さな町だが、冬はスキーヤーやボーダーで賑わい、中規模ホテルや可愛い外装のペンションなどが数多くある。

 7日朝、フィーシュ(標高1070 m)からロープウェイにて、中間駅で1回乗り換え、計20分ほどで稜線の頂部エッギスホルン(2869 m)へ到着した。

 建物から外へ出ると、眼下に氷河の全貌が見えた(写真)。これが、アレッチ氷河である。今回のスイス旅行の目的の第一番は、このヨーロッパ最長の氷河を眺めることにあった。
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 写真の右から左へ流れるアレッチ氷河は、右手前の岩峰の奥にかすかに見えるユングフラウ頂上(4158 m)を源頭とし、中流で南向きから西向きに方向を変え、標高1565 mの末端まで、全長25 km、面積83平方km(WSGS,2012)の大氷河である。

 ヨーロッパ最大(面積)の氷河は、アイスランドのヴァトゥナヨックル氷帽に譲るが、アレッチ氷河はアルプス最大である。氷の厚さは、最大900 mある。

 エッギスホルンからはアルプスの多くの著名な山を望むことができる。ユングフラウの右に氷壁のメンヒ(4107 m)、さらに右には岩峰アイガーが並んでいる。

 写真の左、氷河末端の西に目を転ずると、遠くにはアルプス最高峰モンブラン(4810 m)が小さく、その左にヴァイスホルン(4505 m)、さらに左に小さく尖ったマッターホルン(4478 m)を見ることができる。

 雲ほとんどなく、風穏やか、暑くも寒くもない中、エッギスホルン展望台周辺の20-30mを行ったり来たりしながら、山と氷河の眺望を心行くまで楽しんだ。

(8) *フィーシャーアルプ*

 エッギスホルンから、尾根に沿い下流方向にトレッキングに行く人たちが多くいた。山岳ガイドに率いられたグループはアレッチ氷河に向けて下りて行った。

 現地の観光マップによると、エッギスホルンから中間駅へ向かう登山道がある。しかし、エッギスホルン周辺は結構急峻な岩場のため、簡単なルートではなさそうである。

 ハイカーたちの動きを見ていたが、中間駅方向へ下って行く人はいなかった。ロープウェイの係員に尋ねたら、「今は通行できない。雪もあるし」とのことだった。トレールの整備ができていないためだと思われる。

 そこで、ロープウェイにより中間駅フィーシャーアルプ(2212 m)に着いた。アルプ(alp)とは高山を指すこともあるが、“山の牧草地”をも意味する。ここのアルプは、谷底から稜線までの急斜面の中間、テラス状に横に広がる緩い斜面である(写真)。
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 冬期はスキー場の中心になるため、アルプにはロッジやレストランがいくつかある。

 隣接する3つの鉄道駅から稜線上まで3本のロープウェイがほぼ平行に走り、アルプには中間駅がある。したがって、冬はスキー、夏はハイキングで、うまく乗り物を利用すれば多彩なコースを楽しむことができるだろう。

 さて、フィーシャーアルプから、放牧地の中のトレールを等高線沿いに隣のベットマーアルプ手前まで、片道1時間のハイキングをした。写真の遠景には、氷雪に被われたヴァイスホルン、その左に小さい三角形のマッターホルンを望む。

 その後、同じトレールを戻り、ロープウェイにて下山し、列車でブリグ、スピエス、インターラーケンにて乗り継いで、夕方グリンデルワルトに着いた。

(9) *ユングフラウヨッホ*

 グリンデルワルトは、観光、登山、トレッキング、スキーなどの拠点となる村だが、数多くのホテル、レストラン、ショップ等が並び、外国人旅行者など多くの人で賑わう街である。
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 ここから登山電車でアイガー直下のクライネ・シャイデック(2061 m)まで行き、別のラック式のユングフラウ鉄道に乗り換える。写真(9日午前)は、クライネ・シャイデックの鉄道乗り場、左隅がアイガー氷河、その奥の峰がメンヒ(4107 m)、右の大きな岩峰がユングフラウ(4158 m)、その右の白い円錐はシルバーホルン(3659 m)である。

 ユングフラウ鉄道は、アイガー氷河の右岸末端付近からトンネルに入り、アイガーの中央付近で右に120度ほどカーブして、真っすぐメンヒの中を通過し、ヨーロッパで最も高い鉄道駅ユングフラウヨッホ(3454 m)に着く。

 トンネル入り口の標高は約2330 m、トンネル全長は7.1 kmなので、平均勾配は約14%となる(最大勾配は25%とのこと)。この地下登山列車は1912年に開通したが、19世紀後半によくこんな鉄道を考えたものだ、と思う。その結果、山の上部では、人工的な構造物は外からは一切目に触れることがない。

 ユングフラウヨッホのヨッホ(joch)は鞍部または肩を指し、すなわちユングフラウとメンヒ間の鞍部にある大岩である。駅は地下にあり、駅に直結してレストラン、ショップ、アトラクションなどの各種施設や、アイスパラス、大岩の上の展望台などがあり、どこも大勢の人出である。

 それらの施設間はエレベーター、エスカレーター、階段、水平通路(トンネル)で結ばれているが、うっかりすると自分の現在位置を見失いそうになる。

 なお、年間来場者は2015年に100万人を突破した(Jungfrau Railway)。

(10) *ユングフラウ雪原*

 スフィンクス展望台(3571 m)から360度の眺望後、ユングフラウヨッホの外に出た。そこからは大雪原が広がっている。ユングフラウフィルンである(firn、フィルン/ファーン:多年雪、雪渓、雪原)。
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 メンヒの方向へ、観光客たちが散歩に向かっている(写真)。標高は3500 m前後なので空気は地上の2/3、念のため初めの15分は超ゆっくり歩いた。雪はよくしまり、靴が埋まらず、歩きやすい。

 写真は、200 mほど歩いたところで、後ろを振り返って見た光景である。中央の大勢が出入りしている岩山がユングフラウヨッホであり、その頂部に展望台が、その上に天文台(観光不可)がある。

 左奥の雪原が、アレッチ氷河の源流部である。すなわちここに降った雪が、圧縮されて氷に変わり、下流に向けて流れている。アレッチ氷河の流動速度は100-200 m/年、上流の雪原部はもっと遅いので、ざっと見積もると25 kmの氷河末端に達するまでには千~数千年を要する。

 写真左手前のテントの周辺は、子供用のスキー、ボード、ソリの滑走場である。また、ユングフラウヨッホの岩山の中段から、ワイヤーを滑車により滑り降りるジップラインも行われていた。

 また、本格的な登山装備をもったグループがメンヒ山小屋に向かって行った。山小屋泊なら、翌日昼までにメンヒを登頂し、夕までに下山できる。この他、アレッチ氷河を下流部まで歩くガイド付き1泊のトレッキングもあるそうだ。

 ユングフラウヨッホは、高山を体験し景観を楽しむだけの観光地ではなく、ヨーロッパ最高所にて雪遊びから本格的アウトドアスポーツまで可能な、総合的なレクリエーション地と言える。

(11) *アイスパラス*

 ユングフラウ雪原を数10分散策した後、ユングフラウヨッホの施設に戻り、地下の通路をしばらく歩くと、アイスパラス(氷の宮殿)に着いた。
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 そこは、床、壁、天井とも氷である(写真)。アレッチ氷河の中を穿った氷の回廊、とのことである。

 初めの一瞬、これらの氷は人造氷ではないだろうか、と思った。なぜなら、シャモニー近くのメール・ド・グラスでは、氷河内の観光用トンネルは、氷洞穴の変形のため、毎年10-30 m離れて新たに掘りなおしているが、ユングフラウヨッホでは、スペースが限られているので多分それはできない、からである。

 しかしながら氷のトンネルの天井や壁をよく見ると、土砂が混入した黒っぽい色の層があった(写真)。これは、雪が積もったときの夏の層に違いない。また、気泡が多い白い氷と、透明な青い氷の互層が見られた。

 以上の2点から判断すると、この氷は、ユングフラウフィルンに降った雪が圧縮されて氷になった、正真正銘の氷河氷である。

 どこかの解説文に、アイスパラスは表面(雪面)から30 m下にある、と書かれていた。あまり表面に近いと、例えば雪面下10 m位だと、まだ氷には十分変化していないだろう。

 一方、すごく深いと、その上層の氷の荷重が大きく、氷洞穴が変形し、2,3年の内に押しつぶされてしまう。

 条件が良かったため、毎年おそらく補修と整形は行っているだろうが、アイスパラスは同じ場所でずっと観光に供している。なお、パラス内には、大小の氷の彫像が陳列されている。


(12) *アイガートレール*


 観光ハイシーズンでは、ユングフラウヨッホ行の鉄道キップを買うとき、往復の列車を決めなければならない。ユングフラウヨッホ滞在時間は、標準の2時間強とし、昼過ぎの下山列車に乗った。

 トンネルを出たところがアイガーグレッチャー駅(2320 m)である。ここからクライネ・シャイデックへは、真っすぐな下り道3 km、最も平易なハイキングコースとなっており、団体旅行者でもここで列車を降り、一駅下って行く人たちもいた。

 現地に着いてから入手したハイキングガイドにより、アイガーグレッチャー駅からアイガー(3970 m)北壁の裾をまいて、クライネ・シャイデックの一つ下の駅アルピグレン(1616 m)まで下るアイガートレール(Eiger歩道)があることを知った。

 そこには、「中級(Medium)」とか、「経験者向け(Experienced hikers only)」と記されていたので、多少の心配はあったが、アイガー北壁を目の前に見る魅力は強く、そのコースに出発した(写真)。
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 途中、下から登ってきた家族連れが、立ち止まって壁を見上げていた。近づいた時、男性が「北壁を登っている人が見えますよ」と言う。「この方向の、白っぽい3角の岩の上の方」とかいろいろ教えてくれるのだが、とうとう分からなかった。

 こういう遠くの物を探す場合、視力の良し悪しだけではなく、その物体がどんな大きさでどんな感じで見えるのかを知らないと、なかなか見つけられないということが野外ではよくある。

 例えば、氷河上に設置した標識ポールや観測機器を側岸から肉眼や双眼鏡で探す場合、初めての人は見つけるまでに相当の時間がかかる。しかし、一度分かると、次の標識は比較的簡単に発見できるものである。

(13) *おわりに*

 アイガートレールは、大半は石ころか草つきの歩きやすい登山道であった。ただし、2か所だけ、ロープと鎖が張ってある地点があった。それほどの難所ではないのだが、もし転倒したら20-30 mはずり落ちるだろうと思うと、自然にロープをしっかり握ってしまった。

 出発点とゴールとの標高差は700 m、途中100 mほど上るので、全行程6 kmで約800 m下る。所要時間は2時間50分で、偶然ハイキングガイドのコースタイムと同一だった。

 アルピグレン駅のホームでは、大勢のハイカーが列車を待っていた。クライネ・シャイデックから、あるいはグリンデルワルトから、いろいろなコースを歩いてきた人たちだ。
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 そこから列車に乗り、グリンデルワルトに戻った。写真は、街中から望むアイガー岩峰。右奥ピークの右側が北壁である。

 アルプス地域滞在は7月5日~9日の実質5日間だったが、たくさんの氷河を観察
し、4つの山域で4回のハイキングを実行できた。

 真夏の旅とは言え、氷河の近くまで行くので、野外ウェアはそれなりのものを携行した。しかし、ゴアのレインウェアをはおったのはモルテラッチ氷河の30分だけ、フリースのジャケットを着たのはユングフラウヨッホの1時間30分だけだった。

 10日午前、グリンデルワルトから首都ベルンに移動し、同日午後と翌日午前、世界文化遺産の古都を見学・観賞した。11日夕、チューリッヒを発ち、フランクフルト、羽田を経由して、12日夕、鳥取へ帰着した。


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