九州縦断の旅

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 [投稿日:2018.12.31~2019.1.31]
『(1) 小倉へ』
 去る(2018年)12月初旬に熊本で開かれた会合に出席するついでに足を伸ばし、九州をほぼ南北に縦断する旅行をした。

 2年前の同時期には、瀬戸内海フェリーと自家用車による、神戸-大分-阿蘇-熊本-島原-長崎-門司-神戸と、全9日間の九州横断の旅だった。

 今回は、移動手段は列車(JR)のみで、滞在地が前回とは重複しないよう予定を立てた。11月29日、鳥取から在来線で岡山へ、そこで新幹線に乗り換え、夕方小倉に着いた。
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[写真]左(西)からの暖気が右(東)の寒気に乗り上げて生ずる温暖前線の雲(29日16時頃、岡山県西部の車窓から).


『(2) 指宿散策』

 小倉から新幹線にて1時間40分で鹿児島中央に着く。そこから日本最南の特急列車「指宿のたまて箱」に乗り換える(11月30日)。

 この「たまて箱」は、竜宮伝説をモチーフにしたそうで、内装は木材を多く使った可愛いレトロ調である。列車がホームに到着すると、屋根から白い蒸気を吹き出すので、蒸気機関車を模しているのだと思ったが、玉手箱を開けると煙がでてくる演出だということを後で知った。

 乗車50分で、終点指宿(いぶすき)駅である。ここから指宿温泉街まで往復5 kmほどを散策した。

 ところで、IPCC(国連気候変動パネル)の報告書(2013)によると、世界の平均気温は今世紀末には2℃~4℃程度上昇すると予測されている。中間をとって3℃上昇とすると、鳥取市の年平均気温(1981-2010平均)は14.9℃なので、宮崎17.4℃あるいは指宿18.1℃並みになることになる。

 そうなると、鳥取の景観はどんな風に変わるのだろうかと、街中の樹木に注目しながら歩いた。写真は指宿市内の街路樹である。
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 ネットの観光サイトや個人ブログによると、この付近の街路樹として、フェニックス、シュロ、ヤシ、ソテツ、ビロウなどさまざまに呼ばれている。正しくは何なのか知りたかったが、現在まで答えは見つかっていない。

 いずれも南国の情緒ある樹種だが、指宿で多く見られた樹々は、道路沿いとか、公園、校庭などに人為的に植栽されたものだったので、これらの樹がこの気候に最も適している、とは言えない。


『(3) 砂むし温泉』

 指宿と言えば砂むし温泉が有名である。さっそく、公衆浴場のような「砂むし浴場」を見学(または見物)に行った。

 利用者は、温泉施設内で受付後、脱衣所にて下着を脱いで、浴衣に着替える。その後、建物を出て、海岸砂浜にある海の家のような全天候型簡易小屋へ行く(写真:11月30日)。
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 係の人に指示されるとおり、約1mの間隔で並んで仰向けに寝る。係の「砂かけさん」がシャベルで体全体に砂をかける(写真)。

 かける砂の量は一人におよそ20~30 kg。砂の温度は通常、背中が50℃くらい。深い場所の高温の砂を混ぜて、かける砂が55℃になるように調節しているそうである。50-55℃の風呂は熱すぎてとても入れないが、浴衣を着用しているため、10分以内ならこれぐらいがちょうどいいらしい。この温度と、砂の圧力が、心地良いとのことである(「ぐるたび」より)。

 標準10分の砂むし後、施設の浴場にて入浴し、一連の流れは終了する。
 熱い温泉を好まない私は、「入砂」はせず、温泉街のハイビスカスやブーゲンビリアの花苑を見てから引き返し、夕方「たまて箱」にて鹿児島へ向かった。


『(4) 鹿児島-桜島』

 鹿児島中央駅付近から東の方向を眺めると、市街地の向こう側に桜島の雄大な姿が聳えている(写真:11月30日17時)。
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 写真地点から桜島の最高峰北岳(1117 m)まで直線距離で11 kmほどあるが、大都会のすぐ隣に、現在も活発な活火山があるところは世界でも稀である。

 桜島は、1914年の噴火により大隅半島と陸続きとなった。しかし、鹿児島市中心部から陸路で桜島へ行くには大変な遠回りをすることになる。

 したがって、桜島へのほぼ唯一の交通手段が、フェリーである。鹿児島港から桜島港まで、大型フェリーが、日中は15分間隔、所用15分にて終日運航している。観光や旅行者のためのみではなく、桜島住民の通勤、通学、買い物などの重要な足なので、フェリー運賃は片道160円と市バスの1区間並みの料金である。

 12月1日、このフェリーにて錦江湾を渡った。


『(5) 桜島ハイキング』

 桜島のフェリーターミナル前は、広い駐車場があるだけで、旅行者対応の施設はない。そこから、緩い坂道を数分歩いて上ると、ビジターセンターと国民宿舎がある。
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 ビジターセンターから海岸沿いに「溶岩なぎさ遊歩道」(写真)があったので、烏島展望所まで片道3 kmをハイキングした。溶岩原に整備された歩道で、部分的に木道、誰でも歩きやすい道である。

 一般に観光オフシーズンの11-12月でも、南国九州はそれなりに旅行者はいる。しかし、ハイカーは少ない。途中の渚で、カヤック体験のグループを見かけた。

 烏(からす)島はかつては島だったが、大正時代の溶岩によって回りが埋められ、小高い丘となった展望スポットである。

 溶岩原には、新しいところはコケ、地衣類のみ、少し年月が経つと草原に、さらにクロマツ、そしてタブノキなどの森林が形成されている。桜島ではこれらの変遷の様子が良く見られるそうである。

 烏島からは、スーパーマグマロードと名づけられた車道+歩道を通って20分で桜島港に戻った。


『(6) 火山退避シェルター』

 溶岩なぎさ遊歩道とスーパーマグマロードにそれぞれ1箇所、火山噴火退避シェルターがあった。入口上には、退避壕(No.28,鹿児島市)との表示に加え、英語でshelter、中国語で日本語と同一漢字、および韓国語で書かれていた(写真)。
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 火山シェルターは、国内では活動が顕著な12の火山に整備されているそうだが、その本物を見たのは初めてである。広さは3 m x 10 mくらいで、山側と両側面の壁および天井が頑丈なコンクリート製だった。強固な車庫の様でもあり、バス停の待合室の様でもある。

 本年1月19日に、桜島は噴火した。「南岳山頂火口及び昭和火口から概ね2 kmの範囲では、噴火に伴う弾道を描いて飛散する大きな噴石及び火砕流に警戒してください。風下側では、火山灰だけでなく小さな噴石(火山れき)が遠方まで風に流されて降るため注意してください。」(鹿児島地方気象台発表)

 現在は「噴火警戒レベル3、入山規制」だが、それは登山者の立入制限であり、遊歩道や観光道は十分離れているので観光の規制はない。

 しかしながら、もし大噴火が突然起こったとき、このような頑強なシェルターなら、火山弾や噴石を一時的に避けることができそうである。

 とは言え、もし自分がそこに緊急避難したとしたら、飲み水も羽おるものも何もないので長期の避難滞在は不可、いつ、どういうタイミングでそのシェルターから脱出するか、その判断が難しいだろうな、と感じた。


『(7) 肥前』

 12月1日夜と2日午前、熊本県内の会合に出席した後、佐賀市へ移動した。

 薩長土肥の肥前の国は、現在の佐賀県と、離島を除く長崎県が相当する。そのため、佐賀には、幕末から維新にかけての記念館、展示館、資料館が多くある。

 幕末・維新において肥前藩が果たした役割や、数々の逸材の業績など、簡潔にまとめたりコメントするだけの知識も能力もないので、佐賀市内にて駆け足で見て回った施設の名前のみ以下に列挙する。
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 肥前さが幕末維新博覧会、佐賀城本丸歴史館(写真)、徴古館、アート県庁。
どこでも当然ではあるが、地元の人、動き、出来事を中心に展示や解説がなされているので、これらを見ていると、幕末・維新の活動の核は肥前だったように思わされそうになる。

 12月3日午後、佐賀を発ち鳥取へ帰着した。

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