凍土、雪氷会、南極10、雪崩DB、CO広告、三徳、化石、GP、雪形、気台

永久凍土の融解   矢吹 裕伯、2008/08/01(Fri)、No.1694
画像
本日は永久凍土の話です。
先日NHKの「ちょっと変だぞ日本の自然 III」にてシベリアの凍土が融解している話がありました。

恥ずかしながら小生が現地で永久凍土の融解に関して若干の解説をしている部分が放映されました。(現地では何日も取材を受けたのに、放送時間がわずかでありました。番組とはこのように作られるのだと理解した瞬間でした。)

さて番組では最近の3~4年で活動層の厚さ(永久凍土層の表面が夏期の暑さで解ける最大の深さ)が1mも深くなっているという話が放映されました。

番組の中では最近の降水量の増加が地表面の土壌水分量を増加させ、夏の暑さが伝わりやすくなったからという理由になっていましたが、かなり情報が不足していますので、補足します。

事実、近年において我々が観測をしているサイトではにこれまで1m程度であった活動層の厚さが、最近の3~4年の間に2m近くまで厚くなったことは事実です。
ただしその原因が夏の降水量の増加だけによるものではありません。冬期の積雪量の増加も原因にあげられます。つまり、冬期の深い積雪は地面にとって布団の役割をして、シベリアのマイナス40を下回る寒さから、冷えるのを防ぐ役割を果たしたのです。

これまで冬期の寒さで地面が冷えていた状態が、深い積雪(といっても50cm程度)によって地面が冷えなくなったのです。このように冷え切っていない地面は夏期の暑さでさらに温まり、さらに土壌水分量の増加で熱が伝わりやすくなり、地温がどんどん上昇してしまった(活動層が厚くなった)。

ということです。(放送ではこの後半の部分の解説のみでした)

この冬期の積雪は春の急激な融解で、一気に融雪洪水となり砂でできたヤクーツクの町を壊し続けるのです。これまでも若干の被害がありましたが、近年はこれが顕著になっています。

この活動層の融解と降水量の増加は、ヤクーツク地域の道路を含むインフラを破壊し、大きな問題になりつつあります。

写真は私たちの観測サイトへのアクセス道路がここ数年の間に春の融雪洪水で破壊されているところです。

~~~~~~~~~~~

永久凍土の融解(その2) 

                 矢吹 裕伯、2008/08/20(Wed)、No.1699

先日ロシアヤクーツクの永久凍土の融解の話を書きました。これまでヤクーツク周辺で地下氷を見ることができたのは、セルダッハと呼ばれるアラスだけでした。このセルダッハは、北海道大学の木下誠一先生が1972年に行ったシベリアヤクーツクの永久凍土調査で報告されています。
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/18235

しかし近年の降水量の増加により地下氷はヤクーツク周辺の町でも見ることができるようになってきています。写真はヤクーツク周辺の村のそばで、大きな亀裂ができ、地下氷が露出しているところです。このように村の周辺で地下氷を見ることはできませんでした。

これが温暖化によって永久凍土が融解を起こして・・・・と言えればとてもセンセーショナルな話題になるのですが、若干異なります。

ヤクーツク周辺域では近年降水量が増加していることが原因と考えています。ヤクーツク周辺域の年降水量は気候値で250mm程度で非常に乾燥しています。しかし近年にこの年降水量が300mm程度と多い年が続きました。ヤクーツクは非常に乾燥しているので、日本のような下水道等の排水設備がありません、よって近年の降水量の増加で、ヤクーツクの街中ではいたるところで水溜りができています。またヤクーツク周辺の土質は砂なので雨により削られてしまい、写真のような状態になってしまいます。

画像


この写真のように地下氷が露出したところでは夏期の暑さで、さらに削剥が起こり、一度この様に地下氷が露出してしまったところでは地面の削剥が加速度的に進行します。

単なる気温の上昇だけでは、写真のような状況にはならないのです。

現在においてヤクーツク周辺では温暖化による明らかな気温の上昇を見ることができますが、降水量の増加に関してはその傾向は見るに至っていません。

~~~~~~~~

Glacier National Park 

                     松岡健一、2008/09/16(Tue)、No.1704

画像


少し遅れましたが、恒例の投稿です。夏の休暇でワシントン州からお隣のアイダホ州を超えてモンタナ州にあるGlacier National Parkに遊びに行きました。この国立公園はカナダとアメリカとの国境に位置しています。ハイキングルートも数多く整備されていますが、今年は積雪が多く7月の初めでもまだ雪だらけ。ようやく車道の峠が除雪されたところでした。

この公園内の氷河は顕著に後退しており、車から見る分には殆ど氷河を見つけることが出来ません。しかし氷河が作った地形を見る分にはとても奇麗です。Glaciated National Parkと名付けた方が良いかもしれません。。氷河そのものを楽しむのなら、カナダのカルガリーの北に広がるGlacier Highwayのほうがずっとお勧めです。

ちなみにシアトルからGlacier National Parkへの道は、海岸から氷河に削られたカスケード山脈を越え、砂漠地帯を超え山岳地帯に入ると言う、なかなか気候や地形の勉強には適したドライブルートです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

雪氷研究大会に参加して  

                内藤望、 2008/09/26(Fri)、No.1708

 今週は、日本雪氷学会と日本雪工学会の合同全国大会である「雪氷研究大会(2008・東京)」が東大本郷キャンパスで開催されました。本NPO会員の多くの皆さんも参加されていましたが、今週が投稿担当であった私から、★全くもって個人的な!★参加記を投稿させて頂きます。

9月24日(水)
 大会初日。今度の年末年始にパタゴニアへ同行する予定のメンバー2名と待ち合わせて、昼食を食べながら打合せ【雪氷研究大会とは別件】。メールだけでなく、やはり直接会って相談することが大事。

 その後、ポスター発表。私も1件発表したのだが、ポスターの掲示場所が近寄りにくい隅っこだったことと、ついつい他のことで話し込んでしまい、2~3名の人に紹介したのみ。(決してポスター発表の「貼り逃げ」をしたつもりはないのだけど...)
そして本NPOの総会【雪氷研究大会とは別件】。公式報告は別ページに掲載されると思うが、印象に残った雑談として、「『情報の広場』の内容、ちょっと堅いよね。」「なんとか柔らかくしたいけど、内輪ネタは好ましくないし、なかなか難しいよね。」...

 夜は、かつての南極越冬仲間との飲み会【雪氷研究大会とは全く別件】。帰りの地下鉄で寝てしまい、折り返し運転の逆の終点で起こされることを2回繰り返す。私の目的地も片方の終点だったのに、誰も起こしてくれない大都会:東京なんて、大嫌いだぁ...

9月25日(木)
 午前は「氷床」セッションを聴講。日本-スウェーデン共同南極トラバース調査の成果発表が続く。詳細な解析はこれからのようだが、南極での氷床観測も新たなステージに入った感あり。
 
 午後は、氷河情報センターによる「ヒマラヤの氷河湖決壊洪水」講演会および総会。同センターの庶務幹事を務めていた関係で、いろいろ取り仕切る。講演会は、予想以上に多数かつ新たな聴講者に集まって頂けて、ひとまず成功といって良いだろう。3名の講演者に深謝。総会では、今後の同センターの事業案について多数の意見。いずれも前向きで有益な意見であったが、欲を言えばもう少し具体的な内容に踏み込んで欲しかった。まあ時間的制約が大きかったので、今後の継続的&積極的な議論に期待。

 引き続き、極地雪氷分科会。同時開催の「ムペンバ効果のサイエンス」のどっちに参加しようか迷ったが、向こうの会場が超満員だったことで、あっさりと極地雪氷へ。午前のセッションに引き続いて、日ス共同トラバースの様子ほか。(「ムペンバ効果」については社会的な反響も大きいようだし、誰か参加してたら、簡単に紹介してくれません?)
 
 夜は懇親会。会場が大学生協の食堂だったことは気にならないが、飲食物の量が少なすぎ!食べ物がすぐになくなってしまうのは雪氷学会では恒例(年配者が元気なんだよねぇ)と言えるけど、飲み物がないのは論外。早々と2次会へ。

9月26日(金)
 午前は「氷河・雪渓」セッションの座長。座長を気楽に引き受けてしまったものの、7件の発表をこなすのに時間を気にしすぎて、座長としてはいまいちだったと、やや反省。発表内容は氷河底環境に絡むものが多かった点で、個人的には例年以上におもしろく感じた。けど、他人の発表をおもしろがるだけじゃなく、自分も貢献しないとねぇ...

 午後からは、明日の別件会合に向けて早々とホテルへ引き上げるが、勤務先から業務メールが多数入っていて意気消沈。見れなかったことにしたいが...
ちなみに9月27日(土)にも、一般向けの公開講演会や公開イベント「雪氷楽会in Tokyo」が予定されているのだけど、私は参加できないので、どなたか、報告・紹介しては?
雪氷研究大会の内容も、もっと真面目にor柔らかく(おもしろく)報告・紹介していただけることを期待して、あえて本稿を(その1)としておきます。

   ~~~~~~~

上高地で南極10次隊OB会 
  
              成瀬廉二、2008/10/19(Sun),No.1711

画像

 (上高地、大正池:2008.10.16)

 日本アルプスのふもと上高地で、10月16-17日、第10次南極観測隊(1968-70)のOB会が開かれた。同隊は、ほぼ毎年日本各地でOB会を催しているが、今年はK隊長[第1次(1956-57)夏隊員]の米寿の祝いを兼ねたので、幹事団が張り切って環境の良い場所を設定した。

 南極観測の一つの隊は、日本を出てから帰るまでおよそ1年4ヶ月合宿生活をし、大げさに言えば苦楽を共にする。したがって期間は短いが、かなり濃密なので、一般的には小中高大の同窓会より想いや結束が強い。

 しかしそれも、越冬中の隊の雰囲気により、各隊それぞれ微妙に違っているようである。さらに時代によっても異なる。初期の頃は、余暇の過ごし方、レクリエーション、娯楽は、他にないので、いつも皆が集まった。現代は個々人で、パソコン、映像、インターネットと、一人で楽しむことが多くなった。

 快晴のもと、紅葉真っ盛りの大正池(トップ写真)から、穂高連峰を眺めながら梓川沿いの遊歩道を徳沢まで、往復15kmほどのハイキングを堪能した。

~~~~~~~

北海道雪崩ウェブデータベース公開 

                   松浦孝之、2008/10/22(Wed)、No.1712

 成瀬先生、今晩は お元気に活躍のことと思います。
 
 さて、この度、NPO法人北海道雪崩研究会ホームページにおいて、北海道雪崩ウェブデータベースを公開いたしました。

 北海道雪崩事故一覧 目撃等を含む 一覧と雪崩発生地図 を誰でも閲覧できるようにとの目的に、作成を進めておりましたが、国土地理院から複製承認が下りましたので、ホームページにアップすることにしました。先生にお教えいただいて10年掛かりました。

 死亡事故という被害の大きなものや怪我が発生した事故、軽微な事故から目撃情報までその範囲は広いのですが、とりあえず収集した雪崩事故の殆どを掲載しています。
この北海道雪崩事故一覧は、成瀬先生の雪崩アンケートを基に10数年来収集整理してきたものです。アンケートをいくら読んでも発生場所が特定できない、発生エリアさえも示すことが出来ないものは地図に記載していませんが、中には電話等でアンケート記入者に問いただしたものもあります。

 しかし、アンケート情報は過去の記憶を基に記入しているものもあり、必ずしも正確ではないものもあります。従って、閲覧した方からの情報を戴き、より正確なものにしていきたいと考えております。

 今回は、簡易データベースと位置づけております。ゆくゆくは、詳細データベースとして発展させて、雪崩事故を細かく検索できる機能をもつようにしたいと考えております。
先生のご意見を戴きながら次へのステップとしたいと思います。
ご指導ご協力を宜しくお願い致します。

   ~~~

Re:雪崩データベース. 
 
              成瀬廉二、2008/10/23(Thu)、 No.1713

 北海道勤労者山岳連盟の雪崩研究会を主導していた松浦孝之さんが、北大の私の研究室へ見えて、小ダンボール2箱分くらいの雪崩資料を一時借用して持ち帰ったのが、もう10年も前のことであった。

 その後、私のデータに同研究会が独自に集めた情報を含めて雪崩データベースを作っている、と時々お聞きしていた。そして、とうとうそれが完成し、
ウェブhttp://homepage3.nifty.com/hokkaido-nadare/
に公開されることとなった。長い年月、こつこつと作業を続け、当初の目的を達成したことには敬意を表したい。

 特に、雪崩地点を国土地理院の精密地図にプロットしたことの意義は大きい。従来の雪崩リスト等で「****谷二股左股上」と記載されていても、その沢をよく知っている人でなければ場所がまったく分らない。

 今後さらに、このウェブ・データベースが充実されてくれば、山行の計画段階でウェブの地図を調べ、雪崩の記録がないからといって安全ではないけれど、過去の雪崩発生事例があれば十二分に警戒することができる。

 ところで、松浦さんが触れている「成瀬のアンケート調査」とは、以下に述べるものである。1986-88年頃、当時東京大学新聞研究所が中心となり文部省科学研究費の「自然災害の予測と防災力」という共同研究が行われた。これは、津波、洪水、火山噴火等の警報が発令された場合、如何にもれなく住民に周知させ、どうすれば迅速かつ的確な避難行動をとることができるか、という研究である。

 どういういきさつだったか、はっきりとした記憶はないが、雪崩も含めることになり、私にも声がかかった。そこで私は、「北海道の山岳地における雪崩遭遇アンケート」調査を行うこととし、社会人山岳会、大学山岳系クラブ、OB、個人あて数百箇所に依頼した。その結果、147件の雪崩の事例を集めることができた。

 その中で最も特筆すべき成果は、雪崩埋没者59名の、埋没時間に対する発見時の生死の割合(図、参照)であった。すなわち、15分以内に発見救出された埋没者は全員生存し、30分以上経つと死亡発見の割合が50%を超える、というものであった。この結果は、アメリカ・カナダおよびヨーロッパで報告されていた傾向とかなり良い一致を示した。

画像

 私はこのアンケート調査報告を冊子にまとめ(1990)、数多くの山岳関係者等に配布した。その結果、多くのところで今でも、生死の割合の図は参考にされている。正確な数字は分らないが、私が今まで国際誌に発表した南極や氷河のどの論文よりも、引用された回数が多いに違いない。

 ~~~~~~~~~~

「山、ひとつぶんのCO2。」という広告 

                 成瀬廉二 、2008/11/17(Mon) 、 No.1731

 今朝(11/17)の全国紙に「テーブルマウンテン、ひとつぶんのCO2。」という1ページ全面広告が載った。むかしからレンズ、カメラで有名なC社である。

 一瞬「またか?」と思ったが、広告文をよく読むと、「C社の省資源活動の結果、1990-2007年間のCO2排出削減量はベネズエラ・テーブルマウンテンの原始生態系が年間に吸収するCO2量に相当する。」という主旨であった。それらの削減量と吸収量の見積もりが正しければ、17年と1年の比較は適当ではないが、論理としては誤ってはいない。

 なぜ「またか」と思ったかというと、2年前に同じC社による「グリーンランドの氷山、ひと塊ぶんのCO2」という全面広告があったからである。これは、「C社のCO2排出削減により、氷山ひと塊ぶんが融けるのを防いだ」というものであった。一見、算数としては正しいように見えるのだが、見積もりの仕方が科学的には全く誤りであることを本サイトで指摘した(2006.11.28:No.1292“氷山の広告”:本サイトの過去記事は古いものから順次消去されるので、別宅のウェブリログhttp://npo-glacier.at.webry.info/ に保存されている)。

 数か月前だったか、ある広告代理店から氷河の写真かデータに関する問い合わせがあった。電話とメールでやり取りするうちに、その代理店がC社の広告を手がけていることが分った。そこで私は、“氷山の広告”の記事を知らせ、論理の誤りを指摘した。

 これに対して、「担当に伝えます」という簡単な礼状が来たが、たぶんこれはこれで終わり、何ごとも起こらぬだろうと思っていた。そして、今日の広告。2年前の広告とタッチが似ているので、同一人(グループ)の作成に違いない。ということで、NPO氷河のBBSというマイナーな場での私の批判が多少とも生かされたのだろう、と少し嬉しく思っている。

~~~

三徳山(みとくさん) 

                   成瀬廉二、2008/10/14(Tue)、 No.1710

 鳥取ユネスコ協会主催の文化と自然の見学会で、去る11日、鳥取県三朝町の三徳山へ行ってきた。信仰の山・三徳山は、「建造物群と自然景観との融合・調和によって表現された行者道の景観」(中原斉)である。

 参道を入ると3つの寺といくつかの堂があり、その奥から行者の修行道(登山道)が始まる。標高差200メートルを一気に登るその道は、あちこちで樹の枝、根、岩を頼りに両手を使わなければならない難所とか、両側が急峻な馬の背があり、普通の観光者にとってはかなり厳しい道のりである。40-50分の上りで、国宝・投入堂(写真)を見上げる地点に達する。

画像


 行者道の中ほど、標高350mから上はブナを主とした原生林となる。鳥取県の大山などでは、ブナ林は標高800m以上に広がっている。このような低い高度にブナ林が発達している三徳山は、森林や植生等の自然環境の点からも、大変珍しく、貴重な存在だそうである。

 地元を中心として、三徳山をユネスコの世界遺産へ、との推進運動があるが、今年は文化庁の暫定リスト(世界遺産へ申請の候補地)に追加されることはなかった。日本全国で、すでに多くの有名な景勝地、文化遺跡が世界遺産を目指しているので、登録に至るのは難関、狭き門であろう。


~~~~~~

Re: 三徳山(みとくさん) 

               成瀬廉二、2008/10/26(Sun) 、 No.1715

  三徳山は、自然と信仰を融合させた文化遺産として意義づけられていますが、もっと時代をさかのぼり、地域も拡げて総合的に捉えるべき、というご意見ですね。なかなか面白い提言だと思います。

 しかし、恩原の旧石器遺跡とか、辰巳峠の植物化石群とか、私はその存在も学術的価値も知りません。専門外かつ鳥取に馴染みのない人でも分るような、平易な解説を投稿していただけるとありがたいですね。
画像

[写真:三徳山ブナ混交林内の登山道]

~~~~

Re: 三徳山(みとくさん) 

                  市谷年弘、2008/10/26(Sun) 、 No.1716

◆辰巳峠植物群
 ・・・日本のフローラで三徳型に属し、日本を代表とする第三紀植物群。約700万年前の日本と中国が繋がっていて、日本海が大きな湖だった頃の堆積物で、現在の中国にみられるような、カタヤ・トチュウ・イヌカラマツ・カリヤグルミ等の植物の化石や花粉化石を含んでいる
 ・・・ムカシブナ葉化石を多く含み、他の植物・花粉化石から現在より2-3℃冷涼で、第三紀の堆積物の中では植物種・花粉化石の種類が豊富なおかつ保存状態がいいことや植物・昆虫化石の新種も多く発見されていることである。

◆恩原旧石器遺跡
 ・・・・蒜山原遺跡とならんで、中国地方では古い年代まで、その人類の痕跡である旧石器が発見されている・・・。年代にして、2万6千年以前にまで遡ることができる。また、古代の中国山地のひとの道として重要な位置づけがある。

 以上・・。薄学なわたしですが、まとめてみました。すこし専門的になった点と言葉足らずな点はお許しください。

~~~~~

辰巳峠の植物化石と恩原旧石器 

                成瀬廉二、2008/10/28(Tue) 、No.1718

 市谷さんから、さっそく具体的な解説をいただきました。一見、平易とはほど遠いな、と思いましたが、このような分野の話を短い記述で誰にでも分るように、というのは至難のことと思いました。

 地図とインターネットを頼りに、少し補足の説明をいたしましょう。鳥取市街の南西、鳥取市佐治町から岡山県に通じる国道の県境が辰巳峠(786m)で、そこから佐治町側にみられる火山砕屑性の地層から多数の植物化石や昆虫化石が産出されている。そして、その地層は、地方自治体(佐治町)の天然記念物として指定され、露頭が保護されている。(鳥取県教育センター「鳥取県の自然」より)

 一方、恩原高原は辰巳峠の岡山県側にある。そこで発掘された約1万数千年前の石器(槍先など)の石材は、東北地方の日本海側が原産地である岩に非常に似ているそうである。小嶋善邦氏(岡山県古代吉備文化財センター)は以下のように述べている。

 「石器を詳しく観察すると様々なことが見えてくるが、分からないこともまた多い。その最たるものが、”なぜ東北日本の集団がはるばる恩原に来たのか“ということである。彼らはどのような目的で来たのだろうか。未知なる土地へのあこがれか、それとも、今まで生活していた東北日本の環境が変化して、否応なく住み慣れた土地を離れて来たのか。現在、私たちにはそれを知る術はない。

 しかし、どのような理由にしろ、東北日本で生活していた集団が恩原に来た事実は、恩原に残された石器が物語っている。」

~~~~~

山陰海岸ジオパーク 

                 成瀬廉二、2008/11/15(Sat)、No.1730

画像


 一昨(13)日、紅葉を見がてら岩美町浦富の海岸から桐山(202 m)へ登り、その帰路、城原海岸(写真)を少し歩いた。この付近は、京都府京丹後市から鳥取市までの山陰海岸ジオパーク構想の一部となっている。

 ジオパーク(Geopark)とは、地質学的に貴重で重要、かつ観光資源としても優れた自然公園のことである。ジオパークは、ユネスコの支援のもとで、世界ジオパークネットワークにより、世界各地に認定されている。

 今年10月、日本では初めて、洞爺湖有珠山、糸魚川、島原半島の3地域を世界のジオパークに加盟申請を行う決定をした。すなわち、候補の一つとして名乗り上げていた「山陰海岸」は、国内の選考で落ちたのである。

 この地域が、地質学的、地形学的にいかに希少で意義深いかは私は分らないが、浸食著しい岩石の海岸と大砂丘との取り合わせは、よそにはない景観である。もし世界ジオパークに登録されれば、地域の活性化に大きく貢献することは間違いないが、ジオパークとして認定されるためには、自然保全、環境教育、ジオツーリズム(自然観光事業)が有機的に結びつき、それぞれの発展の見通しが明るい証しを示さなければならない。

~~~

(続)山陰海岸ジオパーク 

                      成瀬廉二、2008/12/18(Thu)、No.1753

 本年10月、日本ジオパーク委員会(事務局:独法・産業技術総合研究所地質調査総合センター)は、日本では初めて、洞爺湖有珠山、糸魚川、島原半島の3地域をユネスコが支援する世界ジオパークネットワークに加盟申請を行う決定をした(本欄11月15日付No.1730参照)。

 その後12月、上記3地域に加えてアポイ岳、南アルプス(中央構造線)、山陰海岸、室戸の7地域が日本ジオパークとして認定された。新たな4地域は、今後の活動次第では世界ジオパークへ格上げの可能性がある予備軍ともいうことだろう。

 「山陰海岸」の地質学的特徴は、以下のようなものである(山陰海岸ジオパーク推進協議会発行「山陰海岸ジオパーク構想」より)。
 約2700-2000万年前、アジア大陸の東端から日本列島が分離し、約1800-1500万年前に日本海が激しく拡大を続け、約500万年前にそれらの活動がほぼ収まるまでの期間に、火山活動をともなう地殻変動により形成されたさまざまな岩石や岩脈、地層が各地の海岸に見られる。
画像

 将来、世界ジオパークへの認定を目指すためには、学術的価値を整理し、強くアピールして行かなくてはならない。先日、山陰海岸構想の関係者と話をする機会があった。山陰海岸の対象エリアは、京丹後市から豊岡市、香美町、新温泉町、岩美町、鳥取市へ及ぶが、そこには大学は鳥取大学しかない。その鳥取大学には、地質学の教授等はいるが、山陰海岸の地質的活動の専門家は一人もいない。

 上記の知見は、関西等の他県の研究者による古くからの成果に基づいている。山陰海岸の広い地域には、未解明なことが限りなく残されている。どこの大学でも良いのだが、ちょこっと来てちょっと調べて帰るのではなく、海岸の民宿などに長期間滞在して、修士論文や博士論文をまとめ上げる人が3,4人でも現れれば飛躍的に発展するのだが、とか思っている。

~~~~

砂丘条例について思うこと?! 

                 市谷年弘、2008/12/06(Sat)、 No.1743

 きょうは、砂丘イルミネーション設置のボランティアを午後から手伝っていた。。。

 きょうの鳥取は、午前中の天気とうつって替わって・・・・北西風の冷たい風が吹き付ける天候で、雪も降り出した。そんななかでの作業でしたが、この事業がなくなるかも?!と主催者がおっしゃった。。そこで、わたしが、無くなるのはイルミネーションでなく、砂丘条例のほうだと返答した。自然保護法かなにかしれないけど、砂丘の冬の景色を知らない人たちが(足跡も砂吹雪で消えてしまうこと)考えて事じゃないか?!(写真1)こんな法律は、見直すのが賢明に思います。

 そんなことはさておいて、イルミネーションは、子供ずれやカップルにも好評なので、ことしもここにきて自然観光を楽しんでもわえたら、いいなあ?!と思います。
画像

    写真:砂丘の冬景色(足跡もすぐ消えます)

~~~

Re: 砂丘条例について思うこと?... 

              成瀬廉二+市谷年弘、2008/12/10(Wed) 、 No.1748

 砂丘条例と言っても鳥取県外の方はほとんどご存じないでしょう。

 鳥取県議会で紛糾の後、10月に可決された条例は、砂丘に落書き等を禁ずる「日本一の鳥取砂丘を守り育てる条例」で、落書きとは「特定の図形や文字の面積が十平方メートルを超えるもの」で、違反した場合は「三十万円以下の罰金」ではなく「五万円以下の過料」とした。  (成瀬)

    ~~~~~~~~~~~~~~

弘前・雪形ウォッチング報告. 

              納口恭明(via 成瀬)、2009/05/29、No.1795

 5月23,24日、第15回雪形ウォッチングに、弘前まで行ってきました。参加者総勢56人、大変ラッキーなことに、これまでの14回の雪形ウォッチング史上たった1度しか経験のない、肉眼で全く雪形の見ることができない心眼だけがたよりのハイレベルなウォッチングとなりました。

 初日の23日は嶽温泉嶽ホテルに14時ころから徐々に参加者が集まり、18時から夕食時交流会。ここで自己紹介代わりの各自1分間スピーチ。出席者の年代も0、10,20、30,40,50,60,70,80才歳まで均等に分布し、男女もほぼ同じで理想的な伝承存続型の構成でした。遠い人はドイツからいらっしゃいました。

 20時からの雪形シンポジウムは全部で19名、20件の発表があり、岩木山の雪形に関する基調講演に始まり、雪の汚れに関する学術的な発表から、宇宙、アロママッサージ、絵本、台所、ETC利用高速料金1000円、八ヶ岳、相撲、絵はがき、地球シミュレータ、ニョロニョロ、雪形布教、など多岐にわたりながらも一人5分までという制限時間を守ったり、全く無視したりの数時間でした。

 恒例の真夜中の花火大会を挟みつつ分科会が終了したのは26時30分でした。仮眠後の30時からはこれも恒例の「雪形サバメシ」の実習が参加者12名とホテルの黒い色をした飼い犬1匹で実施され、無風状態のなか古代米入りのおいしいご飯が完成しました。

 24日の出発は8時30分、最初のポイントであるりんご公園でエアー双眼鏡の雪形ポーズでの記念撮影と雪形教祖による出発の掛け声でウォッチングの開始。その後、電線などの邪魔が全くない田んぼの中の絶好の撮影ポイント、それに弘前城をまわり、青森県の雪形にもっとも精通している室谷洋司氏のご説明により、「つばめ」、「下りうさぎ」、「苗もっこ」、「竜の子」などたくさんの雪形が心にしっかりと刻みこまれました。でも、少しでいいから肉眼でも見たかった・・・とは決して思っていません。

 最後に各自15秒程度の参加者のお別れの最終スピーチは拡声器片手に弘前城東門で、通行人の邪魔にならないよう長円状になって行われました。客観的にこれを見ればかなり奇異な団体であることは間違いないと思われます。13時30分すべてが終了し、解散後、参加者は雪形ウォッチングの余韻に浸りながらも通常の一般市民へもどっていったものと推定されます。

  納口@雪形世話人

画像

[写真] 5月23日午後1時30分頃、雪形世話人が弘前から会場の嶽温泉に向かう路線バスの車窓から一瞬見えた岩木山の雪形「下りウサギ」、雲の下の左端の白いところ。これがわかる人はすでにハイレベルすぎる危険な雪形ウォッチャーである。(詳しくは室谷洋司さんのサイト参照. http://www.actv.ne.jp/~munakata/yukigata/

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

気象台見学. 

                   成瀬廉二、2009/06/18、No.1799

 昨日、鳥取大学の学生を引率して鳥取地方気象台を見学した。同大学土木工学科の「地球科学実験演習」(非常勤講師)の一環である。写真は、観測露場の超音波式積雪深計である。
画像

 気象台も他の研究所等と同様、一般開放しているので、正式に申し込めば誰でも見学できる。気象は、一般の人にとっても大変身近な現象だが、高校および大学を通して気象学の一端でも学ぶ学生は非常に限られている。したがって、見学した学生たちにとっては、多くの面で興味深かったように思われた。

 中でも、皆に最も意外と感じられたことは、自動観測とコンピューターシステムの合間に取り残された感のある、目視観測の「天気」である。昨日は、全天薄い巻層雲に覆われ、薄陽もさしていた(写真では人の影が見える)が、雲量は9なので、「晴れ」ではなく「薄曇り」だそうである。私が氷河調査の際、フィールドノートに記載するとすれば、青空も透けて見えていたので、雲量7で「晴れ」である。気象庁のこの基準は、昔に決めたことなので簡単には変更できないだろうが、庶民感覚からややずれていると言わざるを得ない。


    
$

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0