16新年;無雪;オアシス;風紋;低温;断水;山冠雪;雪景;三寒;陽春;猛暑

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  [Photo: 鳥取砂丘、2016.1.2]
『新年を迎えて』 投稿日:2016/01/01、No.227
 あけましておめでとうございます。
 皆さまのご健勝と、ますますのご発展を祈念いたします。
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 今年の鳥取は、3年振りに雪のない元旦を迎えました(写真:久松山と鳥取城跡と仁風閣、1月1日11:00)。

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昨年12月から、当NPO法人の理事の一部が任期満了により交代しました。役員8名(理事7名、監事1名)の所在地は、北見市、札幌市、上越市、ノルウェー・トロムソ市、千葉市、東京、多摩市、鳥取市におよんでいます。

新役員のプロフィールは、本ウェブサイトの[団体概要]に掲載しています。

  本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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『雪のないスキー場(鳥取)』
                  投稿日:2016/01/06、No.228

 地元紙に毎日掲載されている「スキーだより」によると、この正月以来、鳥取県内の数か所のスキー場はいずれも積雪無し(-記号)または0 cmで、備考欄に「否」か「一時閉鎖」か「オープン前」と記載されている。

 鳥取市街から最も近いスキー場、安蔵森林公園に隣接する安蔵(あぞう)公園スキー場(標高300~350 m)は写真のような状況である(6日、13時頃)。
 
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 鳥取地方気象台では、12月17-18日に積雪深2 cmを観測したのみで、他の日はすべて無しである。大山山塊のスキー場に程近い大山アメダス(標高875 m)でも、12月中旬に積雪深が20 cmを超えたが、元日に11 cm、4日に0 cmとなった。

 報道によると、中・高生のスキー競技会や学校の各種行事が中止になっている。さらに、スキー場関係者や周辺の宿泊、飲食店は雪不足による打撃が大きいことだろう。

 鳥取市では、1961年以来、冬期に積雪ゼロだった年はない。冬期間の最大積雪深の最小は9 cmである。今冬は、雪の最少記録の更新とはならないと思うが、どうなるだろうか。

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『砂丘オアシス消える』
             投稿日:2016/01/11、No.230
         
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 鳥取砂丘の第2砂丘列(通称「馬の背」)の陸側の麓に、冬季は存在しているはずのオアシスと呼ばれる池が、正月には消えてなくなっていた。「馬の背」頂部から見下ろした写真(2016.1.2、午後)の中央、3, 4人が歩いているあたりに、通常は冬から春にかけてオアシスが見られる。

 砂丘オアシスの形成と消滅メカニズムを継続的な現地調査をもとに研究している鳥取大学のチームによると、砂丘上に降る雨と雪解け水が砂丘内部を地下水となって流れ、その一部が砂丘の窪地で湧き水となりオアシスを生成する。夏季は、蒸発が増すので晴天が続くとオアシスが消滅したり、降雨後に再生したりを繰り返す(齋藤忠臣、2015)。

 かつて、砂丘南東の多鯰ヶ池から地下水としてオアシスへ流入している、という考えもあったが、上記チームによる両池水の安定同位体比の分析結果から、ほぼ無関係であると結論された。

 さてそれでは、今冬のオアシス消滅の原因は何だろうか。昨年秋からの鳥取(気象台)の降水量を見ると、10月が39 mmで平年値の27%と非常に少ない。9月は平年の89%でやや少なく、11月、12月は平年並みである。

 推測だが、昨秋(10月前後)の少雨のため、砂丘内部の地下水位がかなり低下し、11月以降の雨によってもまだそれが回復せず、湧き水とはならないのだろう、と思う。

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『砂丘の風紋』
                投稿日:2016/01/16、No.231
     
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 砂丘の表面には、写真(1月2日午後)のような波状模様がしばしば見られる。これが、一般に広く「風紋」と呼ばれている砂丘の表面形状である。やや難しい漢字だが、古くから砂漣(されん、ripple)と称され、リップルマーク(ripple mark)あるいは単にリップルとも言う。

 鳥取砂丘では、いつでも、どこにでも風紋ができているというわけではないが、砂が乾いていて、ある程度の風が吹いているとき、あるいはその直後なら、かなりの確率で見ることができる。自然公園財団(鳥取)によると、風速5~10 m/sの風が吹いているとき風紋が形成される。

 風紋の波長は3 cm~15 cm、波高は数mm~1 cmが多い。風紋は風上側斜面が緩やかで,風下側が急な非対称断面を示し、時間とともに風下側にゆっくりと移動する(小玉芳敬、2010)。

 写真は冬季の15時に撮影したので、太陽高度は低く、表面の凹凸の影がコントラストをつけている。ボールペンは波にほぼ直角に置かれており、その影から太陽は写真の右方向にあることが明白で、この風紋は南寄りの風により形成されたと考えられる。

 なお、鳥取気象台では、1月2日12時~15時は、南の風、平均風速5.1~6.5 m/sだった。つまり、この風紋は現在形成中であったことが分かる。

 このように、きれいな風紋を見たい、写真を撮りたいと思うときは、太陽高度が低い朝か夕方が良い。さらに、鳥取県砂丘事務所では、人の踏み跡で乱されない早朝を勧めている。

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『雪ほとんど積もらず(鳥取)』
                   投稿日:2016/01/22、No.232

 数日前から非常に荒れた天気の日本列島である。

 最深積雪は東京6 cm(18日)、名古屋市9 cm(20日)、山口市12 cm(19日)と、そもそも雪が少ない地域に多く降った一方、「ときどき雪国」(*)の鳥取(地方気象台)では20日の未明に7 cmに達したが、同日の正午には融けて消えた。
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 写真は、20日正午の鳥取砂丘である。「馬の背」など凸部の雪は消失し、凹部や草地にわずかに雪が積もっている状況であった。

(*注)「ときどき雪国」という言葉を最初に公の場で使ったのは、40年ほど前、樋口敬二(元名古屋大学)である。そのとき、対象としたのは関ケ原地域である。

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『日最高気温の最低記録”タイ”(鳥取)』
                     投稿日:2016/01/25、No.233

 昨日(1月24日)は、日本列島が猛烈な寒波に襲われ、西日本や南国の多くの地域において記録的な雪に見舞われた。
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 鳥取市内の積雪深は、昨日は2~4 cm、今日午前に8 cmに達した。写真は今朝(25日07:50)の鳥取市内の堀端道路。

 雪の量はようやく例年並みになった感じだが、寒さについては、昨日の鳥取は終日かつてない厳しさだった。24日の日最低気温は06:30の-5.4℃で、過去の最低記録-6.5℃(1967年1月16日)には及ばないが例年にはない低温である。

 一方、同日の最低気温以後(06:30~24:00)の日最高気温は13:20の-1.7℃で、鳥取気象台の観測開始(1943年)以来の最低記録-1.7℃(1969年1月3日)とタイとなった。

 [注:24日00時~24時の最高気温は00:50の-0.8℃であり、気象台では24日の日最高気温は-0.8℃と公表している。しかし、深夜が高温度になるのは前日の履歴を反映しており、ある日の暑さや日中の寒さを表現する場合は、日最低気温出現以後の最高気温を用いるほうが人びとの感覚に合致する。したがって、ここで述べた”タイ”記録は非公認情報である。]

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『寒さのため広域に断水』
              投稿日:2016/01/30、No.234

 去る1月24日前後の記録的な寒波の影響により、断水や給水制限が九州・山口の全8県で26万世帯以上に及んだ(朝日新聞デジタル、1.26)。鳥取県内でも西部を中心に1088戸が断水の影響を受けた(日本海新聞、1.27)。

 寒さのために住宅の水道管が凍結すると、その家では水が出なくなるが、地域の全世帯が断水になることは、すぐには理解できなかった。長らく暮らしていた寒冷地の北海道では、そういう経験がなかったからである。

 この度、九州-中国地方で起こった状況は、寒波によりあちこちで水道管が凍結し、それらの一部の管が破損して漏水が相次ぎ、配水池の水位が低下したため、自治体の水道局が給水を停止したためである。漏水元は、古い不在家屋(いわゆる空き家)が多かったそうである。

 一般に寒冷地の住宅では、水道管はなるべく室内を通すようにしているし、屋外の配管部分には断熱材を巻き、さらに凍結防止ヒーターを付けることもある。

 これに加えて札幌市水道局等では、1)外気温がマイナス4℃以下になったとき、2)家を留守または長時間水道を使用しないとき、3)真冬日(一日中マイナスの気温)が続いたときは、水道管凍結の可能性があると注意を喚起している。

 今回の寒波は、例えば長崎市の24日の気温は-4.2℃~-0.2℃で、著しく寒冷というわけではないが、寒さに対する防御策が施されていなかったところ(脆弱箇所)に被害や不自由が発生したのである。
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[写真:今年初めて全面雪におおわれた鳥取砂丘(25日12:00)]

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『砂丘オアシス復活』
              投稿日:2016/02/05、No.235

 1月中旬以降、鳥取では結構雨が降ったので、砂丘のオアシスが復活しているのではないかと、昨日(4日昼頃)見に行った。
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 確かにあった。写真中央の丘「馬の背」の手前の麓にて、左右に伸びる濃い色の部分がオアシスと呼ばれる池である。その手前が、水を多く含んだ濡れ砂、観光客が歩いているところは乾き砂である。

 今年1月の鳥取市の降水量は183 mmで、平年の90%に達した(気象台)。鳥取県砂丘事務所「砂丘レンジャー日記」によると、1月8日に「小さなオアシスを確認」し、12日に25 mmのまとまった雨の後、13日「オアシスが格段に大きく」なった。

 今度オアシスができたら水温を測ってみようと思っていた。オアシスが単に雨水や雪解け水の溜まり池だったら、その水温は最近の日々の平均気温に近いだろうし、オアシスが常に湧き水によって養われているのなら気温よりは大分高いのではないか、と思ったからである。

 4日11:30。気温:8.5℃、池の水温:場所、深さにより8.1~6.0℃。これは気温に近い(注:過去24時間の気温は+9.0~+0.5℃の範囲)。

 写真でも漠然と認められるが、写真左端から右へ、池に向かって小川が流れている。写真の左端から10~30 mほど左付近が湧水地点である。小川の水温を、池から上流に向かって測ったところ、8℃から徐々に上昇し、湧水地点では最高温度13.4℃であった。

 概ね予想に近かったのだが、このような狭い範囲で水温が大きく変化していることに驚いた。暖かい地中から湧き出た水が、小川をゆっくり流れ、池に漂う内に、気温によって急速に冷やされていることが分かった。

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『冠雪の大山』
               投稿日:2016/02/12、No.236

 伯耆大山は見る方向によって山容を大きく変える。独立峰の富士山の様な三角形とか、山頂からの稜線が横に長い台形とか、でこぼこの連峰の様とか、多彩である。

 大山周辺へ行ったり、通過することがあったら、色々な大山を撮りたいといつも思っているのだが、山は雲の中だったり、晴れていても黄砂のため霞んでいたり、夕暮れ時だったりのため、きれいな写真が得られるチャンスはそんなに多くはない。
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 写真は、昨日(2月11日)16:00頃、米子市から大山寺へ向かう観光道路の麓付近、淀江どんぐり村の本宮展望Pから見た大山(最高峰1729 m)の山塊である。同日、米子は終日晴れ、視程は20 kmとまあまあであった。

 大山の中腹から上部は雪に被われ、冠雪の状態となった。標高875 mの大山アメダスでは、同日の積雪深は131 cm、その付近のスキー場(だいせんホワイトリゾート)も積雪深125 cmに達し、ようやく例年並みにスキーヤー、スノーボーダーで賑わったようである。

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『つかの間の雪景色』
                 投稿日:2016/02/16、No.237

 鳥取では、昨(15)日昼前から雪が降ったりやんだり、ときどき強く、日が変わる16日0時頃まで続いた。市内(気象台)の積雪深は、0時に最大の16 cmに達した。
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 明けて今朝、市内の久松山(263 m)および周辺は朝日を浴びる雪景色となった(写真、07:40)。

 久松公園周辺の積雪深は、場所により12 cmから19 cmであった。そして、樹の枝葉に着雪した雪は、揺すればさらさらと落ちる乾き雪ではなく、べちゃべちゃの濡れ雪でもなかった。

 昨日降雪中の気温は+1.3~0.0℃で、積もった雪は湿雪だったが、今朝は07時に-3.0℃まで冷え込んだため、積雪や着雪の表面が薄く凍結した状態になっていた。

 今日は終日晴れ、14時には気温+5.1℃に達し、久松山の樹幹を被う雪はすっかり消え、雪景色は半日で終わった。

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『三寒四温』
                 投稿日:2016/02/25、No.239

 先日、NHKのTVにて気象予報士(男性、名前不詳)が、「東京の過去30年間の2、3月の気温データを調べてみたところ、三寒四温のケースは少なく、一寒一温が最も多く、次いで二寒一温、一寒二温の順であった。つまり、近年は寒暖の変動が激しいのです」と語っていた。

 三寒四温について、櫻庭信一の古典的文献(1940年)では次のように述べられている。「三寒四温とは冬期極東に現はれる約一週間週期の氣温變化を云う俚諺である事はよく人の知る所であるが、此の週期性は唯に氣温變化丈ではなく、氣壓變化、降雨變化にも表はれる.」(原文のまま:海洋気象学会、「海と空」20巻7号)。 

 日本では三寒四温を、繰り返しながらだんだん暖かくなる春先の気候に使われることが多いが、本来は中国や朝鮮半島の冬の気象変化を表したものである。手紙では2月の時候の挨拶として、「三寒四温の時節.......」のように使われている(「手紙の書き方大事典」など)。

 厳密に三寒四温の周期で寒・暖や雨・晴が繰り返すことは考えられないが、経験的には概ねそれに近い周期で変動していると思っていたので、気象予報士の見解はちょっと意外だった。

 そこで、鳥取の気温データで調べてみることにした。気温としては、日平均気温を用いる。しかし、寒い時期と温かい時期をどう分けるか、また、それが何日続いたかをどう数えるか、そのためには、かなり詳細な基準と判定チャートを定めなければならない、ことが分かった。

 これは不可能ではないが、一般性を持たせる(誰がやっても同じような結果になる)ことは至難である。したがって、寒・暖の周期を解析することは諦め、暖期の周期のみを調べることにした。

 日平均気温の一連のデータから、極大から次の極大までの日数を読みとる。その際、1℃以下の小さな変動は、山でいえば副峰とかコブと見なし、顕著なピークのみを拾うようにする。これでも、主観による任意性は残るが、判断に迷うことは少なく、比較的容易にできそうである。

 鳥取(気象台)の過去20年間の1月と2月の気温データを調べた結果、暖かい日から次の暖かい日までの日数の分布は、年により4.6日から7.6日の範囲となり、20年間の平均は6.0日となった。予想通りというか、冬季の寒暖の周期は2、3日程度ではなく、古くからの言い伝えの(3 + 4 =)7日に近い結果が得られた。
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 [写真:鳥取市樗谿公園の屋形舟と梅(2月25日)]

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『ようやく陽春(鳥取)』
               投稿日:2016/03/18、No.245

 3月の時候の挨拶によく使われる、春暖、陽春、日増しに暖かくなり、等の語句がなかなか相応しくならない今年の鳥取だが、昨(17)日ようやく陽春となった。

 昨日の最高気温は正午過ぎの20.9℃、今年の最高気温ではないがそれに準ずる。春暖とは言え、桜のつぼみはまだまだ開きそうもない。今年の鳥取の桜開花予想日は、ウェザーマップ(3.17更新)3月24日、日本気象協会(3.16発表)3月27日で、一寸意外だが平年より4日~7日早い。

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 写真は、雲ひとつない晴天時(17日11:00)、鳥取砂丘西部の与謝野晶子歌碑から見た大山である。春霞のため、64 km離れた大山山塊はややぼやけているが、中腹以上は雪に覆われていることがよく分かる。なお、参考のため、鳥取気象台測定の昨日昼間の視程は30 kmであった。十分遠くまで視認できる、という大気状態である。

     
鳥取猛暑38.1℃の実情 
投稿日:2016/08/10、No.278

 去る7日(日)鳥取市の気温が38.1℃となり、隣県豊岡市の38.2℃に次いで日本列島で2番目の暑さ、とTVや新聞で報じられた。これらのニュースを見た(聞いた)人から、暑中見舞いのようなメッセージをいただいたが、たまたまこの事例をもとに、鳥取は暑いところ、と見なされるとしたら、それはあまり嬉しくない。

 まず、鳥取市の過去最高気温は39.1℃(1994.7.23)で、7日の38.1℃は観測史上第7位である。

 気象庁のウェブサイトで公表されている気象データでは、鳥取市の7日の毎正時の気温の最高は13:00の37.0℃である。また同日10分毎の気温の最高値は、12:40の37.6℃、および14:10の37.7℃である。

 つまり、12:35頃~14:15頃の間は、連続して37℃台だったが、その中のいつか、ほぼ瞬間的に1℃近く昇温し、38.1℃を記録したと考えられる。

 翌8日の岐阜県多治見市の最高気温39.7℃の場合は、正午から夕方まで4時間半に渡って37℃超が継続したが、7日鳥取の37℃超は1時間半程度と短かったし、38℃に達したのは数分以内であったと思われる。

 数年前、鳥取地方気象台の観測担当官から「気象台の前の道路は結構交通量が多いので、大きな車輌が何台か通過すると、気温の記録がその瞬間だけ上ることがある」という話を聞いたことがある。気温の短期的な変動には、風向、風速、日照などの自然要因に、大都市ではなくても、人為的な都市気候の影響が加わっている、と考えられる。

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 写真は、駿河湾上空から見た富士山(7日、09:30)。実は、この猛暑日の朝、鳥取を発って東京へ向かっていた。

   



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