西日本2018年7月豪雨災害 (1)~(7)

(1) 鳥取7月豪雨    (投稿日:2018/07/27)
(2) 千代川越水(智頭町)
(3) 氾濫・洪水(倉敷市真備町)
(4) 小田川決壊(真備町)
(5) 土砂災害(呉市安浦町)
(6) 泥流の氾濫(呉市天応町)
(7) 流木による氾濫(安芸郡府中町)       (投稿日:2018/09/15)

 (1) 鳥取7月豪雨

 7月4日からスイスを旅行中、テレビのニュースで、日本のどこかの集落が一面水に浸かった映像を何回も見た。西日本で大きな水害があったことを知ったが、詳しいことは12日に帰国するまで分からなかった。

 鳥取に帰ったら、鳥取市は大した被害はなかった、ように見えた。そうすると、この7月豪雨は山陽地方に集中したのだろうか。

 留守中の古新聞を参考にしつつ、鳥取県危機管理局の公開資料、気象庁データを洗い、鳥取市の大雨状況を振り返ってみたい。

 まず、鳥取市周辺のアメダス点で、7月5日~7日の3日間合計降水量を多い順に記す。
1)智頭477mm、2)佐治451mm、3)若桜391mm、4)鹿野369mm、
5)湖山311mm、6)鳥取308mm、7)岩美294mm、8)青谷259mm
 海岸付近より内陸部の方が多い。

 智頭、佐治、若桜では、7月5日または6日が同地点の観測史上第1位、他のいずれかが第2位であった。したがって、この3地域では上記の3日間降水量は史上第1位であっただろうと推察できる。

 他の5地点も、いずれかの日の降水量が史上3位から7位(鳥取)を記録している。すなわち、鳥取市周辺は、今まで経験したことがないような大雨に見舞われたことは間違いない。

 この大雨にともない、鳥取市・周辺町を南北へ流れる千代川は増水、濁流となり、川に沿う各地で護岸崩壊や道路の陥没が起きた。7月25日、これらの被害状況を見に行ってきた。
画像

 写真は、智頭町山郷付近の千代川の左岸(半壊した横瀬橋の上から撮影)。護岸が大きく崩れ、家屋の下部が半分えぐられている。応急処置(?)のためか、大型クレーン車が川に入り、土嚢を積み上げている。

(2) 千代川越水(智頭町)        投稿日:2018/07/29、No.466

 雨が降り続くにつれ千代川の水位が上昇し、河原町では6日20時から7日3時にかけて「避難判断水位」を超え、深夜には一時的に「氾濫危険水位」に達した。

 鳥取市では、5日に大雨警報、6日に洪水警報、6日19:40に大雨特別警報が発令された。さらに行徳の千代川水位は7日1時前後に「避難判断水位」を超えたため、同日6時43分、鳥取市全域に避難指示(緊急)が出された。

 しかし千代川は氾濫することはなく、7日午後、各種警報とともに避難指示も解除された。なお、吉成南町にて十数戸が床下浸水したが、これは付近の小さな清水川からの越流によるものだった。
画像

 智頭町でも、6日夜、全域の避難指示が出されたが千代川の決壊までには至らず、部分的な越水があちこちで起こった。写真は、水が引いたのちの浸水地(智頭町篠坂:25日)の様子である。プレハブの小屋が流され、田の一面は玉石、土砂、流木に被われた。遠くの高架は智頭急行、千代川はその向こう側を流れている。

 以上の他に、鉄道や道路の一時または長期不通箇所はたくさんある。このように、各種被害事例を見てくると、今年の7月豪雨災害は、岡山・広島・愛媛県の甚大な災害の陰に隠れてしまっているが、鳥取県東部の豪雨もかつて見ない激しいものだったし、大水害にいたる一歩手前で雨が治まった、との感がある。

 なお、鳥取市全域の避難指示に対し、実際に避難所へ避難した人の総計は886人にとどまったそうである(日本海新聞、11日)。鳥取市の人口は188,000人とすると、避難指示にしたがった人は全住民の0.5%だったことになる。

 避難指示は強制力はないが、避難準備、勧告の上に位置する、緊急性の高いものである。避難勧告や指示を出す基準、対象地域範囲、タイミング、伝達方法など、さらなる検証と検討が必要であろう。


                                            (投稿日:2018/09/01~09/15)
(3) 氾濫・洪水(倉敷市真備町)

 2018年7月5~7日頃、中国地方を襲った豪雨により、岡山県では死者・行方不明64名、広島県では死者107名、住宅被害は両県合わせて約3万棟に達する甚大な災害となった(両県災害対策本部発表資料より)。

 その根本の原因は、例年にない大量の雨が比較的短期間に降ったことにあるが、災害を引き起こした個々の(自然)現象は岡山県、広島県の各地区で大きく異なっている。

 豪雨災害から50日後の8月24~26日、岡山・広島県の一部地域を巡り、調査とまでは行かないが、災害現象の実態を見て廻った。

 岡山県の被害の大半は倉敷市真備(まび)町に集中している。小田川の堤防決壊により、真備町の30%におよぶ1200 haが浸水し、全壊家屋(倉敷市)4258棟、死者51名に達した。
画像

 写真は、小田川の堤防上から見た被災地である。1階のみではなく、2階の窓も全て壊れているので、浸水深は所により4 mを超えている。1階の天井に達する床上浸水は、「全壊」と見なされるので、写真のような比較的新しい家屋も全壊である。

 真備町中心部の住宅街でも、全壊または「大規模半壊」(床上1mに達する浸水)家屋が多い。住民は避難所ほかに仮住まいしており、人影は見られない。


(4) 小田川決壊(真備町)


 岡山県の代表的な1級河川高梁(たかはし)川支流の小田川は、写真の右(東)に流れ、真備町南東部で本流に合流する。写真のように、通常は流量が少ない。

 倉敷気象台では、7月5日~7日の3日間合計降水量は274 mmで、同期間の鳥取県智頭の477 mmや鳥取市の308 mmより少ない。しかし、そもそも「晴れの国、おかやま」と称するように、倉敷の年降水量(平年値)は1029 mmで、鳥取の1914 mmよりはるかに少ない。

 しかし7月6日の日降水量138 mmは、同地点の観測史上第2位の豪雨であった。

 河川の氾濫には、大きく分けると越流と堤防決壊があり、それらの正確な開始時刻は不明であるが、ネットの記事等を総合すると、以下の通りである。

 6日23時30分~24時:小田川の支流の高馬川の決壊始まる。
 7日01時30分頃:真備町へ避難指示発令。
 7日01時34分:高馬川堤防が決壊。真備町の浸水進む。
 7日06時52分:小田川左岸が長さ100 mにわたって決壊(市職員確認)。

 真備町の死者51人の90%は自宅内にて、45人は65歳以上で(毎日新聞)、深夜のため避難できず、2階への「垂直避難」も難しかったことが想像される。
画像

 写真の対岸土手の光っている部分が、応急に修復された決壊箇所である。その向こう側が、氾濫した真備町。

 小田川の決壊は、高梁川との合流地点付近が湾曲しているため、本流の水位が上昇すると、支流が流れにくくなり、水位が高くなる「バックウォーター現象」のためと考えられている。この合流点付近は水害の恐れが高く、河川改修の工事が計画されていたが、実現する前に大惨事が起こってしまった。

(5) 土砂災害(呉市安浦町)

 7月豪雨における広島県の被災死者は108名で、その内80%に相当する87名は土砂の災害による。土砂災害の発生件数は広島県全体で624件、その内呉市が172件と圧倒的に多い(広島県災害対策本部)。

 土砂崩れ関連の用語はそれぞれの分野ではきちっと定義されていても、広く統一されてはいないので、自治体、気象庁、専門分野、メディア等により様々な語が使われている。一般的には、全てひっくるめて土砂崩れ(または斜面崩壊)、それらによる災害を土砂災害と呼び、土砂崩れは崖崩れ(または山崩れ)と土石流に大きく分けられる。

 崖崩れは山地の急斜面が崩れ落ちる現象、土石流は土・砂・礫などが水と一体となって、ときには岩塊や流木を取り込んで、斜面や沢状地形を流下する現象を言う。

 広島大学7月豪雨災害調査団は、豪雨直後の空中写真を解析し、広島全県で斜面崩壊7448箇所(内訳:崖崩れ596、土石流6852)と発表した。この斜面崩壊には、人的・物的被害のない山奥の現象をも含むので、県発表の土砂災害件数より1桁多い。
画像

 写真(8月25日)は、呉市安浦から東広島市黒瀬へ向かう県道北側の山間集落である。中央奥の山の斜面に崖崩れ跡が見られ、家屋が2、3軒土砂に埋没している。なお、この地区(安浦町中畑)で土砂により3名が犠牲となった。

 写真手前の土砂と流木の堆積物は、右方向から流れてきた土石流によるものと思われる。電柱は傾き、家屋が完全に破壊されている。


(6) 泥流の氾濫(呉市天応町)


 呉気象観測所では、日降水量が7月5日68 mm、6日190 mm、7日178 mmで、3日間の合計436 mmは年降水量(平年)1381 mmの32%に達する著しい大雨であった。

 呉市安浦町および天応町では、中小の河川が氾濫し、町内の住宅や店舗の多くが浸水した。現地を訪れたのは被災の50日後のため、中心街はボランティア達の支援により、後片付けや清掃がかなり進んでいた。

 しかし、手付かずの住宅や空き地には、砂がしっかり固まった粘土状の堆積物がたくさん見られた。これが、広島県の土砂災害で有名になった、花崗岩が風化して細かくなった「まさ土(ど)」である。

 すなわち、この地域の水害は、「まさ土」を多く含んだ泥流の氾濫と言えるのではないかと思う。泥流とは、砂礫よりも泥質の割合が多い土石流のことを言う。
画像

 土石流により死者10名(市災害対策本部)となった天応町の山麓の集落の写真を示す(25日)。左端に水路のような川が流れており、これが大規模に氾濫したと思われる。土砂は家屋の中にまで堆積していた。この家は、復旧が手付かずである。

(7) 流木による氾濫(安芸郡府中町)

 安芸郡府中町では、7月5日から降り続いた雨は8日には止み、9日は晴れの良い天気になり、9日朝には、大雨警報、避難指示も解除になった。

 ところが、引き続き天気の良い翌10日11時25分、町内の榎川が氾濫したとして府中町住民に避難指示(緊急)が発令された。さぞや皆、びっくりしたか、間違いだろうと思ったことが推察される。

 榎川(写真:26日)は住宅街の中を流れるふつうの小さな川である。実際に、10日11時過ぎ、榎川が越流するとともに、護岸の一部が決壊し、氾濫したのである。

 その氾濫の原因は雨ではなく、流れてきた流木や土砂が、橋脚付近にたまって川の水の流れを妨げ、溢れ出たものとみられる。
画像

 写真の川の左側は左に傾斜した地形で、住宅街となっている。多くの住宅地が浸水したと考えられるが、そもそもそんなに多くない水量が広い地域に拡散して流れていったので、府中町では床下または床上浸水が多く、軽傷2名と、被害は大きくはなかった。

 榎川のこの地点に流木や土砂が流れてきた原因は、上流における土砂崩れである。この府中町水害は、天気が快復しても、災害が起こり得ることを示す一つの例である。皆それぞれ、常にいろいろな可能性を考えておかなければならない。
                     (おわり)


$

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0