美作、船岡竹林、銀馬車道、花回廊、坂道錯視、美保関

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(坂道錯視)

美作の大山 
                       投稿日:2020/01/30、No.620

 数日前、岡山県北部の美作(みまさか)市へ行ったとき、「大山展望台」という標識を見た。大山は、「だいせん」ではなく「おおやま」で、美作市内にある標高342 mの山である。

 美作市街から自動車用の山道が頂上まで続く。かつては、山のあちこちに坊があり東美作地域の仏教の中心だったそうである。
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 大山頂上の少し手前の見晴らしの良いところに、公衆トイレがあり、その屋根の上が展望台となっていた。ここからは、湯の郷温泉(写真中央)および美作の市街を見下ろし、遠景には鳥取と岡山の県境にある那岐山(標高1255 m)を望み(写真右端)、確かに優れたビューポイントである。

 この美作市街の標高は80-100 mなので、大山展望台から俯瞰する景観は、鳥取市の久松山(標高263 m)から見る市街(標高10 m以下)とほぼ同様な位置関係にある。

 久松山に登るためには山道を20-30分かけて歩かなければならないが、ここ大山は車で数分で上がれるので、元旦の初日の出や、雲海が広がった時などは、多くの見物客で賑わうそうである。

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船岡竹林公園 
          投稿日:2020/01/25、No.619

 雨模様の日が続いた合間の暖かい日、近郊の公園か緑地を散策しようと、10日ほど前、八頭町の船岡竹林公園へ出かけた。

 ここには、国内外の珍しい竹と笹、約200品種が広がり、竹林浴を楽しむのみではなく、大型キャンプ場やバンガロー、バーベキュー設備、子供向けの遊具も併設されている。

 全く予想していなかったのだが、竹林公園に着いたとき、「冬季(12月~2月):休園」の看板を目にし、入り口は閉鎖されていた。

 確かに、今年は雪が降らず暖冬とは言え、シバザクラ、スイレン、ハスなどの季節の花は咲いているわけではないので、竹林公園にレクリエーションで来る人はいないだろう。

 やむなく公園の外側を少しだけ散歩した(写真)。イノシシ防御のため、公園外周には密な柵が張り巡らされていた。
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銀の馬車道 
          投稿日:2020/02/25、No.626

 10日ほど前、民俗学の父と言われる柳田國男の生誕の地、兵庫県福崎町にて、神崎郡歴史民俗資料館、町立柳田國男・松岡家記念館、大庄屋三木家住宅を見学した際、観光リーフレットにて「銀の馬車道」の文字が目にとまった。
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 三木家住宅の管理人氏に、馬車道の所在を聞いたところ、「この家の前の道だ」との返答だった。(写真:馬車道。右が三木家住宅)

 「銀の馬車道」は、播磨の飾磨港(現姫路港)と生野鉱山の間、約49 kmを結ぶ馬車専用道路として明治9年に建設され、日本初の高速産業道路と言われている。生野では、銀を産出したので、「銀の」と称された。

 その道は姫路市から、福崎町、市川町、神河町を経て朝来市に至るが、現在は全線自動車が通れる道に改修されている。福崎町では、観光案内版はあるが、馬車道の面影は全くない。

 なお、この馬車道は、日本遺産「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道~資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍~」として認定されている。長さが73 kmとなっているのは、出発点が生野から更に北の神子畑、明延、中瀬の鉱山としているからである。

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閑散とした花回廊 
          投稿日:2020/03/03、No.627

 一昨日(1日)、10カ月ぶりに南部町のとっとり花回廊へ出かけた。ここは、敷地面積約50 haの、日本最大級のフラワーパークである。

 この庭園の年間入園者数は32~33万人と、過疎の鳥取県の施設としては非常に多い。その中で2月は最少だが、それでも月7千人ほど来園している(鳥取県資料)。

 冬でもそれなりの花が見ごろとなるので、晴れの日曜日、ある程度は賑わっているだろうと思っていたが、広い園内にポツポツと親子やカップルが見られる閑散とした状態だった(写真)。
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 この状況は、言うまでもなく、新型コロナウィルスの影響のため、中国人や韓国人の団体客がほぼゼロに加えて、国内の旅行者や観賞者が著しく外出や移動を控えたためであろう。郊外の自然豊かな公園なので、感染の心配は全くないはずなのだが。

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坂道錯視 
          投稿日:2020/03/07、No.628

 山の稜線を縦走中、一つのピークから鞍部に向かって下っているとき、次のピークの上り坂が非常に急に見えることがよくある。実際、そこへ行ってみると、普通の勾配の斜面であることが分かる。

 自動車道路でも、手前が急な下り坂、先が緩い下り坂だと、先の道が上り坂のように見えてしまうことがある。また、その逆で、手前に緩い上り坂、先に急な上り坂があると、手前の道が下り坂であるかのように見えてしまう。

 この現象は、「坂道錯視」、学術的には「縦断勾配錯視」と言うそうである。

 その原因のひとつは、視野の中に水平の基準がないため、2つまたは3つの斜面の勾配を脳が比較して判断しているから、だそうである。
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 これとは原因が異なるが、ゆるい傾斜(約6%)が急勾配に見える道路が、境港市から松江市江島まで汽水湖(中海)をまたぐ江島大橋である(写真:3月2日)。

 ここは、アクセルをベタ踏みしないと登れないようだ、ということで、「ベタ踏み坂」とも呼ばれ、ちょっとした観光名所になっている。

 近くからは、それほど急坂には見えない。しかし、遠くから、望遠レンズで撮ると、奥行きの距離感がなくなるので、急勾配のようになる。これも、「坂道錯視」の一つだろう。

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島根半島・美保関灯台 
          投稿日:2020/03/11、No.629

 島根半島は、広域の地図で見ると半島らしくはないが、北側を日本海、東側を美保湾、南側を国内最大の汽水湖である中海-宍道湖(潟<かた>、潟湖<せきこ>)に囲まれた半島である。

 出雲大社の日御碕から美保関まで東西65 kmのこの半島は、大山隠岐国立公園の構成4地域の一つであるとともに、島根半島・宍道湖中海ジオパークとしても認定されている。
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写真は、島根半島東端の美保関灯台で、1989年に初点灯された山陰地方最古の灯台である。灯台の高さは、海面から83 mである。

 明治の面影をとどめた石造りの風格ある建物で、国際航路標識協会から「世界の歴史的灯台100選」に選ばれている。灯台に隣接した旧事務所は、現在はカフェに改修されているが、灯台内部は通常は見学できない。


美保関の青石畳 
           投稿日:2020/03/15、No.630

 美保関は古くから漁村として栄えた町だった。あわせて、江戸時代中期以降、北前船の西回り航路の寄港地の一つとして重要な位置を占め、50軒ほどの回船問屋が集まっていたそうである。

さらに港近くの美保神社には、かつては遠方からの参拝客も多く、そのための旅館や物産屋で賑わっていた。
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 その美保神社から街の中心部を通る道路が、昔から石畳で舗装されていた(写真:3月2日)。この石は、付近の海岸から運ばれてきた凝灰岩だそうで、青っぽい色をしている。

 この青石畳通りは、地元の人々の街並み保存運動の結果、大正時代の佇まいを感じさせる旅館や老舗の醤油藏など、レトロな風情を醸している。


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