小豆島周回(2020年11月):寒霞渓、二十四瞳小、オリーブ樹、天使道


(1) 備前からフェリー
投稿日:2020/12/07、No.699

 瀬戸内海で淡路島に次いで大きな島、小豆島は有名ではあるがなかなか行き難い。

 本州と四国を結ぶ橋は、兵庫県(神戸)~徳島県(鳴門)、岡山県(倉敷)~香川県(坂出)、広島県(尾道)~愛媛県(今治)の3本あるが、人口約28,000人の小豆島を通る橋はない。海底トンネルや空路もない。

 したがって、小豆島への往来は、高松、神戸、姫路、日生、岡山などと往復するフェリーを利用する他はない。

 小豆島へは中学校(東京)の修学旅行で行ったことがある。しかし、どこからどこを観光、見学したのか、全く記憶がない。だから、初めて訪れる地域と同じことである。

 鳥取から最も近い瀬戸内海の港、備前日生(ひなせ)から、車とともにフェリーに乗り(写真)、1時間10分で小豆島北岸の大部港へ着いた(11月19日)。
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(2) 名勝 寒霞渓 
投稿日:2020/12/11、No.700

 小豆島の最高峰は、14世紀頃の城の跡がある星ヶ城山(817m)で、その南西方向の斜面と渓谷は、寒霞渓(かんかけい)と呼ばれる国指定の名勝(香川県6箇所の1つ)である。

 自動車道路が寒霞渓の上部を通って星ヶ城山頂近くに達しているので、観光客は車またはバスを利用することが多い。
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 一方、山麓の紅雲亭(標高280m)から寒霞渓頂部(612m)までロープウェイが運行されている。渓谷の景観を、自動車道を走りながらチラッと眺めるのではなく、空中から間近に見たいと、そのロープウェイに乗った。

 紅葉の樹林の隙間から時々姿を現す様々な形の奇岩を見上げたり、渓谷の全景を俯瞰したりすることができた(写真:11.20)。
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 寒霞渓は、約1300万年前の火山活動によってできた安山岩や角礫岩などが、地殻変動や雨・風の浸食により創られた(寒霞渓ロープウェイ案内文より)。

(3) ”表12景” 
投稿日:2020/12/17、No.703

 小豆島旅行を計画しているとき、寒霞渓ロープウェイの下駅から上駅まで遊歩道があることを知った。

 その道は、途中に12か所、奇岩や岩壁の展望スポットがあるため”表12景”と名付けられているとのことだった。標高差320m、道のり約2km、上りの標準タイムは1時間程度である。

 ロープウェイで上がって、復路はこの遊歩道を下ることにした。峰や紅葉の写真を撮りながらゆっくり歩いて1時間弱、楽なハイキングである(写真)。
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 12のスポットには、それぞれ名前がついていた。写真遠景の「錦屏風」とか「烏帽子岩」とか他所でもよくある名前もあるが、「蟾蜍岩」(せんじょがん)、「玉筍峰」(ぎょくじゅんぽう)、「女蘿壁」(じょらへき)など、読めない、書けない名も多くあった。

 命名理由は分からないが、普通の日本人には馴染みのない漢字をこれほどまで駆使する例は、他の観光地では見たことがない。


(4) 「二十四の瞳」小学校 
投稿日:2020/12/20、No.704

 壺井栄が1952年に発表した小説「二十四の瞳」は、瀬戸内海の島の小さな小学校を舞台に、第2次世界大戦の開戦前から終戦後に至る間、新任女性教師と12人の小学生との辛苦と感動の物語である。

 1954年「二十四の瞳」は映画化され(松竹.監督:木下恵介、主演:高峰秀子)、記録的なヒットとなった。

 その映画のロケに使用された小豆島の苗羽小学校田浦分校(写真)や、民家、漁師の家などがそのまま保存されており、現在は、「二十四の瞳映画村」というテーマパークのような施設になっている。
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 そこには、古民家などが、資料室、展示室、土産物屋、食品店、喫茶などとして並び、多くの観光客で賑わっていた。
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(5) オリーブ 
投稿日:2020/12/23、No.705

 温暖な気候の小豆島は、日本で初めてオリーブの栽培を始め、「オリーブの島」とも呼ばれる。

 2017年のオリーブの収穫量は、香川県が515トンと全国シェアの95%を占めており(香川県資料)、そのオリーブは香川県の県花・県木に指定されている。
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 写真は、小豆島オリーブ公園のオリーブの樹。名札には「マンザニロ」と記されている(スペイン原産)。常緑の高木で、オリーブの実は毎年9月末~10月に収穫される。
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 小豆島の物産店や土産物屋でほぼ必ず見かける品は、オリ-ブオイル(食品、化粧品)の他は醤油と素麺であった。醤油の原料は大豆、素麺の原料は小麦なので、小豆島が産地というわけではない。

 江戸時代に小豆島は塩の名産地だったが、1800年頃から塩に代わって醤油の醸造を始め、大阪に醤油を出荷し始めたそうである。現在は、島に20社の醤油会社・工場がある。

 一方、小豆島の素麺は約400年の歴史があり、播州素麺(兵庫)、三輪素麺(奈良)とともに日本三大素麺の一つに挙げられることもある。


(6) 大坂城残石記念公園 
投稿日:2020/12/26、No.706

 小豆島北部の海岸沿いに、大坂城残石記念公園という道の駅があった。何故ここに大坂城なのか、残石とは何か、全く想像がつかなかった。

 その記念公園内の資料館にて解説文を読んで経緯がおおよそ分かった。

 大坂冬・夏の陣(1615年)で落城した大坂城を徳川の時代に大修復を行ったが、その際城壁用の石材は、加茂や六甲などの他、良質の花崗岩の産地である瀬戸内海の島々から、舟で大坂まで運搬された。
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 その折(1640年代)、小豆島の山から切り出されたが、運ばれることがなく残置された40個の石ブロックが、記念公園内に積まれている。
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 写真は、陸上の輸送用に使われた器具の上の残石の一つである。小豆島の採石場(石丁場)から港までは、このコロ付き橇のような用具に載せて運搬されたそうである。


(7-1) エンジェルロードA 
投稿日:2020/12/30、No.707
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 写真は、小豆島西端の土庄東港付近の海岸である(11月20日、09:35)。

 多くの観光客が沖の半島に向かって砂洲の道を歩いている。

 ここは、エンジェルロード(天使の散歩道)と呼ばれている小豆島の観光スポットの一つである。香川県観光協会によると、この砂の道を大切な人と手をつないで渡ると、砂州の真ん中で天使が舞い降りてきて願いを叶えてくれる、と言われているそうである。

(7-2) エンジェルロードB 
投稿日:2020/12/30、No.708
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 Aと同一地点から同日午後に撮った写真を示す(20日、15:35)。

 散歩道は消え、その先は小島となっている。これは、言うまでもなく潮汐の干満の結果である。
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 気象庁発表の潮位データによると、小豆島に近い岡山県牛窓では、11月20日07:15に干潮、同日15:30に満潮のピークとなり、干満の潮位差は2m強であった。また、香川県与島では、11月20日08:11に干潮、同日15:10に満潮のピークとなり、干満の潮位差は2.7mであった。

 干満による海水位の変動は、海岸や桟橋など、どこででも見ることができる。しかし、「道」が現れたり、消えたりすることは、ありふれたことではなく、「道」の高さが平均海水面から約-2m~+2mで平坦という場合に限られる。


      『小豆島周回小旅行』おわり



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